第23話 生きる
俺はアヤメとユヅキが出て行った時と同じ場所で、ずっと座り込んでいた。
「いのち短し恋せよ乙女 紅き唇褪せぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを——」
爺ちゃんが俺がまた小さい時、二人で公園のブランコに乗ってよく歌っていた歌を、なぜか口ずさんでしまう。
どこか寂しい歌で、今の俺の気持ちと同じだ。
今日もいつも通り、平和な日常のはずだった。
なのに酔っぱらったユヅキが来て、俺を誘惑した。
そしてアクシデントとはいえ、アヤメの前でユヅキの大きなエロい乳を揉みしだいてしまった。
たったそれだけなのに。アヤメは俺から離れ、隣室でユヅキと一緒にいる。
俺は一人寂しく、管理人室で古びた床に目を落としていた。スマホの時計は十五時を示している。
「いつまでも落ち込んでいても仕方ないよな。残ってる授業の課題でも進めておくか……」
少しでも気を紛らわせようと立ち上がる。するとスマホがメッセージの着信を告げた。
「なんだ?」
俺はメッセージを表示する。
ユヅキからだ。そのメッセージにはビデオファイルが添付されていた。
一体なんだろう?
ビデオを再生するとそこには——
ユヅキと寝ているアヤメが、仲良く布団の中で寄り添いあっていた。
『うぇーい! カオルくん見てるー? 君の大好きなアヤメちゃんは、今あたしの隣で寝てまーす』
ニヤニヤとチャラそうにユヅキが笑っている。一方アヤメは遊び疲れた子供のように、気持ちよさそうに寝ている。俺は頭が真っ白になった。
「なんだよ……」
悔しさに満ちた声が漏れる。
『さっきまで一緒に紅茶飲んでて、カオル君には絶対見せないような笑顔になってくれましたー。あたしの横にいると落ちつくって言って、見ての通りもう一緒に寝てまーす。あー可愛いな。カオル君の大好きなアヤメちゃんに今からキスしちゃおっかなー。起こしたら悪いから、もう終わるわ。じゃあなー』
アヤメを見せびらかすようにして、ビデオメッセージは終わった。
今まで俺に見せたことないような、安らいだ表情で眠っていたアヤメ……
「……なんなんだよ! これっ‼」
思わずスマホを床に投げつけそうになった。だがアパートに傷を付けたら修繕費が掛かってしまう。
そんな小さなことを気にしてしまう自分が嫌になる。
「アヤメ……アヤメ……」
俺がまた床にへたり込んでいると管理人室のドアが開いた。
「ア、アヤメ!」
勝手にアヤメが帰ってきたかと思ったが、管理人室に入ってきたのはノートPCを持ったマオだった。
「あれ、みんないない?」
「マオか……あぁ、今アヤメはユヅキと一緒の布団で寝て——うぐッ」
急に吐き気がしてしまった。女同士だから大丈夫なはずだ。美少女二人が仲良く布団で寝る。本来なら祝福してもいいくらいだ。だけどなぜか胸がざわついてしまう。
「大丈夫?」
「あぁ、ちょっと吐き気がしただけで大丈夫だ。ありがとう」
マオは部屋に上がり、ちゃぶ台にノートPCを置いて画面を開いた。
「なんでアヤメちゃんはユヅキの部屋で寝てるの?」
Youtube用の動画編集をするのだろう。編集ソフトを起動させて何やら操作している。
俺はさっき起こった出来事を隠さずマオに説明した。
「——それで俺はユヅキの胸を揉みしだいて、アヤメが泣いてしまったんだ」
「それはカオルが変態過ぎ」
ぐうの音も出ない。
「あぁ、初めて女性のおっぱいを揉んで、舞い上がっておかしくなってしまったんだ。もう同じ過ちを繰り返さないと誓うよ」
「そういう面白いのはボクがいる時にやって。撮影できないから」
「そうだな。すまなかった、次はマオが居る時に揉むよ」
「……そうして」
突っ込みを待ったがマオはマジのようだ……
「でも男の人って本当におっぱいが好きだね。ボクが胸元を強調した格好をしただけで再生数が高くなる」
「あー、そうだな……確かにそれは事実だ。俺もサムネイルでエッチなものがあったら、何も考えてないのに指が勝手に動画を再生しているんだ。あれは男にしかわからない現象だろうな」
「ボクがこの前一生懸命撮った『一週間コーラだけで生活動画』より、胸元が出たサムネの動画の方が伸びて悲しかった」
「一週間コーラだけで生活⁉ 気になるから後でチェックしておく……しかしまぁ、確かにそれはつらいな。でもそれだけマオの胸がエロいって視聴者も思ったんだろう」
「ボクの胸がエロい……? カオルもそう思う?」
