#011 道化師の呪い

闇夜に浮かび上がる派手な衣装。

赤と黄色を基調とした唐草模様に彩られた衣服は、あらゆる人々の視線を引き付けずにはおかない。

そこに身を包むのは、陽気でありながらも奇妙な振る舞いをする男だった。

笑顔を絶やさず、観客の心を魅了するかのように華麗な技を次々と繰り出す。

多くの子供たちの輝く笑顔を引き寄せ、大人の心さえも虜にしてしまう。


ビルは、その派手な男の姿が視界に入るや否や、思わず足を止めた。

何かしら引き付けられるような、震えるような感覚に襲われたのだ。

ビルは早く立ち去りたかったが、呪縛されたかのように、そこを離れることができなかった。


道化師は次々と華麗な技を繰り出し、群衆を魅了していく。

時折見せる滑稽な表情や、子供たちを喜ばせるような仕草で、通りに歓声が響き渡る。

ビルもまた、その男から目を逸らすことができない。

まるで呪いのように、その存在がビルの意識を捉えて離さないのだった。


道化師とビルの視線が交錯した。

その一瞬、ビルの全身に震え上がるような戦慄が走った。

ビルは呪縛から解放されたかのように動き出し、慌ててその場を立ち去った。

背中に感じる視線に、恐怖を禁じ得なかった。


数日後、近所の男の子が行方不明になったというニュースが報じられた。

両親は路地裏で、血の付いた子供の帽子を見つけ出し、絶望の淵に立たされていた。

ビルは、あの日、道化師を囲む輪の中にいた子供の姿を思い出していた。

胸中に広がる不安と、あの男の虚ろな眼差しが、ビルの脳裏に焼き付いていた。


そしてまた間もなく、別の家庭からも子供が消えた。

ビルは、確信に近い不安感を抱え始めていた。


「あの道化師が何か、関係しているに違いない」


ビルは、無意識のうちに額の古傷に触れていた。

過去の恐ろしい経験が蘇ってくるようだった。

幼い頃、彼は孤児院で育てられていた。

そこで次々と仲間たちが失踪し、やがて真相が明らかになった時、ビルの心は深く傷つけられた。

孤児院の院長が、子供たちを非道な手段で殺害していたのだ。

ビルも襲われ、もう少しで命を落とすところだったが、偶然にも警察が駆けつけ、ビルは助かることができた。


今、ビルには、あの道化師の視線と、かつて見た院長の眼差しが同じであるように思えてならない。

あの時と同じ、匂いがする。

呪われた魂が、今度は道化師の肉体に宿っているのではないか。

再び子供たちの命が狙われている。

もう二度と同じ悲劇を繰り返させるわけにはいかない。


ビルは、東洋の秘密結社に関わっていた老人の言葉を思い出していた。

その老人は、奇怪で稀有な品々を集め、商っていた人物だった。

ビルが店に雇われていた頃、老人は一冊の書物を必死に探し求めていた。

『禁忌の声』という名のその本は、呪術の秘密を秘めた書物だったという。

老人が、ついにその書を手に入れたことを聞いていたが、その後まもなく他界してしまった。


ビルは、店に忍び込み、老人の遺品の中からその書を見つけ出した。

ほこりに覆われた表紙には、はっきりと『禁忌の声』と刻まれていた。

ビルはその書物を開き、複雑な文字と不可解な符号が綴られているのを見つめた。

これこそが、呪術の書物に他ならない。

ページをめくると、魂を操る力を秘めた呪文が記されていた。


「これしかない。この呪いの力で、あの道化師を倒さなければ」


ビルは真剣な眼差しで、必死にその呪文を覚え始めた。


夜の公園は、薄暗く静まり返っていた。

ビルは一人、園路を歩いていた。

すると、遊具の陰から不気味な物音が聞こえてきた。

ビルは足を止め、耳を澄ませる。

小さな悲鳴のような声に、ビルの血の気が引いた。

