第14話 管理人さん Piyo Piyo
翌日。日曜、晴天の昼。
正直、昨日のことはあまり覚えていない。
ファーストキスを奪われたこと以外は……
あまり深く考えないでおこう。やけにドキドキしたけど忘れよう。
俺は今、「入居者募集中」のプレートを裏庭の物置から引っ張り出し、パメラ荘の塀に掛かっていたフックに固定している。
アヤメが元々住んでいた空き部屋は、まだ入居者の募集がされていなかった。
空き部屋=家賃収入なしということなので、早く次の入居者に住んでもらわなければならない。
有名な仲介サイトは手数料が掛かるので、無料サイトに登録。
あとはこのようにプレートで告知するというアナログな方法だ。
「あれ、カオルなにしてんの?」
アヤメが部屋から出てくる。
「お前が住んでた部屋の入居者を募集するんだ。いつまでも空き家にされては家賃収入がないからな」
「えぇ、ちょっと待ってよ! それじゃ私戻れないじゃない」
「戻りたいなら家賃払え」
「……」
なにか考えるアヤメ。
「ねぇカオル……えーっと、カオルって、すごく素敵な人よね」
「具体的にどこが?」
「んん?……その、バイク! バイク乗っているところイケてるわ!」
この女、おだて方が下手にもほどがある。
「じゃあ、今度一緒に乗ってどっか行こう」
「別に。ねえ、でもバイク乗ってるの、イケててサイコーよ! 素敵! だから部屋は空けといてほしーなー?」
外国人のホステスでも、もっと上手に褒めてくるはずだ。不器用にも程がある。
「だめだ。お前には家賃の支払い能力がないから契約できない」
「うぅー……」
上目遣いをして涙目になるアヤメ。この表情はずるい。
こいつわざと俺がグッとくるような顔してないか? だが負けんぞ。
アヤメと無言の対立をしていると、エペリが道の向こうからビニール袋にゴミを入れた状態で戻ってきた。
片手にはゴミ拾い用のトングも持っている。
「管理人さん、こんにちはー」
「よぉエペリ、そんなもの持って何してたんだ?」
「日曜は散歩がてら、ゴミ拾いをしているんです。近所だけですけどね。綺麗になると気持ちがいいんです」
なんていい子なんだ。今時休日にゴミ拾いだと。こんな素敵な住人がパメラ荘にいるなんて幸せだ。
「エペリ、偉いわね。流石よ!」
「で、アヤメは何しに出てきたんだ?」
「私はコンビニにゲームの課金をするプリペイドカードを買いに行くところなの!」
もう終わりだよ、この国。
「そうか……そういやエペリって平日あまり会わないし、管理人室でも見ないけど、いつも忙しいのか?」
「はい。平日学校が終わったら牛丼屋でバイトして、都合が合えば土曜日は引っ越しのバイトもしてます。生活費は自分で稼ぐようにしているので」
なんて健気でいい子。パメラ荘の宝だ。
「アヤメさん、今度一緒に私もゲームしたいです!」
「いいわ。いつでも来なさい! そうだ。今日はみんないると思うし、管理人室でパメラ荘理事会をするわよ」
「パメラ荘理事会? そんなの聞いたことないし理事なんていないだろ」
「今までもみんなで管理人室に集まって遊んでたの。特に名前は付けてなかったけど、今私が思いついたわ! お菓子とか買ってくるから待っててね」
そう言い残し、アヤメは楽しそうにコンビニの方へと歩いて行った。
昼過ぎ。
コンビニから帰って来たアヤメの呼びかけで、管理人室に住人全員が集まった。
アヤメが買ってきた大量のお菓子を添えて、ちゃぶ台をみんなで囲む。
全部アヤメの奢りらしく、こうやって散財していくのかと思ったが今回は素直にご馳走になろう。
アヤメは全員集まったのを確認して笑顔で立ち上がる。
「じゃあ、第一回パメラ荘エビデンスをはじめるわ! まずはカンファレンスをサマリーするためにアジェンダしましょう。アングリーの人はPDCAサイクルを回しながら手を挙げてね」
「パメラ荘理事会じゃないのか? しかもこの前講義で覚えたビジネス用語適当に使ってるだろ」
「カオル! 怒っちゃだめよ。アンガーマネジメントしなさい! 六秒我慢するの」
イライラしてきた。
「いいじゃねえか! やっぱりみんなと集まって飲む酒はうめえな!」
