第29話 彼女たちに部屋貸します
——しかし俺は、唇を合わせることは出来なかった。キスをしたら、明らかに関係は変わってしまう。他の住人達とはどうなってしまうんだろう……
今キスをすることは、本当にアヤメのことを考えていることになるのか?
俺は自問自答を繰り返し、諦めて仰向けとなり、寝ることにした。
言い訳して手を出せないハーレム主人公を、俺もバカにすることはできない。
「カオル?」
「今夜はやめておく。良い思いもできたしな。これ以上は罰が当たりそうだ」
「どういうこと?」
アヤメが不思議そうに俺を見つめている。
なんだか責められているような気分になってきた……苦し紛れに俺は、先ほど見たあの光景を口にする。
「……ウサギのパンツ」
アヤメはコイツなに言ってんだ? と言いたげな表情から、徐々に恥ずかしそうな顔に変わっていく。
見ていて面白い。
「…………はあああ! いつの間に覗いてたの。嘘でしょ。意味わかんない変態!」
「ふん、腋が甘いな。俺を騙して弄び、いい気になっていたかもしれんが気を付けろよ」
アヤメが他の住人を起こさないように、最低限の力でポカポカ俺の肩を打ってくる。
「あーあ、愉快な一日だった。アヤメも拗ねてないで寝るぞ」
「……カオルのバカ」
アヤメは拗ねて、そっぽを向いてしまった。
だがアヤメの枕はユヅキが抱き枕に使っていて、寝にくそうにモゾモゾしている。
「俺の枕使うか?」
「ううん、要らない」
自分自身でキスをしない選択をした。それでも一抹の寂しさを感じ、俺はアヤメにそっと腕を差し出す。
アヤメは俺の腕が、頭上に来ているのに気づき…………ポンっと頭を乗せてくれた。
腕枕をしてアヤメと添い寝をする。
艶やかな長い髪と、心地よい重さを腕に感じながら、俺はまた眠る——
「痛っ」
頭を叩かれた衝撃で目覚める。流石の俺も、暴力で起こされるのは好みではない。
目を開けるとユヅキが仁王立ちで、寝ている俺を覗き込んでいた。怒り心頭の表情に混じって、どこか恥ずかしいものを見るような目をしている。
「なんだよ、朝から乱暴なギャルだ。外を見ろ、台風一過の気持ちのいい晴天じゃないか」
「黙れ! カオル。お、お前ってやつは……!」
ユヅキは俺に向けた指を震えさせ、俺の両隣に目をやっている。
そういえば両腕に何か重みを感じる。暖かくて柔らかい……
左を見ると腕枕をした状態で、アヤメが俺に抱き着いて寝ていた。
「ぬふふ、ポニャンタ……あなたかなり小さくなったわね。可愛いわ……すやぁ……」
何故か俺はシャツが首元までめくりあがっていて、露出した左乳首をアヤメが揉んでいる。
右を向くとエペリがアヤメと同様に、俺に抱き着いて寝ている。
やはりエペリも、露出した俺の右乳首に手を当てていた。
俺は起きたら両隣の寝ぼけた美少女に抱き着かれ、乳首を弄られていたようだ。
「なんだこれは。俺はいつの間に、ハーレム乳首弄られ男になっていたんだ」
ユヅキがまた俺の頭をポカンと叩く。
「ふざけるな! お前が調教したんだろう! いつも誰かを手玉に取って、エロいことをしているのは知っていたが、同時に……同時に4Pをするなんて度が過ぎている‼」
「ふざけてない! 俺は寝てただけだ。アヤメに腕枕をしたのは本当だが……乳首を弄られる趣味はない! そもそも、アヤメとエペリだけだと3Pだ!」
「間違ってない! チクニー犯罪者め。股間を見ろ!」
ユヅキに指を指され、俺は股間を見下ろす。確かに股間にも重さを感じるが……
マオが俺の股に入り込み、土下座の状態で股間に顔を埋めて寝ていた!
丁度俺の息子の位置にダイレクトで顔があるから……エロい。
ただでさえ朝は敏感なのに。
「アヤメとエペリを抱き、乳首を弄ってもらうだけでは飽き足らず、マオに寝落ち舐め舐めをさせて奉仕させるとは……お前は天才か!」
朝から絶好調におかしくなっているユヅキ。こいつの妄想が一番の変態だろ。ギャーギャー騒いでいたらマオが起きあがった。
「……あれぇ……いつの間にボクこんなところに寝てたんだろ……」
「マオ、おはよう。起きたばっかで悪いが、そこで寝てた経緯を説明してくれ。じゃないとユヅキの興奮が収まらん」
「えっと、途中でポニャンタに起こされて……捕まえたポニャンタに顔を埋めて寝た……でもここは、キミの股の間だったんだ……」
マオが眠そうに話し終えると、ポニャンタが股の間から飛び出してきた。ずっと俺の股の間に埋もれていたのだろう。まるで雪に生き埋めだった遭難者が生還した時のように喜んでいる。
「カオル、またお前はマオだけでなく、ポニャンタまで使っていたのか!」
「だから使うってなんだよ!」
それでもユヅキは騒ぎ続け、マオは目を閉じ、うとうとしている。エペリはさっきよりも強く、俺に抱き着いてくる。エペリはもう起きているんじゃないか?
