第25話 憧れ

 本格的に風雨が強くなってきた……風の唸りが部屋の中まで響いてくる。

 スマホでニュースサイトを見ると、台風は既に上陸して暴風域に入っているらしい。

 あいつらまだ戻ってこないのか? もう直接謝りに行こうと考え、玄関に向かう。

「ちょっとユヅキの部屋行ってくる」

 マオは動画編集中でこっちを見ず、片手を振ってきた。

 外に出ると吹き付ける雨が足を濡らしてくる。

 急いでユヅキの部屋のチャイムを押す。

 五秒ほど経つと中からユヅキが出てきた。

「カオル、どうした?」

 ユヅキは俺の目を最初に見ただけで、その後は何故か俺の股間を見ている。

「あ、ユヅキ。もうそろそろ夕飯の時間だから、管理人室でみんなで一緒に食べようかなって。まだアヤメが泣いてたら別にいいんだけど……」

「なるほど、まぁ中に入りな」

 ユヅキに言われて玄関に上がる。

 ……ずっとユヅキが俺の股間を見つめているのは気のせいか?

「ありがとう。あの……俺のズボンなんかついてる?」

「えっ⁉ いや、なんでもないぞ……」

 ユヅキはすぐに視線を俺の目に戻し、恥ずかしそうにしている。

 一体何なんだ?

 ユヅキと気まずそうにしていると、部屋の奥からアヤメが恥ずかしそうに出てきた。

「あ、カオル。どうしたの?」

「アヤメ、さっきはその……ごめんな」

「ううん……ふふ、私も子供みたいに泣いちゃって恥ずかしい」

 珍しく恥ずかしそうに笑うアヤメ。

 よかった。泣いて出て行ったから、ちゃんと話せるか不安だったけど大丈夫みたいだ。

 さっきアヤメが泣いたのって俺がユヅキの乳を揉んだからだよな……俺がバカなことをしたせいで。

 それなのに笑って許してくれるアヤメを見ると、より愛おしくなってくる。

「アヤメ……」

「カオル……?」

 俺はアヤメの手を取り、見つめた。

「おい! カオル。なにあたしの部屋でアヤメに手を出してるんだ!」

 ユヅキが俺の手を払い間に割り込んでくる。

「ぬわっ! べ、別に手を出してるわけでは。いや手は出したが……」

「お前がさっきナニをしていたか知っているんだぞ。まったくマオだけでなくポニャンタまでも使うなんて……なんてハレンチな男だ!」

「意味がわからん! ポニャンタを使うってなんだ?」

 ユヅキと俺は睨み合ったがアヤメがなだめるように話す。

「ちょっと、二人共なに変なこと話してるの? それよりカオル、晩御飯みんなで食べるんでしょ?今日食材買いに行けなかったから、みんなで残り物ごはん作りましょ! 私、試したいレシピがあるの」

「アヤメ……取り乱してすまん。あたしの部屋にも材料いくつかあるから持っていくか」


 アヤメに仲裁され、俺たちはユヅキの部屋から食材を持って管理人室に向かった。

 もう日が沈み、辺りは暗くなってきた。風雨は更に強さを増し、油断したら倒れそうになるほど危険な状況だ。

 そんな中雨合羽姿の人影がパメラ荘にやってくる。エペリだ! こんな天気の中、南国の姫は外にいたらしい。

「おーい、エペリ! 大丈夫か?」

 エペリも気づいて、アパートの軒下まで走ってくる。

「皆さんこんばんは」

「今日もバイトだったのか?」

「はい、台風でも牛野屋は営業しますから! 全てはお客様のために! お客様のありがとうが気持ちいいんです!」

 ダメだ。南の国のお姫様が日本のブラック社員みたいことを言っている。

 というか監視している篠本はどうした? 今日くらいパトカーで送ってやれよ……牛野屋のバイト帰りにケガするのも世界のリスクだろ。

「エペリは偉いな……そうだ、これから管理人室でみんなで夕飯食べるんだ。一緒に来ないか?」

「行きます! 丁度お酒買ってきたので嬉しいです」

 よく見るとコンビニのビニール袋には酒缶も入っていた。

「お、エペリも酒飲めるなんて知らなかったぞ。仲間が増えてうれしいなー。一緒に呑もう」

 ユヅキも嬉しそうにしているが、この二人が酔うと色々危ない気もする……

「とりあえず決まりだな。風ヤバいし、早く管理人室に入ろうぜ」

 俺がそう言った瞬間——

「あああああ‼」

「「「⁉」」」

 管理人室からマオの悲鳴が聞こえた。

 俺たちは急いで管理人室に入ると、部屋は電気が消え真っ暗だ。

「どうしたマオ!」

 ノートPCのモニターに照らされた涙目のマオがこっちを見る。

「いきなり電気が消えて真っ暗になったから、びっくりした……」

「げ、もしかして……」

 俺は外に出て辺りを見渡す。雨が吹きつけていて見えにくいが、周りの建物や街灯に明かりがない。

 部屋に戻ると、住人たちがの目線が俺に集まった。

「この辺り一帯が停電してる……」

「「「‼」」」

 住人たちが慌て出した。

「冷蔵庫にある冷食溶けちゃうな」「お風呂入りたいのにお湯が出ないですね」「今日配信したかったのに」

 ただ一人アヤメはなぜか冷静に笑っている。

「元々鍋料理を作る予定だったけどこれは……リアル闇鍋になるわね!」

 いるよなぁ、停電になるとテンション上がる子供。

「エペリ、闇鍋ってわかんないです! 日本の伝統料理ですか?」

「教えてあげるわ! 闇鍋っていうのはね……好きなものをなんでも入れていい鍋よ。でも今回は停電でダメになる食材限定ね! みんな冷蔵庫にあるもの持ってきてちょーだい。あと、アイスもダメ。溶けて出汁の味が変わっちゃうからね」