勇気を振り絞り、遊具の陰を覗き込むと、そこで目にしたのは恐ろしい光景だった。


一人の少年が、道化師に蹴り倒されていた。

派手な衣装に身を包んだ化け物が、無残にも少年を殴り続けていた。

少年の悲痛な叫び声が、公園の静寂を引き裂いていく。

やがて少年の意識は遠のき、血まみれの姿になった。

しかし、その化け物は容赦なく、少年を殴り続けた。


突然、道化師は拳を振るうのを止め、こちらを振り返った。

ビルは、狂気に囚われた道化師の眼を見た。

それは決して人間の眼ではなく、呪いの力に呑まれた怪物の眼だった。


道化師の虚ろな視線がビルを完全に捉えた。

口元に冷酷な微笑を浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。

恐怖がビルの体を震わせる。

動くことができず、声にならない叫びを上げるしかなかった。


ビルは、暗闇の中で目を覚ました。

恐怖の余韻に支配された体が、冷や汗に濡れ、荒い息遣いをしていた。

「夢...?」

ビルは、先ほど見た光景が単なる悪夢ではないと確信していた。


ビルは決意を固め、長年忘れ去っていた場所へと足を運んだ。

かつて幼い日々を過ごした、あの恐ろしい孤児院だ。

その前に立つと、ビルの胸中に恐怖が去来した。

しかし、彼はそれを振り払うようにして、がれきの中を踏み分けながら館内に入っていった。


そこは、ビルの記憶の塵が積もった場所だった。

階段で仲間と遊んでいた場所、時に職員に虐げられた地下室、そして奥の小部屋...。ビルは、かつて院長室だった小さな部屋へと足を進めた。

部屋の中はがらんとしており、かつて院長が子供たちに無残な行為を働いた場所だ。想像するだけで吐き気がするほどだ。


ビルは、ここに来る前、街角であの道化師を見つけて、チップと一緒に手紙を帽子に放り込んでいた。

あの化け物が本当の犯人なら、必ずここに現れるはずだと、ビルは確信していた。


やがて夜の帳が降りた頃、影が近づいてくるのがわかった。

ドアの外側から、不気味な笑い声が聞こえる。ドアが開き、そこに立っていたのは、まさに憎しみの的となっているあの道化師だった。


「おまえの手紙か?一体おれに何がしたいんだ?」


ビルは道化師の言葉に構わず、立ち上がる。

老人の書を開き、掌を載せたまま、呪文の詠唱を始めた。


「なんのつもりだ、それは?」

道化師は嘲笑し、挑発するように狂気じみた踊りを見せた。


不気味な笑い声が部屋に響き渡る中、ビルはゆっくりと前に出た。

道化師の虚ろな眼差しがビルを射抜く。

一瞬だけ、ビルの詠唱が止まった。

だがすぐに、復讐の炎が体中を駆け巡り、恐怖を塗り潰した。


すると、ビルの背後から、儚げな子供の魂が浮かび上がった。

涙を流しながらも、憎しみに満ちた表情だ。

いくつもの魂が次々と浮かんでくる。

子供たちの魂がビルの体に触れるたび、彼らの記憶の断片と苦しみや痛みといった感情が、ビルの脳裏に濁流のようの押し寄せる。

ビルは苦悶の表情を浮かべて、叫び声を上げた。

そしてそのまま、彼らの魂を道化師の体内に押し込んだ。


道化師は激しく体を震わせ、悲鳴のような叫びを上げた。

道化師の体から、禍々しい魂が溢れ出す。

やがて化け物は静止し、ゆっくりと崩れ落ちた。


ビルも力尽きて、そのまま地面に倒れた。



翌朝、ビルの姿は変わり果てていた。

不気味な笑い声を上げながら、子供たちの集まる公園で、狂気の踊りを踊っていた。


新しく生まれた、呪われた道化師として...。

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