第19話 逮捕されるぞ

 次の日、大学の食堂。

 友人のユタカと一緒に昼食を食べていたところ、うっかりYoutuberをやっている住人がいるとユタカに漏らしてしまった。

「おいカオル、それは誰だよ! チャンネル名を教えろぉ!」

 ユタカは目の色を変え俺にせがむ。

 その時、俺のスマホにエペリからメッセージが届いた。

『昨日気づいたら寝てしまっていたみたいです。ご迷惑をおかけしました』

 なにに対してのお詫びだろう。酔っぱらって俺に迫ったこと? パトカーのボンネットに乗って叫んだこと?

 それともお姫様抱っこを要求してダイブしたことか?

 余罪が多すぎるから直接話したほうが早い。エペリに大学図書館の前で話そうと返信をした。

「せめてヒントを!」

 しつこく懇願するユタカに『ひろゆきのモノマネをしていた』とだけ言い残し、俺は食堂を後にする。


 図書館がある二号館前で待っているとエペリがやってくる。いつもと変わらず上品で清楚な姿。昨夜パトカーのボンネットに乗って、叫んでいたアナーキーな面影を感じさせない。

「カオルさん、昨日は……その、お恥ずかしいところをお見せしました……」

「こっちこそ呼び出してすまない。昨日のことだが、全部忘れたわけではないだろ。どこまで覚えてるんだ?」

「あ……えっと……その……」

 狼狽えるエペリ。顔を赤らめ手で隠す。

 あれ、そういえばいつもより胸元が開いている服を着ている。

 ブラウスはVネックで一番上のボタンも開いていて、エペリは胸が小さいから、こう近くで話すと胸が見えそうに——

「あ」

 エペリと目が合う。そして彼女は、昨日お酒を飲んで迫ってきた時と同じように不敵にへらりと笑った。

「ふふふ、やっぱりカオルさんって……いやらしい顔して見てきますよね」

 ぬかった! 昨日言ってた、胸元をチラ見すると言ってたことは覚えていたか!

「す、すまん! つい見てしまって。昨日のことは全部覚えているのか?」

 エペリは人差し指を自分の頬に当てて考える。

「えーっと……秘密です」

 悪戯好きの天使のように笑うエペリ。

 なんだ、酔ってなくても彼女は彼女のままで、どこか安心した。

「でも……さっきから視線を感じるんですよね……」

 不安気に俺を見つめる。

「なに? 昨日パトカーにいた篠本がいるのか?」

 あいつはエペリに近づくなって言っていた……それなのに俺はエペリを文字通り抱いてしまった。

 世界の命運が俺の股間にかかっていると警告した政府の人間が、タダで済ませるわけないか⁉

「……あそこに隠れている人です」

 エペリが困り顔で俺の後ろを指差す。振り返ると、あいつは……!

 柱の陰から嫉妬の表情で見つめるユタカだった。

「カオルゥゥゥ、俺を放ってイチャつく、その可愛い子は誰なんだああああ!」


 ユタカのパメラ荘入居嘆願を拒否し、大学からバイクで帰宅した。

 いつもの管理人室横に駐車する。

「やっぱり今日も来ていたか……」

 アパートの前には昨夜いた覆面パトカーが停まっていた。エペリのボンネット事件もあったばかりだ。

 俺の帰宅を待ち計らっていたように、篠本がパトカーから出て近づいて来る。

「昨夜はお楽しみのようで」

「おっさんこそ気絶していたみたいだが、大丈夫だったのか?」

「ふん、口が達者で結構。今日は話があって来た。君に見てもらいたいものがある」

 助手席からモッズコート姿の美人刑事、赤島が出てきた。管理人室のドアに立ちはだかり、無線で話す。

「管理人室、封鎖出来ました!」

 赤島はこちらを睨み、帰しはしないという威圧的な態度だ。

「断ることは出来なさそうだな」

「別に令状があるわけじゃない。断る『権利』はある。だけどもっと面倒なことになるから従った方が無難さ」

「それはもう断れないってことだろ」

 俺は仕方なく篠本に付いていくことにした。

 すると管理人室のドアが勢いよく開かれ、ドアの前にいた赤島が突き飛ばされた。

「ぐあああっ!」

 何事かと思っていると、アヤメが管理人室から飛び出してきた。

「あら、誰かいたの? ごめんね。それよりカオル、また連れていかれるんでしょ! ちょっと待ちなさい!」

 アヤメは俺の腕にしがみついて来た。篠本も事態に気づいてニヤニヤと笑っている。

「おやおや初めまして。私、篠本と申します。どうぞよろしく天滝アヤメさん」

「え、なんで私の名前を知ってるの? 気持ちわる……まあいいわ。あんた、うちのカオルをどこに連れて行くのよ!」

「アヤメ、お前は部屋に居ろ」

「部屋に居ろじゃないわよ! 偉そうにしないで。同居人がどっか連れてかれるのに、放っておけないんだけど。篠本さんっていうのよね? カオルが何をしでかしたか知らないけど、私も一緒に連れて行きなさい!」

