第27話 台風の日常

 居間の奥では本当に服を脱ぎ、シートで体を拭いたり着替えをしているのだろう。住人達の華やいだ声が聞こえる。

「やっぱりアヤメってスタイルいいよな。なにかトレーニングとかしてんのか?」

「エペリも気になってました! くびれあるのにおっぱいとお尻がおっきいの、セクシーですごいです」

「ふふん、それはやっぱりストレスを溜めないこと! 嫌なことがあったらゲームして忘れるようにしてるわ! それにしてもエペリのブラ可愛いわね。どこで買ってるの?」

 なんだよ、さっきの演技と変わらずエロい会話をしてるじゃないか。あー見たいなぁ……すぐそこで美少女たちが生着替えしてるのに。

 そんな煩悩を抱えている俺に奇跡が起きた。

 俺がグルグル巻きで転がっている目の前に、アヤメの卓上鏡が横に転がっていた。鏡は反射して丁度後ろの様子を写している!

「あ……ああっ……!」

 暁光。思わず声が漏れた。

 ブラとパンツ姿の住人達が見える! 暗いはずなのにその光景は、後光が差すように輝いて見えた。

 彼女たちは布団の上で体を拭いたり着替えている……!

 いや、ダメだ。俺の中のリトルカオルが。覗いちゃだめだと叫ぶ……でも……でもっ!

「……くあああ! 目が、目が勝手に……!」

 ダメだと思いながらも体が言うことを聞かずに開く。楽園から目を背けることは許されない……!

「ボクはこの前コーラだけ生活してたら体重増えた」

「マオってお日様浴びてるの? 肌スベスベで白いわね。すごくきれい」

 マオはブラも着けてないようだ。下着姿のアヤメが、後ろ姿になっているマオの横腹を触る。

「あ、ちょっと触られるとダメ……あん、そこ弱い……」

「いやーんユヅキぃ、マオってば、ここ触られるの弱いらしいわ」

「ふふふ、反応が可愛いな。ほーらここはどうだ」

「いや、あん、そこダメぇ……」

 アヤメとユヅキがマオを攻めて悶えさせている。絶対百合フィールドが展開されている。

「エペリもアヤメさんの体見てたら、我慢できなくなりました! えーいっ!」

 エペリが横からアヤメに抱き着いて体を弄っている。

「あーん、ちょっとエペリっ。おっぱい触っちゃダメぇー」

 アヤメはそんなことを言っているが笑っていて満更でもないらしい。そして、ハッキリとは見えなかったがアヤメのパンツに有名なウサギのキャラクターが描かれているのが見えてしまった……。すまない……だけど、とても可愛い。

