第22話 またのNTR
「カオル、おはよー」
朝だ……管理人室で寝ていた俺は、アヤメの声で目覚めた。時計を見ると午前九時過ぎ。
俺は一限目の授業は寝坊が多く早々に諦め、二限目から行くようにしている。
だから一限目から起きて大学に通うアヤメは、この時間俺を起こさず出て部屋にいないはずだが。
「おはよう、あれ? なんでアヤメまだいるんだ?」
「私ね、何も知らないで大学行ったんだけど、今日は台風来るから休講なんだって。今帰ってきたの」
「台風⁉」
なるほど。確かに外から雨音が強く聞こえて、裏庭の木々の葉もいつもより騒めいている。
「上陸は夜みたいだけど、昨日帰るの遅くなったから全然知らなかったわ。あ、そうだ!」
アヤメは思い出したように座布団で寝ているポニャンタを抱っこした。
ポニャンタは心底嫌そうにしている。
「聞いて、カオル。やっぱりこの子……猫だったの!」
「ニャーって鳴いてたしな。猫だと思ってた」
「流石カオル。だったら話が早いわ。この前ワクチンを打ちに動物病院に連れてったの。もしかしたらタヌキかも知れませんって伝えたら、先生がこれはどう見ても猫です。あなた大丈夫ですか? って教えてくれたの」
最後バカにされてるよな。アヤメは何とも思ってなさそうだが……
俺もアライグマとか言ってしまったし、ここの住人達は動物への観察眼が備わってないことがわかった。
「猫って正式にわかってスッキリしたわ。これからもパメラ荘のお友達として一緒に遊びましょうね。ちゅっちゅー」
アヤメがポニャンタにキスを迫るが露骨に避けられている。永遠の片思いになるだろう。
「ういーす。今日大学休みだってなー!」
昼過ぎ、4L焼酎、源五郎を大事そうに持って、酔っぱらったユヅキが管理人室に来た。
「ユヅキ、頑張って禁酒するってこの前言ってなかったか?」
「うるさい! 台風が来て大学休みなんだから、今日は特別なんだ! それにカオル、お前に話がある」
ユヅキは気にせず居間の座布団に座る。
「俺に話?」
「それはな……あたしのアヤメはお前に渡さねえぞ!」
「……何言ってんだ?」
ユヅキはいつもより酔っているのか? 過去殴られている時は酔っぱらっている時だ。気を付けなくては……
警戒するが、それでもユヅキは捲し立てる。
「とぼけるなー! マオから聞いたんだ。最近カオルはアヤメとイチャイチャイチャイチャして、アヤメをタブらしている! 昨日は一緒に出掛けて、相合傘で帰って来たらしいじゃないか! それなのにお前は、マオとは一緒の布団で寝るし、エペリにはお姫様だっこして、あたしには膝枕を強要! カオルは女たらし……いや、パメラ荘の住人たらしら‼」
もう完全にダル絡みするおっさんのようだ。
「俺は、別にたぶらかしたつもりはない。ユヅキ、勘違いしないでくれ」
「んぬー、カオル……もっと近くに来い」
ユヅキが手を招いてくるので近くに座った……途端に俺の両肩を掴んでジーっと俺の目を見つめる。
頬がほのかに上気していて色っぽい。
「カオルに、話がある……」
ユヅキの綺麗な顔が目の前に迫ってきて、思わず唾を飲み込む。色気と怖さでドキドキする。
「アヤメはお前に渡さねえぞ‼」
「それさっき聞いた!」
「ん……そうだっけ?」
とぼけた表情で首を傾げるユヅキ。
横でポニャンタを抱いて見守っていたアヤメも、やれやれといった表情で近づいて来る。
「もーユヅキお酒飲みすぎよ。私はカオルのものじゃないから安心して。ね?」
「うう、アヤメー。あたしは寂しいぞ。アヤメがカオルの彼氏になって私たちと離れてしまうのは……」
ユヅキは急に泣き出し、今度はアヤメに抱きついた。酔っぱらうと情緒不安定になるらしい。
「何言ってんの、私は別にカオルと付き合ってないし今までと一緒よ」
「本当かー? 信じていいのか? アヤメはあたしと一緒だぞ……」
なんか百合感出てきた……二人が仲良いのはわかっていたが、ユヅキはアヤメにガチ恋なのか?
