賢治の苦悩


 山道を賢治はひたすら歩いた。心の中では日蓮宗の経を繰り返し唱えていた。賢治は夜、我慢ができないとき、そうするしかなかったのだった。

 夏子さんが帰ったあと、賢治は夏子さんが自分を見つめて、その目を逸らしたことをずっと考えていた。結論から言うと夏子さんは賢治よりも15上なんて思えないほど魅力的な人だった。着物で体型はわからなかったが、色白の肌、うなじや華奢な手や腕、それとは逆に盛り上がる豊かな胸。髪の毛の綺麗で豊かなこと。賢治はほぼ骨抜きにされていた。賢治は外に出て、頭から水を被った。まだ3月である。井戸水は身体がヒリヒリする冷たさだった。しかし、賢治は何度も何度も繰り返した。そうしないと落ちつかなかった。最後に女性に触れたのはいつだったか、賢治は妹のトシの手を最後に握ってやったことを思い出した。あのときはトシの体温がどんどん消えていってしまうことがただただ、悔しくて、悲しくて、辛くて…、賢治は胸が苦しくなった。もう限界だった。

 気がつくと山一つ超えていた。3月だと言うのに賢治の身体は汗でびっしょりだった。

 

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