「ハア、ハア……」

 興奮して思わず過呼吸になる。生まれてよかった。生きててよかった。俺はこの瞬間のために存在したんだ。

 感動で涙が出て来た。俺はこの光景を生涯忘れないように目に焼き付けるんだ。

 そう心に誓っていた時。ブラを脇に挟んだ、手ブラ姿のマオが、アヤメ達から逃れるように俺の方に走ってきた。

「あふ。もう、こそばゆい」

 そして……鏡越しにマオと俺の目が合ってしまう。

「あ……」

 俺は思わず声が漏れた。やばい、マオに覗いているのがバレてしまった。一瞬マオも驚いた表情をした。が、そのまま俺と背中合わせに座り込んだ。

 鏡越しにマオがブラを着けている姿が見える。

「あーあ、マオに逃げられちゃった。そっちはカオルがいるから気を付けなさいよ」

「そうだぞ。後ろを向いてても、今の声をしっかり聴いて興奮しているはずだからな」

 アヤメとユヅキがマオに声を掛ける。

「うん、気を付ける」

 マオは俺が覗いていたことは二人に知らせず、背中越しに座ったままだ。

 それでもマオにバレた事実は変わらない。どうしようか悩んでいると、マオが俺だけに聞こえる声で話しかけてきた。

「家賃、今月厳しい……」

 ……こいつ、俺を脅して来やがった! だがここで住人達にバレたら一大事だ。それだけは避けねばならない。

「わかった! 五百円引きにする」

「……みんなに覗いてたって言ってくる」

「すまん! わかった、五千円引きだ!」

「……」

 マオは無言でブラを着けて立ち上がろうとする。

「待て、悪かった! 一万円引きだ!」

「ありがとう」

 くっ……ただでさえ空き室があって厳しいのに。だが、これも覗いた俺の責任だ。

 そう反省していると、振り向くマオの姿が鏡に映る。

「見える?」

「え?」

 マオが小さく俺に話しかける。

 鏡との距離が近く、マオの上半身ブラ姿のみ見える。どことなく恥ずかしそうな佇まい。

 淡いピンクのブラが大きな胸を支え、深い谷間を作っている。

「キミにだけ、お礼のサービスショット。いつも撮影してるから、おあいこ」

 マオが今まで聞いたことのないような優しさのある声音で囁いた。

 まるで二人だけの秘密を楽しんでいるように。

「か、可愛い……?」

 マオが聞いてくる。僅かに声が震えている。

 俺はもちろん、必死に頷いた。

「よかった」

 マオは嬉しそうに答えると、他の住人にバレないよう俺の頭を撫で、アヤメ達の場所へ戻っていった。

 意外な行動を受け俺はドキドキし硬直してしまう。

 覗くことなど忘れるような出来事。気づいた時は既に、住人達は着替え終わっていた。


「これなら身動きも取れないし、安心して寝れるわね」

 アヤメの声が聞こえる。俺の視界には彼女の足元しか見えない。

 先ほどまでちゃぶ台側に放置されていた俺は、再びユヅキとエペリに転がされ、布団が並んでいる場所の真ん中に置かれた。

「そうだな。中心に寝かせればもし手を出されても、あたし達が両隣にいるから気づきやすい」

 どうやら俺は住人達と川の字に寝ることになり、真ん中に配置されたようだ。

 美少女の住人達に囲まれて寝れるなんて……グルグル巻きでなければ最高なのだが。


 首を動かすにも限度がある。俺は状況を確認するため、ゴロゴロ転がって周囲を見渡す。

 窓側に頭を向けて寝ている。俺の右側にエペリとマオの順に並び、一つの布団に一緒に入っている。

 ロリっ子コンビもいいなぁ……

 エペリは横になって顔を近づけ、微笑みながら話しかけてきた。

「うふふ、カオルさんとやっと一緒に寝れて嬉しいです」

「あぁ、エペリ……俺も嬉しいぞ」

 調子の良いことを言っているが、俺はミノムシ状態なので全くかっこいい姿ではない。

 マオは疲れて眠いのか布団に座り、こっくりこっくりと船を漕いでいる。

「よいしょっと」

 もう一度転がって反対を向く。アヤメが俺の左側で寝るらしい。

「あれ、てっきりユヅキが隣なのかと思った」

「なによ、私が横で嬉しくないの?」

 アヤメは眉をひそめて言う。

「いや、ユヅキが『カオルがアヤメの横に寝たら襲われる。あたしが間に入って見張ってやる!』とか言ってくるものかと」

「カオルがその状態じゃ心配ないでしょ。第一、あんたがやるのはせいぜい覗きくらい。私に手出しなんかできないもん」

 俺を信頼しているのかヘタレだと思っているのか……どっちにしろ、こんな大人数の場所で手を出したりはしない。たぶん……

 アヤメの後ろにいるユヅキも会話に入ってくる。

「残念だったな、カオル。あたしが念のため夜通し見張っているぞ。アヤメは安心して寝な」

「ユヅキだってアヤメに手を出すなよ。やけに嬉しそうに引っ付いてるじゃないか」

 ユヅキはアヤメの布団に入って、体をくっ付けている。

「馬鹿言うな! これは……スキンシップだ!」

「ふふ、こうやってみんなで寝るの、修学旅行みたいで楽しいなぁ。お布団で二人で寝るのも何年ぶりだろー。子供の時以来かな」

 アヤメが薄暗い天井を見上げて話す。相変わらず雨風は強い。時よりアパートが音を立てて軋むのは怖いが、アヤメの嬉しそうな顔を見ていると、俺も落ち着いた気持ちになれる。

「……私、高校の時、風邪引いて修学旅行に行けなかったの。だからこうやって、みんなで集まって過ごせるのが、すっごく嬉しい。これからもみんなでいっぱい遊びましょうね」

 アヤメが満面の笑みで語り掛けた。

 それを聞いたユヅキは感極まったようで、アヤメに抱き着く。

「アヤメ……あたしもアヤメと一緒なのは幸せだぞ。もう……もう離さないからな‼」

「ユヅキ、暑いから離れて」

 アヤメはユヅキを離すが、笑い合ってて仲の良い二人だった。俺はグルグル巻きでもっと暑いんだけどな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る