ユヅキが4L焼酎、源五郎を高らかに掲げて声を上げる。この人、既に出来上がっている。
「ユヅキ、この前お酒控えてるって言ってなかったか?」
「いいんだ! 今日くらいは今日だけは! このデカい源五郎とみんながいれば、あたしは幸せなんだ」
高らかに4L焼酎を掲げている手が震えている。単純に重いからであればいいのだが。
「お茶を入れました。どうぞー」
可憐に笑顔をふりまきながら、エペリが全員のお茶を淹れてくれた。
「管理人さんがお昼から付けているエプロン、可愛いですね。お馬さんですか?」
エペリが俺のエプロンに気づいてくれた。
薄黄色の生地で胸元に馬のイラスト。その両隣には「Paka Paka」とポップなテキストが印字されている。ネットで見つけたお気に入りの一着だ。
「そうだ、アパートの管理人は動物柄のエプロンを付けなければならない、という日本の法律がある。これを着ると『管理人として仕事を頑張るぞ!』って気持ちになる制服みたいなものだ」
「そうなんですか、日本にはユニークな法律があるんですね。面白いです」
冗談で言ったのだが信じてくれた。純粋だな。悪い人に騙されないか心配だ。
「あんた、なに適当なこと言ってんの⁉ エペリ、この人結構適当なこと言うから、気を付けたほうがいいわよ。大体、パコパコってなによ! 女学生アパートの管理人になって、種馬として種付けしまくりたいっていう願望だだ洩れよ! 本当にあなたって変態ね」
「Pako PakoじゃないPaka Pakaだ! アルファベットも読めんのか。勝手な勘違いでエロい妄想しているお前の方がよっぽど変態だ」
アヤメに近づいてエプロンのテキストを見せる。
「んん⁉……ふん、紛らわしいことをして人をたぶらかさないで!」
アヤメは頬を赤くして顔を背ける。謝る気はないらしい。
マオが自前のノートPCに何か書き込んでいた。
嫌な予感がして俺は画面をのぞき込む。
『変態管理人、卑猥なイラストエプロンを着て女子住人にセクハラする』
「マオ、お前は一体なにを書いているんだ?」
「次の企画アイディア。コメントでも変態管理人を出してほしいって来てるの」
変態管理人とは俺のことだ。管理人初日にユヅキに縛られた動画や配信事故での出演がちょっとした話題になり、マオの動画視聴者の間で、ネタキャラになっているらしい。
「ほら見なさい! この男の正体は変態なのよ」
ユヅキも源五郎を飲みながら会話に加わる。
「よく考えると、セクハラされているのってアヤメばっかりだよなー。この前も一緒にトイレの前で寝てたし。もう一発殴るか」
「「⁉」」
俺はこの前ユヅキに膝枕してもらったぞと言いかけたが、酔ってるし、殴られるのは嫌だから黙る。
そういえばマオにもキスされたんだ。マオを見ると目が合った。マオはすぐ顔を赤くし、不自然に目を逸らす。
ここで顔赤くなっていると怪しまれるからやめてくれ。
「管理人さん、管理人さんは変態とか、そんな人じゃないですよね……?」
「エペリ……ありがとう。そうさ。俺は心が綺麗な紳士の管理人だ。信じてくれ」
マオが手を挙げる。
「ボクの部屋に来た時は同じ布団で寝た」
「⁉」
エペリはもう何も言わなくなった。マオもなんで暴露するんだ!
「違う、あれは気づいたらそうなってて……もう、アヤメには説明してあるんだ。な、アヤメ」
アヤメの眉がキリリと吊り上がり、俺を睨んでくる。
「思い出したらなんかムカついてきたわ。カオルはこの前、私のお腹を肘で殴った後、ユヅキに膝枕をさせてたし」
「……ンッゴホッ!」
アヤメの暴露にユヅキが源五郎を吹き出す。俺は黙っていたのに、コイツなに言いやがる。
「ひ、肘で殴った……」
もうエペリが俺に向ける顔は、今までと変わったものだった。
なんで楽しく集まっておしゃべりするだけのはずが、俺の糾弾大会に変わっているんだ。
住人達の視線が冷たい。
アヤメが不自然な笑顔で紐を持っている。目が笑ってない……
「やっぱりお仕置きが必要かもね」
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