 台風の中、懐中電灯で天井を照らしただけの、うす暗い室内。

 住人たちは各自の冷蔵庫から食材を持ち寄り、鍋パーティーが開催される。

 カセットコンロと鍋は管理人室に元々あったものを拝借した。

「闇鍋は最後ね。たぶん味は微妙だから!」

「早速闇鍋はおいしくないって否定するのか⁉」

 ツッコミを入れたが、アヤメが作っている鍋は確かにうまそうだ。

「まずは私が作りたかった鍋ね。じゃじゃーん、豆腐ソーセージ団子鍋! 木綿豆腐とソーセージが余っていたから、こねてお団子にしたの。うどんも余ってたし、いっぱい食べていいわよ」

 ちゃぶ台で鍋を囲んで、みんなで食べる。醤油出汁が団子に染みてて美味い。

 台風で停電しても住人達と一緒に鍋が出来て幸せだ。

 アヤメ特製鍋を堪能し闇鍋の準備を始める。

「ボク食材なかったから、飲み物で闇鍋していい?」

 マオがアヤメに尋ねた。

「いいわ。でもちゃんと全部食べきれる人だけが闇鍋をするのよ」

「裏庭サバイバル生活で鍛えられたから大丈夫」

 こいつ最初、ポニャンタも貴重なタンパク源とか言ってたからな。

「じゃあみんな、他の人の具材は見ないように順番に入れてね」

 各自が闇鍋用の食材を追加していく。

 ペットボトルを開く時に出る炭酸の音がする。マオが入れているのはコーラだ、絶対。

 三本くらい入れているが大丈夫か?

「これが日本の闇鍋なんですね! 黒いから闇鍋なのも納得です!」

「ああ、具材も何かわからなくなるしな」

 コーラ色の鍋を見て、エペリが壮大な勘違いをしている。

 食材を入れ終わると蓋をして煮る。

 コーラの香りが部屋に漂うが意外と悪くない気がする。

「皿に取って最後まで食べれなかったやつは、好きな人を言うんだぞ」

 すっかり酔っぱらっているユヅキが笑いながら言う。

「ふん。楽勝だろ。ユヅキも食べれなかったら、正直に言うんだぞ」

「カオルこそ、ドッキリ以来の再告白をしないように気を付けろよ」

 ユヅキが俺を嘲笑う。俺は闇鍋ごときでも負けたくないからな……真剣勝負だ。

 みんなで皿に一品ずつ入れていく。

「「「いただきまーす」」」

 先に俺とユヅキが一口ずつ食べた。

「「ゲボボッ!……アヤメッ!」」

 二人で一緒に告白した。

 ダメだ。俺は渋柿のコーラ漬けみたいなものを食べた。とりあえず食感と出汁との相性が最悪過ぎて気持ち悪い。

「裏庭に生ってる柿入れたの誰だ? あれ渋柿だぞ」

「私よ。誰も食べないでもったいないから入れたわ。今度干し柿にしようと思ってたの」

 ユヅキも苦しそうに食べた食材の犯人を捜す。

「誰だ、パンを入れたのは⁉」

「エペリです! ちなみにパンじゃなくてナンです。故郷の国でもよく食べるんですよ。お口に合わなかったでしょうか……?」

「出汁を存分に吸い込んでて……うぅ」

 ユヅキは涙目で食べている。

 それにしてもアヤメは俺とユヅキの同時告白には動じていない様子だ。

 俺が箸を動かさずにアヤメを見ていると、

「私はご飯を残さず食べてくれる人がいいなー」

「「⁉」」

 俺とユヅキは一気にハズレの具材を掻き込んで、噛まずに飲み下した。

「アヤメの作った出汁で煮込んだものが、おいしくないわけないだろ」

「あたしはおかわりできるぜ」

 二人で虚勢を張ったが、それ以上闇鍋に箸をつけることはなかった。

「私は当たりね。ゆで卵だからコーラの甘さもしみ込んでイケるわ!」

「ボクはブロッコリー」

 アヤメとマオは特に問題ないらしい。

「エペリのは……なんでしょうかこれは?」

 暗くて見にくいが、茶色のブヨブヨした塊。

「あーそれはあたしが持ってきた、冷食のから揚げだな」

「なるほど……日本の初闇鍋、いただきます!」

 エペリは嬉しそうに頬張る。

「……」

 みんながエペリの反応に注目する。

「…………MADNESS」

 初めて聞いたエペリの英語。それだけ呟いてリンゴチューハイを飲み始めた。目の光を失い、闇鍋への憧れは無くなったようだ。

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