病院
あの日は、朝から雨がザアザア降りで、とても寒い日だった。バスの中は、窓の外に雨が当たり、何にも外が見えない、まるで夏子の頭の中だった。帰宅すると夏子はソファーに倒れ込んだ。
異変が起きたのは、新しいプロジェクトで使う資料を作っている時だった。ある日、全然プロジェクトの文章が読めなくなったのだ。おかしい。このプロジェクトは夏子が主導となって進めていた。内容がわからないなんてあり得なかった。しかしどうしても何をやればいいのか分からず、夏子はパソコンの前で途方に暮れた。探し回り、最初は脳神経外科を受診した。しかし原因はわからない。医師は少し黙って考え、夏子に精神科の受診を提案した。やっと病院が見つかり、検査を受け、今日がその結果を告げられる日だった。とにかく頭が真っ白、何も見えなかった。
待合室には色々な人がいた。何かぶつぶつ言ってる人、部屋の端から端をゆっくり行ったり来たりする人。ずっと唸っている人、夏子は帰りたい、帰りたい、そればかり考えていた。
「山本夏子さん、診察室にお入りください。」
看護師の声が鐘みたいに聞こえた。夏子は診察室に入った。
「ご家族の方は大丈夫なんですよね。」
先生は検査前と同じ質問をした。
「はい、わたしは母子家庭で、母は若年性アルツハイマー認知症で施設ですので。」
先生は本当に単調にわたしに検査結果を説明した。
涙は出なかった。母の時と全く同じ、心は絶望感で満たされているのに、目からも鼻からも何にも出てこない。本当に苦しい時とはこういうことなんだ。夏子はまた思った。
夏子は統合失調症と診断された。仕事のこと、母のこと、ストレスが過剰にかかり、自分を守るために脳が起こした変化だと医師は説明した。
「これからは自分のことを最優先してください。大丈夫、あなたの場合、発見が早かったんです。薬でコントロールは可能です。」
先生は最後は穏やかに優しくそう告げてくれた。しかし、夏子はしばらく、立ち上がることが出来ず、男性の看護師に担がれてやっと部屋から出た。
「帰れますか?」
その看護師は本気で心配してくれた。
「帰れます。母の時もちゃんと帰れましたから。」
夏子は踏ん張って、一歩一歩歩き、病院を出た。なぜか病院を出たら、普通に歩けるようになった。
夏子はソファーから起きて、カバンから薬を取り出した。無心に薬を包みから取り出し、いっぺんに水で流し込んだ。それから風呂も行かずに寝てしまった。
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