第26話 楽園
「「「うわああああ!」」」
俺は住人達と団子状態で部屋の中で固まっていた。
夜も更けて雨風は猛烈な強さとなり、パメラ荘が揺れて恐怖を感じる。
「ねぇカオル、このアパート大丈夫なの? さっき屋根から鳴っちゃいけないような音が聞こえたんだけど」
「だ、だだ大丈夫だろ……パメラ荘は四十年以上耐えてきたんだ。今回も負けるはずがない」
今夜は闇鍋パーティーをしたら解散するはずだった。しかし、停電が復旧する見込みも立たず、管理人室で全員で一緒に泊まることになった。
ユヅキとアヤメの布団を、俺がいつも寝ている居間の奥に運んでいたのだが……
台風でアパートが軋む音に俺たちはビビっていた。
「カオルさん、怖いですね……今日は一緒の布団で寝ませんか?」
いつの間にかエペリが俺の右腕に抱き着いて囁いてきた。
「え……えーっと」
どうしよう、今は他の住人達がいる。こんな時にエペリと一緒の布団で寝てたら騒がれてしまう。
悩んでいると、エペリの小さく柔らかい胸が腕に当てられる……やっぱ一緒に寝ても良いかなぁ。
曖昧な態度を取って、エペリがくっ付いてくる感触を楽しむ。
「見ろ、アヤメ。カオルが早速エペリを口説きだしたぞ。こういう台風で怖がっている時に落とすのを、吊り橋効果っていうんだ。まったく油断も隙もない」
「うーん、まぁいつものカオルだからね……」
「おい、ユヅキ聞こえているぞ! 俺は口説いてない。エペリがくっ付いてくるんだ」
「カオルさん、くっついちゃダメなんですかー? あはは」
エペリから甘いリンゴカクテルの香りがする。そうだこいつも酔っぱらうと、痴女になるんだ。
それに……こういう時に俺を盗撮するやつがいる。俺はそいつを探した。
「マオ、なんでカメラをいじってるんだ?」
「面白い場面が撮れそうだから」
マオは三脚を部屋の隅にセットしたがすぐに離れてしまった。
「撮影はやめておけよ」
「部屋が暗くて映らない……」
ふふ、ということは俺にもし万が一、ラッキースケベが起こっても、醜態をネットに晒されずに済む。完全勝利だ。
近くでアヤメとユヅキが布団に座り込んでいる。
「あー、にしてもちょっと暑くない? 湿気も凄いし、お風呂も入れないからジメジメして気持ち悪いわね」
「そうだな。これで寝るのも嫌だし、ボディシート持ってるから、これで体拭くか? 少しはさっぱりするぞ」
ユヅキは泊まるために持ってきたモノクロ柄のトートバッグから、ボディシートを取り出した。
「マオとエペリも使うか?」
ユヅキの呼びかけに二人も布団の上に集まってきた。
「私、このまま着替えよっと」
アヤメはそう言うと自分のシャツに手をかけ始めた。
「ちょっと待った! 俺どっか行った方がいいよな……アヤメの部屋に行っておくよ」
ユヅキが拍手してくる。
「おー。カオル、ちゃんと自己申告できて偉いじゃねえか。そのまま見てたら殴ろうと思ってたぜ」
「当たり前だろ。女の人の着替えを覗くなんて最低じゃないか。俺がそんなことをする人間に見えるか?」
助かった。このまま見ておこうか迷ったが、ほんの一ミリ俺の良心が勝って自制できた。
「でも、私の部屋にカオルだけ居てもな。下着見られたりするのもアレだし、ここにいていいわよ」
「え、いいの?」
俺だけでなく他の住人達も驚いている。
「そのかわり……」
「……?」
アヤメはテレビ台に置いてあるVRゴーグルを手に取って、俺に近づき……
「はい、これ着けてね」
「うわっ⁉」
頭に被せてきた。
「これで何も見えないでしょ」
「うん。見えない」
「私たちが良いって言うまで着けておいてね。イヤホンも。暇ならゲームしててもいいわよ」
アヤメが言い終えると、布団の方向に戻る足音が聞こえた。
「アヤメ、あれで大丈夫なのか? こっちを向いたままじゃないか。カオルは獣だからいつまた覗くかわからないぞ」
「大丈夫よ。そんなことあいつはしないわ。なにも見えないし、イヤホンも着けてるから聞こえないはずよ」
「そうですね。カオルさんは変態ですが卑怯なことはしません」
「そもそも度胸がない」
住人たちが好き放題に俺のことを言っているようだ。ゲームしててと言われても、停電でしてるから出来ないし、音も結構聞こえるんだよなぁ。
「……まあいいか。ほらこのシート使って、さっさと着替えちまおうぜ」
「ありがと。あー、ほんとジメジメしてるわね。ブラしてると胸の下とか汗でベタつくのよ」
「わかるぞ。ブラも熱が籠るし」
