第13話 NTRは突然に
最近気になっていることについて考えていた。
居間で俺はYoutuber、KONさんの今日投稿されたゲーム実況動画を見ている。
アヤメは夕食で使った食器の皿洗い中だ。
家賃を滞納してしまう女だが家事の能力は申し分なく、すっかり甘えてしまっている。
……この光景、どう見てもカップルじゃないか?
いや違うか。告白はドッキリで流されたし、そもそもカップルたちが必ず行っていることをやっていない。
それはいちいち言葉にしないがセックスであり、その前段階のキスもしていない。
つい毎日顔を合わせて食事したり、遊んでいるから勘違いしてしまったが、俺とアヤメは同じ部屋で生活をしているだけの同居人。(こいつは家賃を払ってないから居候でもある)
そう考えるともう一つの疑問が沸き起こる。
アヤメってフリーなのか? つまり彼氏っていないのか?
ここで一緒に生活を始めて二週間近いが、そんな話をしたことないし、そもそもいたらショックなので聞けてない。
こいつは金銭感覚がゆるゆるの残念な女だ。
知り合ったばかりの俺と寝る部屋は違えど、家賃が払えないから一緒に住むと言い出すようなやつ……
もしかしたら男関係もゆるゆるの可能性は十分あり得る。
この前は一晩帰ってこないと思ったら実家に泊まっていたとかぬかしていた。でも本当は、彼氏の家に泊まっていてもおかしくない。
可愛いからなこいつ……男がこんないい女を放っておくはずがない。
もしアヤメの彼氏が部屋に来たらどうしよう……
————ドアが開かれアヤメの彼氏が現れる。
その男は日焼けしてジムで鍛えたであろう筋肉を惜しげもなく晒している。髪はツーブロックで俺と正反対のコミュ力と清潔感のあるイケメンゴリラだ。めっちゃ人の彼女を寝取ってきそうなタイプ。
「ういーっす、よぉ、アヤメ。今日も遊びにきたぜ。へへへ」
「うふふ、リュースケが来てくれてうれしいわ」
洗い物を止めて嬉しそうに出迎えるアヤメ。
二人は出会って4秒で抱き合い、お互いの愛を再確認する。
そこで寝取り男は、アホ面でKON動画を再生していた俺の存在に気づく。
「んん? なんだ、この冴えない男はあ?」
「あぁ、こいつは新しく来たアパートの管理人よ。家賃タダで良いっていうから一緒に住んでいるだけ。ただの置物と思っていいわ」
「ああ、そうか。チャンスのない男だ。じゃあアヤメ、今夜も寝かさないぜ」
「いやーん、リョースケったら、えっちー」
いちゃついている二人のそばで存在感を消し、無表情でKON動画を見ている哀れな俺。
——くそっ! 妄想とはいえむかつく。一方でなぜか興奮もしてしまう……だがこれは頭の片隅でただの想像だとわかっているからだ。
実際にそんな場面に出くわしたら、俺の頭と心はズタボロにされてしまうだろう。
我慢できず、気になって言ってしまった。
「なあ、アヤメって彼氏いないのか……?」
口を開いた瞬間に臆病になり、どんどん声が小さくなってしまう。
「ん? なんか言った? お皿洗ってて聞こえなーい」
「……」
やっぱりやめよう。もしいるなんて言われたら、立ち直れないかもしれない。
今この部屋でアヤメと二人で一緒に過ごせてる。それで十分じゃないか。
そんな気持ちに変わり、再びKON動画を見始めた時、管理人室のチャイムが鳴った。
もう二十時過ぎだってのにセールスか?
「あ、今日は土曜日だったんだ」
皿洗いを止めたアヤメが思い出したように呟く。
「はーい! ちょっと待ってー」
濡れた手をタオルで拭き、訪問者が誰か確認せず急いで扉を開けるアヤメ——
……そこには先ほどの妄想に出てきた寝取り彼氏に勝るとも劣らない、怖面でガタイのいい男が立っていた。
シルバーのネックレスにダブルピアス。白いジャージを着てイカつい坊主頭をしている。
見た目がヤンキーというより反社だ。街中で見かけたら、目も合わせたくないようなタイプ。
「うっす……」
男は仏頂面のまま低い声でアヤメに会釈した。
「やっほ、添山くん。ドア開けっぱなしだと。虫入ってきちゃうから中に入って」
「おう」
アヤメは俺に確認もなく、添山とかいうガラの悪そうな男を玄関の中に入れた。
既に二人は顔見知りのようで、アヤメは笑顔で応対している……
「ちょっと待ってて」
そういうとアヤメは自分の和室に戻ってしまった。
二人は一体どういう関係なんだ。くそっ! やっぱり彼氏なのか……
玄関に入って部屋を見渡した添山がやっと俺の存在に気づいた。
眉をひそめ、怒る虎のように睨みつけてくる。本当に怖い。
「誰おめぇ」
ドスの効いた声。
「あわわ……ち、違うんです」
思わず小さな声で吃ってしまう。
……いや、びびってどうする。例え彼氏だろうと、ここは俺の部屋でもある。自分の部屋にいて何が悪い!
アヤメの前でビビる姿は見せたくない。俺は意を決して立ち上がる。
「俺は楠カオルだ! ここのオーナ兼管理人だ。確かに、彼氏がいるのに勝手に告白したのは悪かった! すまん。いや、誠にごめんなさい‼」
最後のセリフを言い終わる時、勝手に上半身が折れ曲がり、頭を下げていた……
だって彼氏がいるのに告白するのは悪いことだ。この男が怖いのも加わり、自然と謝罪をしてしまった。
「はあ? 意味わかんねえ」
目を合わせたら殴られるかもしれない。俺は頭を下げてプルプル震えていた。
「カオル?」
気づいたらアヤメが玄関前に戻っていた。
「ふん、まあいい。アヤメさん持ってきたか?」
「うん、はいこれ!」
目を疑う光景だった。
封筒から三万円を渡すアヤメ。あいつの借金体質はこれが原因だったのか!