「……いや、ダメだダメだ!」
「うわ!」
再びユヅキが俺の肩を掴んで見つめてくる。
「アヤメは渡さない。カオル、お前のな……お前の好きなようにはさせんぞぉ!」
「へ? どうゆう——」
俺の言葉を遮りユヅキは俺に、キスをした。
ユヅキの柔らかい唇が俺の唇と重なり合う。僅かに湿っていて酒の香りがする。
アヤメに見られているのを忘れてしまうくらい、気持ちのいいキスだった。
「うそ……」
アヤメの声で我に返り、ユヅキから顔を離す。
「ちょっとユヅキ、落ち着け! なにやってるんだよ!」
「カオル……アヤメには欲情しないくれ。もしムラムラしたら、あたしがいくらでも相手してやるから」
恥ずかしそうにするユヅキはどこか意地らしく、正直たまらない。
アヤメの方をチラと見る。そこには俯いて口をパクパクしながら死んだ魚のような眼をした彼女の姿が……
これ以上アヤメを傷つけてはいけない。
「ユヅキ、一旦腕を離してくれないか」
俺はそう言って、ユヅキの腕を取り払うため立ち上がろうとしたが。
「いーーやーーだぁーーっ!」
ユヅキが力強く抵抗してきた! 思いがけない反抗に、俺は足元の座布団を滑らせてしまい……
「おわあ!」
「ん、あんっ」
ユヅキを押し倒してしまった。ユヅキの体に乗っかるような体勢で見つめ合う。
「ッん……カオルは本当に大胆だな。それに胸まで……」
「あわわわわわ……」
俺の右手がいつの間にかユヅキの胸を鷲掴みにしていた。
ブラはしていない。
なんてこった。これがおっぱい。胸。乳……十九年、夢にまで見たおっぱいを俺は……俺は今……!
惚れている女の前で、別の女のおっぱいを揉みしだいている!
「……や、あんッ……ちょっと、カオル、激しい……」
「なんでだ! 手が言うことを聞いてくれない! えっろ……! じゃなくて勝手に動くんだ。おかしい、おかしいぞ! おっぱいやわらかっ……いや、違う、なんでなんでっ⁉」
離さなくては、でも離したくない。体が脳の指示を無視している。体が言うことを聞かない!
おかしい。おっぱいって柔らかい。弾力があって気持ちい……
ユヅキが乳を揉まれながら優しく語り掛ける。
「……カオル、わかったから。アヤメのいないところでしような……流石にあたしも恥ずかしいぞ……」
「うわ、違う! 違うんだ! これはわざとじゃなくて!」
磁石のようにユヅキの胸に固定されていた俺の右腕がやっと離れた。恐ろしすぎる。これがおっぱいの魔力か。「幸せな時間の後には不幸がくるから気を付けなさい」母さんがよく言っていた。それは本当かもしれない。
乳を堪能した俺はユヅキから離れ、アヤメを見上げる。
「う……うぅ……」
アヤメの両目からは涙がポロポロ流れ落ち、嗚咽を漏らしていた。
「アヤメ、すまない。でも見ていただろ。これは事故だ。わざとじゃない!」
我ながら苦しい言い訳だ。おっぱいを掴んだのは事故だが、その後は自ら揉みしだいてしまった。
「う……うぅ……カオルが……ひぐっ、カオルがユヅキに寝取られちゃったー! うわああん!」
堪えきれなくなった感情が爆発し、アヤメは大声で泣き始めた。
「ごめん、アヤメ。本当に違うんだ……」
「じゃあなんで押し倒しておっぱいを揉んだの? なんで私の前でユヅキのおっぱいを揉んでいるところを見せたの? ユヅキの方がいいなら、私のいないところで揉めばいいじゃない……! うわああん!」
ダメだ。話を聞いてくれない。確かにおっぱいを揉み続ける必要はなかった。
一瞬の快楽のために大事なことを忘れていた。
ユヅキが立ち上がり、泣いているアヤメに近づいて抱きしめる。
「アヤメ、大丈夫か? まったくカオルはプレイボーイ過ぎる。あたしを襲う時は今度からアヤメのいないときにしろ」
「お、襲っては……ないって……」
言い訳のしようがないことは自分が一番わかっている。
「アヤメ、よしよし……辛かったな」
「ユヅキぃー。私なんでこんなに悲しいのかわかんない」
「落ち着いて。カオルが近くにいたら混乱しちゃうよな。一旦あたしの部屋に来い。この前アヤメが好きって言ってたダージリンティー買ったから、一緒に飲もう」
「……うん、行く……」
「あ、アヤメ……待ってくれ……」
俺は引き留めようとしたが、悪いことをしたと気が引けてしまい、小さな声しか出てこず……結局アヤメには届かなかった。
「ポニャンタも一緒に行こ……」
「シャーー!」
アヤメはポニャンタを連れて行こうとするが、威嚇され全力で逃げられる。
「わあぁ!」
「アヤメ、気にするな。行こう」
更に泣きそうになるアヤメにユヅキが寄り添い、ドアを開けて出て行く。管理人室のドアが閉まる時、ユヅキと目が合う。
「アヤメはあたしのものだ」と得意げな笑顔を見せつけ、去っていった。
「違うんだ……アヤメ……俺はユヅキのおっぱいを揉みしだいてしまったけど、それは……違うんだ……。あれ……雨漏りしてないのに顔が濡れてる。はは……おかしいよな、アヤメ……うぅ…………」
誰もいない管理人室に吹き付ける風雨の音。そして、俺の情けない泣き声が寂しく響いた。
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