第2話 友達

 次の日。

「おーい、何処行くんだよ、吉野」

 購買でパンを買った吉野に付いて行く。

「図書室だよ」

「でも、皆教室で食べてるぜ?」

「俺は図書委員だから」

「じゃあ、俺も一緒に行くわ」

「何が、じゃあ、だよ。俺に付いて来なくていいから、お前は教室戻れよ」

「いいじゃん、図書室見てみたいし」

「そんなの後でもいいだろ。本が好きそうには見えないし、お前に図書室は似合わねえ。だから、付いて来るな」

「ひっど、こうなったら意地でも付いて行くぞ」

「止めろ、戻れ」

「嫌だ」

 そんなやり取りを続けているうちに図書室に着いた。

「失礼します」

「失礼しまーす」

 事務室には春ちゃん先生がいた。

「よう、吉野、に今日は長月も一緒か。仲良くやってるみたいで良かった」

 仲良く見えるのか、良い感じだ。

「別に仲良くないですよ。こいつが勝手に付いて来ただけです」

「俺は吉野の図書委員の仕事を手伝おうかなって」

「いや、今日は吉野が当番の日じゃないんだけどな」

「でも、こいつはさっき図書委員だからって」

「あはは、えっと、それは……」

 春ちゃん先生は乾いた笑いで、説明しようか迷っているようだった。

 ここは攻めるか。

「それに、吉野って何かおかしいんだよな」

「え、おかしいって?」

「人との接触を自分から避けてるっていうか……」

「あー」

「十分休憩の時に机に突っ伏して寝たフリしてるし」

「ちょ、ちょっと待て。え、お前いつ俺が寝たフリしてるって気付いた?」

「いつって、最初からだけど。だって、よく見たら目開いてたし、たまに顔上げて時間確認したりしてるし。授業中はあくびしたりとか眠そうな素振り見せないのに、休憩時間になった途端に寝るのはおかしいだろ」

「お前、俺を観察でもしてんのか」

「別にしてねえよ。隣の席なんだから目に入っただけ」

 観察しているって程でもない。俺は畳みかけるように話を続ける。

「あと、寮の食堂で夕飯を食う時もわざと隅の方の人が少ない席を選んで黙々と食ってるし、談話室のテレビだって隅の方でこっそりと見てるし」

「止めろ、これ以上、俺のぼっちエピソードを語るな」

「え、吉野って、ぼっちだったの?」

「何だよ、悪いかよ」

「いや、別に悪くはないんだけど……」

 有明吉野を青春させるためのミッションが見えてきた。

「別に、俺はぼっちでも全然平気だし。むしろ一人の方が楽だし。それに、俺はクールキャラだから、人と馴れ合うなんて、こっちから願い下げだぜ」

 吉野は自嘲するように言った。

「だから、もう俺に構わないでくれ」

 冷たい言葉、でも引き下がる訳にはいかねえ。

「……お前、一人でも全然平気とか、友達なんていなくてもいいとか、本当に思ってんのか?」

「…………」

「全く、何強がってんだよ」

「強がってない」

「いや、それはただの強がりだね。……ていうか、お前サッカー部だろ? チームワークの大切さは分かるだろうが」

「サッカー部は……」

「サッカー部は今、部員が足りなくて休部状態なんだよ。吉野は一人で練習してるけど」

 吉野が黙ってしまったので、代わりに春ちゃん先生が答えた。

 俺のやることは決まった。

「ふうん。だったら、俺もサッカー部入るわ」

「えっ⁉」

「そして、サッカー部を再建してやる」

 これが青春への一歩だ。

「でも、条件がある」

 吉野が身構える。

「俺と友達になろう、吉野」

「えっと……」

「俺と友達になれば、俺はサッカー部に入部してやるし、部も再建してやる。どうすんだ、吉野?」

 吉野が黙る。

「何、考え込んでんだよ。吉野は俺と友達になりたいのか、それともなりたくないのか?」

 吉野は、まだ考えているようだった。友達を作るのに慣れてないのが分かる。

「分かった。なるよ……、友達に」

「よしっ。じゃあ、これからは俺のこと、結弦って下の名前で呼べよな!」

「別に、友達になったら下の名前で呼び合うなんていう決まりないだろうが」

「何だよ~。恥ずかしがるなよ~」

「そうそう。照れるなって」

「て、照れてません!」

「だったら呼べるよな、結弦って」

 押せ押せだ。

「ほらほら、呼べって」

「…………ゆ、結弦」

 小さな声だったけれど、吉野は確かに俺の名前を呼んだ。

「吉野~~っ!」

「ちょ、何で先生が抱きついてくるんですかっ!」

「だって、ついに吉野にも友達が出来て、嬉しくて。……俺、教師になって、一番感動したかも……」

「そ、そこまでのことですかっ⁉」

「そこまでのことだよ!」

「そうだぜ、吉野。……ぐすっ」

「って、何でお前まで泣いてんだよ、結弦」

「もらい泣きだっ」


 有明吉野の青春ミッションその一、友達作り、完了。



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