風俗嬢がホストに貢ぐように、アヤメもこの反社みてえな野郎に貢いでやがるんだ! ふざけやがって!
「おい、アヤメ、それに添山。一体なにしてんだ……」
呟いたが俺の声が小さく、二人には届かなかった。
牛山は万札を数えている
「ん、確かにもらったぜ」
「返せよ……」
やはり我慢ならない。頭に来た。
確かに俺はただの管理人でしかない……だがこんな情けない姿で無視されるのは絶対に許せない。
今度は腹から出た、芯のある声で話しかける。
「添山、返せよ」
「……は?」
添山はやっと俺の言葉に気づいたようだ。眉間にしわを寄せて俺を睨んでくる。
「てめえ、彼氏だからって俺を無視してんじゃねえ‼ アヤメもてめえ、何家賃滞納しておきながら彼氏に金渡してんだ! こんな悪い奴と付き合う必要なねえ! 俺はこのアパートの管理人だ。家賃払ってもらわなきゃならねえし、住民がダメな男に引っかけられていたら怒る義務がある! このジゴロくそ野郎! 金返せ!」
俺は添山に飛び掛かり、金を奪い返そうと掴みかかった。
添山は不意を突かれて驚いている。
「な、なんだこいつう……‼」
必死に揉み合うが流石に体格が違う。不意に掴みかかるまでは良かったが、その後はどうすることも出来ない。
遂には俺の胸倉をつかみ返され——
「離せ!」
床に激しく投げ飛ばされた。
痛い……!
背中に強い衝撃を感じて息が苦しい。
添山が俺に迫ってくるのが見える。殺されるかもしれない……
もう終わりかと諦めかけたその時、
「やめて‼」
突如、俺と添山の間にアヤメが割り込んで叫んだ。
「カオル、聞いて。添山さんは彼氏じゃない。親戚のお兄さんで、私がお金借りていただけ!」
アヤメはいつになく真剣な表情で話しかける。
「親戚のお兄さん?」
「うん……でも今日で返済は最後。何を勘違いしたのか知らないけど迷惑かけないで」
添山は呆れたように頭を掻いている。
「ったく、おまえ……驚かせんな」
俺は倒れこんだまま一気に体の力が抜ける。良かった。この男はアヤメの彼氏じゃないし、貢ぎ相手でもなかった。
「……すまなかった。はは……なんだ。そうだったのか……俺はてっきり……」
安心したからか、意識がぼんやりとしてきた。だが、いつまでも床に倒れていては面目が立たない。
力を振り絞って俺は立ち上がる。しかし——
「え、ちょっと……カオル‼」
アヤメの心配する声を聴いた時には、平行感覚を失い、俺の視界がアヤメから天井に移り変わっていく。
このまま倒れるとちゃぶ台があるんだっけ……?
そんな考えが頭をかすめるが、どうしようもない。諦めていたその時——
「あぶねえ!」
添山の声が部屋に響く。
直後ちゃぶ台にぶつかり、上に乗っていたマグカップや筆記用具もろ共、俺は崩れ落ちた。
——また倒れてしまった。
だが予想以上に痛くない。
そして自分の唇に柔らく湿った何かと、短い髭の感触を感じる——
目を開けると俺は口を閉じたまま叫んでしまった。
「……んぉおおおおおおお!」
目の前に添山の男らしい顔があり、俺を守るために不意に抱きしめた結果、唇が重なっていた。
「おお……」
「キャッ」
添山も気づいたのか口をハッと離し俺から離れる。あまり気にはしていないようだ。
アヤメは顔を赤くして、顔を手で覆っている。
俺も自分でわかるくらい顔を赤くして、心臓の鼓動を感じながら起き上がる。
「すみません、すみません! 勝手に勘違いして……それに助けてもらって。ありがとうございます」
「おう、大丈夫か? 気を付けろよ」
「は、はい……」
トゥクン。
心臓の鼓動が高まっている。
俺の、ファーストキス。添山さんに奪われちゃった。男らしい腕に抱かれて……あの髭交じりの厚い唇で。
「もう、カオルしっかりしてよ」
アヤメも苦笑いしながら乱れた俺の服を直してくれる。
「じゃあ、用事は済んだからこれで。アヤメさん、俺が言うのもなんだが、あんたも若いんだからお金の管理は気を付けて」
「任せて。私はこれから計画的にお金を使うから!」
「あんたも、アヤメさんの面倒よろしくな」
俺を一目見て、添山さんは去っていった。
あぁ、なんて男らしく大きな背中の添山さん。胸の高鳴りが止まらない!
「カオル、びっくりしたわ。しかも添山さんを彼氏と勘違いするなんて。ウケるんだけど!」
俺の隣でアヤメが肩を震わせて笑っている。
「でも結構見た目怖そうな人なのに、私のために怒ってくれたの、嬉しかったよ? カオル、ちょっとかっこよかった……なんて、ありがとね。へへっ」
アヤメが何か言っているようだが、俺の頭には入ってこない。
そんなことよりも、ファーストキスが添山さんだなんて、そう考えると頭が沸騰しそうだ!
「あれ大丈夫? まだフラフラする? おーい、カオルー。おーい!」
その日は添山さんのことしか考えることが出来なかった。
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