「胸大きいと、シャツでも体のライン出るから困る」
「わぁー! みんなやっぱりおっぱいおっきーい。いいなぁ、エペリもそれくらいおっぱいあったら、大人っぽく見られるのになぁ」
「エペリ、おっぱい大きくても良いことばかりじゃないわよ」
おいおい、なんだかエロい展開になっているじゃないか! 見たい。だが覗いてるのがバレるのはマズい。聞くだけにして我慢するしかない……そうだ! ボーっと聞き耳を立てているが、俺はゲームやってることになっている。ゲームしているフリをしていなければ、怪しまれてしまう。俺はコントローラーを触って何かプレイしているように手を動かした。
「エペリ、そうなのよ。肩凝るし、ブラ付けてないと形崩れるっていうから気を遣うし」
「それは胸の大きい人たちの贅沢な悩みです。むしゃくしゃします……ちょっと触らせてください!」
「きゃっ! ちょっとエペリそんないきなり触らないでぇ!」
「エペリずるいぞ! あたしだって……えい! うわぁ、アヤメまた大きくなったんじゃないか?」
「ほんと。肌もきれいだし、今度動画に水着姿で出演したら絶対人気出る」
「みんなえっち! やん、ちょっとくすぐったい! もう、マオだって可愛いパンツ履いてるじゃない」
「わ! ちょっとボクのパンツ返して」
——ダメだっ! 目の前で楽園の花園が広がっているのに、俺はゴーグルのせいで何も見ることができない!
神よ、仏よ、後生だ。据え膳喰わぬは武士の恥だ。俺はそこらの金玉のない鈍感性欲無しハーレム主人公とは違ってただの男なんだ。少しでいい、夢を見させてくれ!
俺は耐え切れず、ゴーグルをずらす。そこには——
さっきと同じ服のまま、俺を笑うように見る住人達がいた……全員ニヤついてやがる。
「アハハッ! ほーらあたしの言う通りだ! 絶対見てくると思ったぞ!」
「一生懸命ゲームしてるふりしてて、すっごく滑稽だったわ! 電源ついてないのに!ついてないのに!」
「やっぱりカオルさんって立派な変態さんでしたね」
笑いものにされている……バカにされている……みんなで欲に負けた惨めな俺をおもちゃのように扱っている。
でも……反論できない!
「っぐうう……」
俺はただ悔しさで呻くしかなかった。
すると、マオが設置していたカメラの方に近づく。
「うん、撮れてる」
「おい……マオ……何言ってる? 暗くて撮れないんじゃないか? さっき言ってただろ」
「編集で明度上げれば映る」
「くそおおおおおおおお!」
俺は泣き崩れた。住人達に覗きがバレて、嘲笑される……そして更に全世界に、俺の滑稽な変態管理人動画が笑いのネタとして配信される。
言い訳はできない。俺は四つん這いになり、犯罪者がカメラから顔を背けるように顔を伏せた。
「アヤメ、やっぱりこいつは性獣だ。このまま一緒に寝ると何をされるかわからん。布団でグルグル巻きにしておこう」
「可哀そうだけど今夜は仕方ないわね。やっちゃいましょう」
ユヅキとアヤメはそう話すと、俺の体を敷布団の上に転がし、恵方巻の如く巻いて縛りやがった。
「ごめんなさい。うぅ、これで許してください」
「ふぅ。まさか本当に騙されるとは思わなかったわ。今夜はこの状態で寝てね。それで許してあげるから」
「はい……」
よかった。アヤメは本気で怒ってないようだ。
「さて、今度はマジで体拭いて着替えるとするか。あー……カオルはちゃぶ台をどかしてそこに置いておこう。先にそっちに移動して巻いておけばよかったな」
「手巻き寿司みたいなカオルさんも可愛いですね。エペリが優しく転がしておきます!」
ユヅキとエペリがちゃぶ台のあった場所に移動させようとする。
「んー、重いですね」
「そうだ、こうすれば楽に転がるぞ」
ユヅキが俺を足の裏で蹴りながら転がしていく。
「なるほどー」
エペリも楽しそうに足の裏で転がす。
「おい! 優しく転がすって言っただろ。もっと優しくしてくれ!」
「カオルさん、重いんですもん。反抗できない姿も可愛いですねー」
「見ろ、カオルの嬉しそうな顔を。本当に変態だな」
「誰かこの酔っぱらい達を止めてくれ!」
人としての尊厳がない移動が終わった。
「じゃあ、ここに置いておきますね。着替えが終わったらまた戻します。さよならー」
着替えを覗けないよう、居間の奥とは逆の、玄関側を向いた状態で放置される。
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