#004 バトン
目の前に自分がいた。
じっと僕を見つめている。
「調子はどうだい?僕?」
可もなく不可もなく。
「問題ないよ。僕。」
そう言いながら、左手首に視線を移し、素体の製造番号を確認した。
『D5241』 新しい番号だ。
「それでは麻酔を入れますね」
最後に覚えているのは、記憶コピー装置に横たわって聞いた、若い看護師のセリフだった。
「今日は何日だい?僕?」
「6日だよ。僕」
ということは予定通り、丸二日で記憶のコピー処理が完了したわけだ。
僕は体の感触を確かめながら、ゆっくりとベッドから起き上がり、傍の自分に手を振った。
「じゃあな。僕。」
「じゃあな。僕。」
彼は笑って応えた。
「みんなによろしくな。僕。」
「ありがとう。僕。」
僕はドアに向かって歩いた。
ドアの外で、白衣の男が待っていた。
「おめでとうございます。記憶の移植は無事成功しました。新しい身体の調子はいかがですか?」
「ありがとうございます。特に問題ないです。」
僕は男と握手をした。
待合室では、妻と娘が待っていてくれた。
「おかえりパパ」
「ただいま」
「もう大丈夫なんだよね?」
「そうだね。新品だからね。すっかり健康そのものだよ。」
会計を済ませると、係の女性が声をかけてくれた。
「お気をつけて、お帰りください。」
「ありがとう」
病院のドアを出ると、明るい光が差し込んでいた。
「パパ、お腹すいた」
「何か、美味しいものを食べて帰ろうか」
彼が部屋を出て行くとすぐに、入れ替わりで白衣の男が入ってきた。
「記憶の移植は成功しました。準備はよろしいですか?」
「はい。あ、でも、少しだけ時間をください」
彼は僕だ。彼が僕の人生を引き継ぐ。
そして僕の人生は今日で終わる。
妻と娘の顔が浮かび、涙が溢れた。
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