第15話 貴重なタンパク源
——俺は紐で後ろ手に縛られ、座布団なしで正座している。
せっかく買ったPaka Pakaエプロンの馬も、どこか物悲しげだ。
あと、マオがスマホを三脚に乗せて俺を盗撮しているの、気づいてるぞ。
「じゃあ、気を取り直して第一回パメラ荘井戸端会議を再開するわ。まず空き部屋の入居者を募集するらしいけど、誰がいいかしら?」
俺が縛られていること以外、さっきと変わらず井戸端会議が再開された。
「別にアヤメに決める権利はないぞ」
「あんたは黙ってて」
なんで居候が仕切っているんだ。せめて家賃を払っている住人がやれ。
そう言いたいが、心の中で悪態をつくしかない。
ユヅキが手を挙げる。
「動物に入居してほしい」
「ペットいいわね。ここってペット飼っていいんだっけ?」
「ダメだ。契約書にも記載がある」
「じゃあ今度からOKということにしましょう」
「「おぉー」」
「おい待て、何勝手に決めてんだ!」
「動物動画はYoutubeでも人気がある。ペットは必要」
「なあカオル、いいじゃないか飼っても」
「ダメだ、部屋の修繕費と掛かりそうだし……」
アヤメがエペリに話しかける。
「エペリ聞いて、カオルって私たちだけへのセクハラで飽き足らず、私の親戚のお兄さんともチュウ……んぷっ、わっ、カオルいつの間に紐を!」
俺はバレないように解いていた紐を振り払い、アヤメの口を塞いだ。アヤメも諦めずに抵抗してくる。
「俺の大事な初めてを言いふらすな! あれも事故だ!」
「?」
エペリが不思議そうに俺を見つめる。アヤメはまだ騒いでるが、黙らせるためには仕方ない……
「わかったからアヤメ落ち着け。みんなで世話するなら一匹くらいだったら——」
「言ったな」
ユヅキが待ち受けていたようにニヤリと笑った。
「え?」
示し合わせたようにマオが手を挙げる。
「ボクのタヌキを紹介します」
なにを言ってるんだ?
アヤメとエペリも? マークが頭に乗っている。どうやらこの二人も理解してないようだ。
マオとユヅキに連れられ、着いたのはアパートの裏庭。
庭といっても雑草が生えていて、塀に沿って低木が五本ほど植えてあるくらいだ。
使われてない植木鉢やプランターが隅に放置され、木製の物置は屋根に苔が生えているほど古い。
「この物置の横を見て」
マオに案内され見ると、ボロボロの犬小屋がある。
「まさか……」
中を覗くと……タヌキ?
暗がりで、こげ茶色のずんぐりとした短毛の小動物がこちらを伺っていた。
耳は丸みを帯びており、タヌキではないように見えるが……そうだ!
「わかるぞ、こいつはアライグマだ!」
アヤメも気になるようで覗いてくる。
「……いえ、これはどう見ても小熊よ」
アヤメは怖れずに、その謎の小動物を抱き寄せる。
丸い目と鼻。ユヅキも大人しくしている小動物の頭を優しく撫でている。
「もしかしたら猫かもしれないな」
「やっぱり、タヌキじゃないですか? エペリ、タヌキ見たことないです!」
エペリは目を輝かせている。海外だとタヌキは珍しいらしい。
「マオ、こいつは一体どこから連れて来たんだ」
「連れてきてない。動画で三日間裏庭サバイバル生活の撮影をしてたら、小屋の中で震えてた」
「勝手に裏庭でサバイバルするな!」
「貴重なタンパク源だったけど、可愛いから食べるのはやめた」
「当たり前だ!」
マオは動画のためだと、何をしでかすかわからん。
「だから、このタヌキ飼っていい?」
「それは……ちゃんとみんなで世話をするならな」
今日から早速飼うことになるとは思わなかったが、許可を出した手前ダメだとは言えない。
「おお! 新しい住人が増えたな」
嬉しそうに小動物を囲む住人達。マオが俺をじっと見て話しかけてくる。
「ありがとう。とりあえずタヌキってことで飼う」
「あ、これオスだわ!」
アヤメは未だに謎の小動物の正体を探ろうとお腹を見ている。
新しい入居者についての議論だったはずが、新しいペットを迎えることになった。
タヌキを飼うということで、とりあえず一件落着に思えたのだが——
「あれ、でも勝手にタヌキを飼って良いんだっけ?」
気になりスマホで検索する……
「おーい、調べたんだがタヌキだと無許可で飼っちゃいけない法律があるらしいぞ」
「「「えっ?」」」
「しかも、もしアライグマだったら殺処分らしい」
「「「殺処分⁉」」」
楽しげにしていた住人達だか、今の言葉を聞いて一気にお通夜のような空気になった。
アヤメが小動物を抱いたまま考え込む。
「……カオル、これはタヌキじゃないわ。どう見ても犬よ」
住人達も一瞬、間があったがアヤメの意図を理解したらしくフォローし始める。
「そ、そうだな。犬にしか見えん」
「まごうことなき、犬」
「エペリも最初から犬だと気づいてました!」
「いや、犬は厳しい。吠えると近所迷惑になるし」
俺が近所迷惑を考え、犬を飼うことに反対する。住人達は悲しそうに小動物を見つめる。
「ポンタ……」
アヤメが呟く。犬と言っておいてその名前なのか?
やはり無害そうでも、動物を飼うのは難しいようだ。
どことなく小動物も困っているように見える。その時小動物の口が開き——
「……ニャーー」
「「「⁉」」」
小動物が猫のように鳴いた。
「やっぱり、あたしの言った通りの猫だったな」
ユヅキが鼻を高くして誇る。
小熊とかタヌキと言ってた住人達は、一瞬気まずそうにしてるが、一斉に手のひらを返し始める。
「正真正銘……猫」
「可愛らしい猫ちゃんですね」
「そうよ! これはどう見ても小熊、じゃなくて猫ね!」
俺もアライグマとか言ってしまったが、猫にしか見えなくなってきた。
「猫以外ありえんな。ほんとに」
謎の一体感が住人達を包み、猫を囲む。
可愛がる住人達を見ると、あまり乗り気でなかった俺も猫なら飼っても良いかと思い始めた。
「で、どこで飼うんだ? マオの部屋か?」
「ボクの部屋でも良いけど、みんなが遊びやすいように管理人室でもいい」
「そうね! 管理人室だったら広くてみんなで遊びやすいわ。そうしましょう!」
アヤメが嬉しそうに賛同する。自分が一番飼いたいだけじゃないか?
他の住人達も異議はないようで、猫はアヤメに風呂で洗われ、管理人室で飼うことになった。
管理人室の外側のドアには木のプレートが掛けられ、筆で文字が書いてある。一体誰が名付け親なのか。
『ポニャンタのおへや』
これだと管理人室全体がポニャンタの部屋になる。やれやれ。
居間の隅っこに置かれた、クッション入りの段ボールがポニャンタの寝床になるらしい。
そこにポニャンタは気持ちよさそうに寝ている……はずだったが、アヤメに入れられてもすぐに抜け出し、今は座布団で眠っている。
代わりに寝床を作ったアヤメが、満足そうに傍で寝転がっていた。
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