突如マオは自分の胸を見て、俺に尋ねて来た。よく見ると胸元の空いたTシャツを着ていて、谷間まで見えている。比べてはいけないと思いながら、ユヅキよりも大きく白い胸にクラっと来てしまう……
「え、あぁ……それは、正直言うと……ドチャシコだな」
「ドチャシコか……」
誤魔化してもいけないと思い正直に言った。マオが自分の胸を触って眺めている。
なんだ、空気がおかしくなっている。つまりエッチな雰囲気になってきた。
……と、ここで違和感を抱く。マオの小型カメラが不自然に床に置かれていて、レンズが俺の方を向いている。
「おい、マオ。カメラで今盗撮して、俺の変態管理人動画を撮ろうとしているだろ」
「……ボクの胸エロい?」
「無視するな!」
「……残念」
「俺が毎日毎日発情していると思うなよ。まったく、ここの住人たちの方が俺をたぶらかして遊んでいるじゃないか?」
マオは観念したのか胸を強調するのを止めて、動画編集の続きをしていた。
ふう……危うくいつものようにエッチな展開になり、誰かが目撃し勘違いされ、俺が痛い目にあう展開を事前に防ぐことができた。
マオのおっぱいをもう少し楽しみたかったが、その後に痛い目に合うのは勘弁したいからな。
俺は学べるのだ。
「マオ、俺さっきのユヅキとの件で汗かいたみたいだからシャワー浴びてくる」
「いってら」
「盗撮するなよ」
「需要ない」
「ぐっ……」
俺はシャワーを浴びに風呂場に向かった。
一〇分ほどシャワーを浴び、きれいさっぱり汗を洗い流して居間に戻ってきた。
台風で湿気が高いから、短パンに履き替える。
マオはさっきと変わらずドアを背にして、ちゃぶ台にノートPCを置き動画編集をしている。
俺はちゃぶ台越しに、マオの対面に座った。
「あれ、マオなに食べてんの?」
「アイス、前ボクが買って冷凍庫に入れておいた。食べていいよ」
マオはソーダの棒アイスをペロペロと食べていた。
「あれマオのだったんだ。後で俺も貰おっかな」
「あっ……」
スマホが床に落ちて転がる音。
マオがポケットから取り出したスマホが、ちゃぶ台の下に転がったようだ。
「取ろうか?」
「大丈夫」
俺が聞いた時には既に、マオはちゃぶ台の下にうつ伏せになり、潜り込んでいた。問題ないようだ。
……いやしかし、シャワーを浴びてさっぱりした。体が綺麗になると煩悩も一緒に吹き飛ぶようだ。
「はぁー、気持ちよかったぁ」
俺は首を上げて思わず声が出てしまう。
「あ、ちょっとダメっ」
俺の足元でスマホを取ろうとしていたマオが、未だにモゾモゾしていた。
「マオ、なにしてんだ?」
覗くとポニャンタが、ちゃぶ台の下でマオのアイスを舐めようと、じゃれついていた。
マオは溶けているアイスがこぼれないよう、ポニャンタをガードしながら舐めている。
「あ、棒からこぼれちゃう。舐めなきゃ……ジュルル、グッポグッポ」
「おいおい、床を汚さないようにしろよ」
「お掃除しないと……ほらベロ見て、青い」
「うわ、ほんとだ」
マオが無邪気に微笑んで舌を見せてくる。
ちゃぶ台を見ると、まだ小型カメラが置いてあったままだった。
「あ、マオ。カメラまだ置いてるのか? まったく、撮っても仕方ないだろ」
「ポニャンタ、こら。……うわ、胸にもついた……」
ちゃぶ台の下でマオとポニャンタがアイスを巡って格闘を続けている。
それにしてもアヤメ達戻ってこないなぁ……そんなことを考えていた時——
バタンッとドアから音が聞こえた。
「あれ、なんか音した?」
ドアを見るが特に変わりはない……風が強くなっているし、ドアに物でも当たったんだろう。
「ふぅー、やっと出れた」
マオが暑そうに棒を咥え、ちゃぶ台から這いずり出てきた。ポニャンタと格闘していたからか、頬を赤らめている。
「大変そうだったな。ポニャンタはアイスより棒に興味があったんじゃないか」
「そうかも」
マオは髪も乱れて、口元に横髪が入っていた。
「ふふっ、マオ。自分の髪食べているぞ」
俺はマオの髪を取る。女は髪が長いから大変だな。
「あ、ありがとう」
マオはなぜか更に顔を赤くし、自分の髪を手櫛で直している。
「今のポニャンタとの格闘面白いから動画に撮ればよかったな」
「うん。今度撮る……」
それだけ言ってマオはパタパタと走って洗面所に行ってしまった。
今度暇な時に、撮影を手伝って遊ぶのも楽しそうに思える。
俺はボケっとユヅキの部屋のある方の壁を見つめた。
それにしてもアヤメはいつ戻ってくるのかな……
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