#005 平和

「よう!」


スマートフォンから目を離すと、彼女がニコニコしながらこちらに向かってくるところだった。


「おう」


軽く返事を返すと、屈託のない笑顔で彼女が話し始める。


「ちょっと聞いてよ。ヘアゴムを忘れちゃってさぁ。

 代わりに金属クリップで髪どめの代わり。

 どう?おしゃれじゃない?」


「そうだね。似合ってるね」


気の無い相槌をして歩き始める。


彼女と出会ってから半年ほどが経つ。

大学の講義で見かけたのが最初だった。

まぁまぁ可愛かったのと、ちょっと派手でヤンチャな振る舞いが目立った。

偶然にも、友人が同じサークルに入ってたことがきっかけで知り合いになった。

こんな地味な存在の自分にも積極的に声をかけてくれる辺り、変わった子だと思う。


「今日はどこ行くんだっけ?」


「えー?何しに来たんだよ。単館系の映画の話したら、私も見たいって言ったの自分でしょ?」


彼女は悪びれた素振りも見せず「そう、それを見に来たのよ」と軽く僕をいなした。


映画の内容は、中東紛争を取り扱ったドキュメンタリーで、小難しい内容に思えた。

さぞ彼女には退屈だろうと思い、隣をこっそり盗み見したが、

彼女は真剣な眼差しでじっと映画を観ていたので、逆に自分が恥ずかしくなった。


映画館を出ると外は少し暗くなりかけていた。

「映画どうだった?」と尋ねると、彼女はうーんと唸ったまま、しばらく考え込んでいた。

そして「日本って平和だね」と言った。

僕もうなづいた。


二人で黙って歩きながら、僕はさっきの映画よりも彼女のことが気になっていた。

金髪で派手な見た目なのに、真剣な眼差しで小難しい映画を見ていた。

ギャップ萌えってやつか、と自嘲気味に考えていると、


「ちょっとお腹すいたわ。ご飯食べに行こう」

と彼女が言い出した。


僕はまたも困惑しながら

「映画もそうだけど、僕なんかといいの?彼氏怒ったりしないの?」

と答えた。


「大丈夫よ。ご飯くらい平気」

とサバサバした態度で返してきた。


よくわからん。僕は知らんよ、と言いながら、彼女に連れられて韓国料理屋に入った。


「辛いのいける?ここのヤンニョムチキンが最高なのよ」


「うん。別に平気と思う」


ヤンニョムチキンは、思ったよりも辛かったが確かに美味しかった。

ご飯を食べながら、彼女は、彼氏のことを僕に話し出した。

どうして付き合い始めたとか、どんな所が好きかとか。

でも、思うようにいかないこともあるとか。


そんな話をずっとしていて、僕も真面目に聞いていた。

多分、僕が彼女と彼氏のことを気にしてたから、わざとぶっちゃけたんだと思う。



食事が終わり、二人で店を出ると、夜の街は活気に満ちていた。

ネオンサインが通りを照らし、人々の歓声が聞こえてくる。


「ねえ、君って付き合いいいよね。変なやつだね」と彼女が言った。


僕は戸惑いながらも「そうかな。そっちこそ変な子じゃん」と正直に答えた。


彼女は小さく笑った。


「私、結構勘違いされがちなんだよね。こういう見た目だし。

 でも、この世界は狭いし、自分がやりたいこと、正しいと思うことをしたいだけ」


僕は黙って聞いていた。

彼女の言葉からは、孤独や寂しさを感じ取れた。


やがて彼女は立ち止まり、僕を見つめた。

「ありがとう。今日は楽しかったよ。またね」そして微笑んだ。


「うん。またね」

僕も笑顔を返し、別れを惜しむ気持ちを抑えつつ、頷いた。

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