——そしてようやくアヤメも目を覚ました。
俺に抱き着いて寝ていたことに気づいたようで、慌てて起き上がる。
「……うわ、え、なんで私カオルに…………あっ……」
昨日、俺が腕枕をして寝たことを思い出したのか、アヤメの中で合点がいった様子だ。
「おはよう、アヤメ」
アヤメはやや恥ずかしそうに、跳ねている髪を手櫛で直し俺と目を合わせる。
「うん……おはよ」
ユヅキが俺とアヤメの間の空気を察知して、割り込んでくる。
「なあ、アヤメ。昨日あたしが寝てしまった後になにかあったのか?」
「べ、別になにも……ないよぉ?」
アヤメは声が裏返っている。嘘を隠すのが下手で余計怪しい。
「くっ……絶対なんかあったんだ!」
「ユヅキ、まぁ落ち込むなって。アヤメにはもう、俺とのだけの秘密があるんだ。すまなかったな……」
俺はエペリに抱き着かれ寝転んだまま、落ち込んでいるユヅキを慰めた。だが調子よく言った態度がアヤメの気に障ったらしい。
「偉そうにしてなによ、最後までヤル勇気はないくせに! びっくりさせたのはあんたでしょ!」
「バカ! その言い方だと別の意味に取られるだろ!」
「バカってなによ! ユヅキ聞いて、カオルってば昨日私たちを覗……んぷっ」
俺は咄嗟に起き上がり、アヤメの口を手で塞いだ……
つもりだったが勢い余って押し倒してしまった。
「ひゃん!」
「おわっ!」
いつぞや俺が始めてここに来た時と同じ体勢。アヤメに覆い被さって見つめ合う。
「アヤメ……」
「……カオル……」
だが勿論ユヅキが傍にいて、その後の展開も同じように……
「……カオル、お前はやっぱり……殺す!」
ユヅキは俺を引き剥がそうと襲い掛かってくる。必死に俺は、ユヅキの振りかざす拳を抑え、アヤメは落ち着いてと騒ぐ。朝から布団の上で、揉みくちゃになる大学生三人。我ながら呆れていると……
「ふわあああああああ!」
マオの悲鳴が聞こえた。
全員が声のする裏庭を見る。いつの間にかエペリも起きていた。
マオはポニャンタを連れ、ガラスドアから裏庭に出ていた。
「マオ、どうした⁉」
俺は裸足でマオに駆け寄る。
「あ、あれ……」
驚愕するマオが指差す方向を見ると……
「おいおい……嘘だろ……」
晴天の下、パメラ荘の屋根瓦が半分ほど吹き飛び、下地が露わになっていた。
地面にも割れた瓦が転がり、パメラ荘は見るも無残な姿になっている。
俺が呆然と立ち尽くしていると、アヤメ達がやってくる。
「うわぁ、これって修繕費かさみそうね……でも大丈夫! 仏教の教えにこんな言葉があるわ。『お金を増やしたかったらまず人に与えなさい』ってね。だから……今月私ピンチなんだけど、ちょっと助けてほしいなっ」
なにが大丈夫なんだ、この居候女。
「可哀そうだから余ってるコーラあげる。あ、昨日の夜の一万円引きは忘れないで」
「カオルがいろんな女に手を出した罰だ。反省して、今度からはあたしだけで発散しろ!大変かもしれないが……全部受け止めてやる!」
「これだと普段のアルバイトじゃ足りませんね……エペリと一緒に牛野屋で働きましょう! 丁度欠員が出たばかりなので、空いてますよ!」
住人達が好き勝手に言ってくる。
癖の強い、美少女の住人達と過ごす日々……
家賃滞納に居候、勘違いのラッキースケベで殴られ、ネットで変態管理人とおもちゃにされ、俺の股間は世界のリスクだと監視され……
良い思いも出来ているが、その幸せと同じくらい、トラブルに巻き込まれてばかりだ。
だが——ふと隣を見ると、ポニャンタを追いかけて笑っていたり、源五郎をラッパ飲みしたり、朝食をどうするかと話し、楽しそうに過ごす彼女たちがいる。この程度の厄介ごとは、些細なことにも思えてくる。
俺はこのアパートで過ごす時間が好きだ。殴られることはあっても、やはり流れる時間は優しいと感じる。
永遠なんてものはない。一方でいつまでも変わらないでほしいと願ってしまう。
だから俺は管理人として、変わらずこの場所で生活したいと思う。
これからも彼女たちに部屋を貸すために——
もちろん、ラッキースケベなどを期待しているわけではない——
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