「バカ! すぐに首を突っ込むな」

「嫌よ、別に私は悪いことしてないから大丈夫だもん。あんたが犯罪をした責任は保護者である私の責任でもあるの!」

 ダメだ。アヤメは一度言い出したらキリがない……

「クククッ、活発なお嬢さんだ。カオル君も安心したまえ。彼女には特に用はないのだが、そうだな……では一緒に連れて行くとしよう。面白いものが見られる……」

 篠本は口角を鋭く上げ、不気味に笑った。


 不機嫌そうな赤島が運転する覆面パトカーに乗り、首都高を東京方面に走る。

 やがて永田町に着き、内閣府庁舎という厳重な警備の建物に覆面パトカーは入っていく。

 アヤメは意外にも楽しそうだ。子供のようにキョロキョロと周りを見ている。

「ねぇ、カオル、あんた警察署に行くんじゃないの? なんでこんなとこに来たの? テロリストなの?」

「知るか、俺だってわけがわからん」

「ククッ、案ずるな。今にわかる……」

 篠本がバックミラー越しに語り掛けた。

 地下駐車場でパトカーから降りて、建物の中に入る。

 俺達は篠本に付いていき、七階の暗いモニタールームのような大部屋に案内された。

「えー暗いんだけど、電気付けてよー……」

 アヤメはさっきまでノリノリだったのに急に怖気づいている。暗いのは苦手らしい。

 部屋の奥には何も映ってない巨大なモニターが設置されていて、横長のデスクにはミニモニターとキーボードが五つずつ配置してある。

 篠本はデスクの中央の椅子に腰掛け、スイッチを押してモニターを起動する。

 巨大モニターには英語表記のシステム画面が表示された。

「カオル君、君はまだ政府の怖さをよく知らないようだ。今日は特別に、我々に楯突いたらどうなるかを知ってもらおう」

「俺は別に楯突いてないぞ。エペリがパトカーに乗って叫んだのを見守っていただけだ」

「言い訳をするんじゃない。手始めにこれを見てみろ」

 そう言うと、篠本はキーボードを叩いてシステムに数字を入力し、操作する。

 すると、モニターに今日の昼休み、俺とエペリが図書館の入り口で待ち合わしている俯瞰映像が流れた。

「なんだ……これは……」

 俺のプライベートが突如モニターに映し出されたことに、俺は虚を突かれた。

「わかるだろ、君とエペリが今日大学で仲睦まじく密会している映像じゃないか。忘れたわけじゃあるまい」

 映像がエペリの方にズームインしていく。

『ふふふ、やっぱりカオルさんって……いやらしい顔して見てきますよね』

 エペリの音声までも再生された。

「カオル、エペリに一体何を言わせてるの?」

 やばい! アヤメに聴かれたくなかった! 笑顔を取り繕っているが目が笑ってない……

「ハハハハッ! まったく君たちは一体どういう関係なんだ。お前のような下級国民の男が、エペリをたぶらかしている。この映像がマグア連邦の王に知られたらどうなる。日本との関係が抉れ、国益を損なってしまう。それだけじゃない、その隙を見て覇権主義陣営にマグア連邦が接近するチャンスを与えてしまう。カオル、やはり君の股間は世界のリスクだ」

「おい、これは盗撮じゃないか! れっきとした犯罪行為だ! いつの間に撮ってやがる」

「君のプライバシーと日本の国益を天秤にかけられると、本気で思っているのか? そもそもこのシステムは日本のものではない。米国のNSA、国家安全保障局の協力を得て、通信傍受システム『エシュロン』を使っている。インターネット、監視カメラ、スマートフォン、全ての情報は監視されている。情報は筒抜けなのだ。これは米国もカオルの股間を重大なリスクだと認識している証拠さ。我々の真の怖さを思い知るが良い! ポチっとな」

 そう言ってその篠本はまたシステムに数字を入力をした。

「なん……だと……」

 俺は呆然としてしまう。

 モニターには様々な俺のプライバシー情報が表示された。

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