夢の水族館

鈴音

青い世界

 ざざん、ざざんと波の音が聞こえてくる。ふんわり漂ってくるのは、潮の香り。

 ぱちっと、突然目が開いた。見えたのは、薄暗い照明と、柔らかな青の色。硬い床に寝ころびながら、私はぼーっとする頭で、ここがどこか知ろうとした。

 辺りを見渡すと、何か動いている影が見える。起き上がって、影に近づいてみると、それは大きな水槽だった。

 その中には、名前は知らないけれど、何度か見た事のあるお魚がたくさん泳いでいて、その鱗に反射した光で、きらきらと輝いていた。

 耳に届く波の音に心も一緒に揺られながら、ガラス張りの水槽にそっと手を触れると、表面が水面みなもみたいに揺れて、私の手がとぷんと、水の中に潜っていった。

 驚いて、急いで引き抜いたら、その手はびしゃびしゃで。幻でも何でもなく、本当にガラス越しの水に触れたみたい。

 ここに飛び込んだら、どうなるんだろう。あのお魚たちと泳げたら、どれほど楽しいのだろう。

 ちょっぴり怖気付おじけづいたけれど、私は意を決して、もう一度水槽に手を触れた。

 ぽこぽこと、水と空気の混じる音と一緒に、腕がどんどん沈み込んでいく。それから、目と口をきゅっと閉じて頭を突っ込んでみる。

 ざぶんと、上半身が倒れて突っ込んじゃったけど、下半身はまだ床にくっついたまま。どうしよう、一気に飛び込んじゃうか、それともまずは目を開けてみるか……迷っていると、何だか脇腹がこそばゆい。

 つんつん、つんつんと突っつかれて、それに耐えきれず笑っちゃって。大きく口を開けたけど、全く苦しくない。水は入ってこないし、息もできる。不思議な感覚になりながら、目を開けてみると、たくさんのエビやカニ、小魚が、私の服をかじってた。

 ちょっと理解が追いつかなかったけど、これから水の中を泳ぐなら、服邪魔だなって、そこで思い至った。

 だから、一旦外に出て、貼り付いて脱げないパジャマの上はそのままで、ズボンだけ脱いだ。ズボンの下は、お気に入りの下着じゃなくて、去年買った可愛い水着。これなら、恥ずかしくない。

 それじゃあと、ちょっと水槽から距離を取ってから、助走をつけて、一気に水にダイブしてみたら、何故かわからないけどその勢いでパジャマの上もすっぽ抜けて、ぐるぐる回りながら水の中に入っていった。

 ゆらゆらと流れに身を任せながら水槽の中を見ていると、ずぅーっと遠くにある水面に大きなクジラやジンベイザメ、アザラシに、ぺんぎんに、淡水性のピラルクーなんかもいたり。

 それから、水底ではヒラメとカレイが喧嘩していたり、さっき服を脱がそうとしてくれたエビやカニが手を振っていたり。何だか、お祭りみたいな賑やかさだった。

 しばらく流されていると、砂地だった水底がサンゴ礁になって行って、見えるお魚も変わっていった。水の温度は変わってないように感じたけど、水の中の世界は、確実に変わっていった。

 明るくなった水の中は、色とりどりの魚が私の横を楽しそうに泳いでいって、そのうちの何匹かは、私にちゅってしてくれた。

 そうやってまたゆっくり流されながら、今度は落ちていって、深海に辿り着いた。

 そこで初めて、水槽の底に足を付けると、とことことダイオウグソクムシがやってきて、その背中に乗っけてくれた。

 ちょこんと正座して、優しく背中をさすると、グソクムシはのんびり歩き始めて、深海の不思議な生き物たちを見せてくれた。

 深海の生き物たちは、全然私に近づいてくれなかったけど、でも姿はちゃんと見せてくれて、これが世にいうつんでれ? なのかなって、的はずれな考えが頭をよぎった。

 ダイオウグソクムシプロデュース、深海ツアーの最後は、視界いっぱいを埋めるほどのマリンスノーで終わって、私はグソクムシに別れの挨拶をしてから、水底を蹴って泳ぎ始めた。

 どんどん水面が近づくにつれて、ふよふよと辺りをクラゲが泳ぐようになってきた。クラゲたちは、私を乗せると、ぽーんっとどんどん上へとばして運んでくれて、色も形もばらばらなクラゲたちは、最後に触手が絡まりあいながら、どこかへ流れて行った。

 ギラギラと照りつける太陽に近づいた私を、次に迎えたのはシャチの群れだった。

 私の周りを取り囲んで、ぐるぐると回ったかと思えば、いきなりしっぽでスパーンと跳ね飛ばして……そこで初めて、外の世界を見た。何も無い、どこへ行っても水しかない世界。空はずぅっと遠く、太陽も近いのか遠いのか、距離感が掴めない。

 その不可思議な世界を目の当たりにした私の、次に、そして最後に見たのは、これまで出会った生き物たちが集まって、私にヒレやらなんやらを振る姿。どうやら、お別れらしい。

 ゆっくりと近づく青い海に叩きつけられて、どんどんさっき深海に辿り着いた時よりも凄い勢いで下に引っ張られて……


 ――ガタン! と、大きな音で、目が覚めた。

 鳴り響くアラームの音と、カーテンの隙間から溢れる眩しい陽の光。抱きしめていたのは、ヘコアユの抱き枕。

 立ち上がってアラームを止めて、時間を見れば、もうすぐお出かけの時間。

 夢の内容は、もう薄れていたけど、とってもいい夢だったことだけは覚えていた。ので、ちょっぴり残念な気持ちになりながら、頬を叩いて《はた》元気を出して、今日も家を出たのでした。

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夢の水族館 鈴音 @mesolem

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