第11話 アパート内DVの後

 一瞬、意識が飛んでいたのか?

 俺はさっき立っていた場所で、床に仰向けでくたばっていた。

 ゲームの世界で襲われ、現実でも同じ目に遭うとは……

 横を見るとアヤメはうずくまり続けていたが、痛みのピークは越えたようだ。心配するユヅキとゆっくり喋っている。

「違うの……カオルがホラーゲームをしてて、すぐ近くにいた私に肘が当たったの……」

「なに⁉ そうだったのか……」

 ユヅキが申し訳なさそうに倒れている俺に近づく。

「ごめん、カオル。あたしは勘違いしてたみたいだ。ちょっとタオル持ってくる!」

 靴を手に持ち、走ってユヅキの部屋に戻って行った。

 殴られたらしい左の頬に痛みを感じてきた。痛いというより熱い。

 それ以外に傷はなく問題ないようなので体を起こす。

「アヤメ、本当にすまなかった。まだ痛むか?」

「ううん、ちょっと良くなってきた。私もごめんね、面白くなって近寄りすぎたみたい」

 どうやら大事には至ってないようで安心した。

 事故とはいえ女性、しかも住人にケガをさせるなんて最悪だからな……

 部屋に戻っていたユヅキが濡れタオルを持ってきてくれた。

 俺はまた床に横になり、濡れタオルを頬に乗せてもらう。

「カオル、これで冷やしてくれ。他にケガはないか?」

「ありがとう。ちょっと腫れただけでどうってことない」

 一瞬意識が飛んでた気がするが、余計に心配をかけてしまいそうだから黙っておこう。

「親父にもぶたれたことないのに」

「え、本当にすまん」

 どうしても言いたかったセリフだけは言えた。女子大生にわかるわけないが満足だ。

 ユヅキと話しているとお酒の香りがする。

「ユヅキお酒飲んでる?」

「あぁ、そうだな。あたしは駅近くのラウンジでバイトしてて。最近は飲む量減らしてるんだが、今日はいつもより飲んじまった……」

 ユヅキは珍しく萎れて座り込んでいる。その姿を見ているとかわいそうになってきた。

 ラウンジでバイトしているからだろう、ミニのタイトワンピースで体のシルエットが出ていてエロい。

 床に座っているユヅキのすらりとした綺麗な脚。ミニスカートから露わになる白い太もも。横になっている俺の目にどうしても入ってくる。

 俺は我慢できず、あるお願いをしてみることにした。

「ユヅキ、あの……床で横になっていると体が痛いんだ……」

「そうか、えっとどうしよう座布団を——」

「膝を枕にしてくれると助かる」

「えっ! あたしスカートだから……」

「いいんだ。うっ、殴られて頭がズキズキして気持ち悪い……」

「カオル、大丈夫か? わかった。ほら頭を乗せておけ」

 しんどそうに(実際しんどいのは事実だが)転がって膝に頭を乗せる。

「⁉」

 柔らかい! ユヅキの太ももに頭を預ける。本当はうつ伏せに顔を埋めたかったが、それは断られそうなので我慢する。

「ありがとうユヅキ。ちょっと楽になったよ」

「あぁ、なんか恥ずかしい気もするが仕方ないな」

 膝枕、初めてしてもらったが最高だな。母性に包まれる感じがしてあったかい。

 スカートからタバコの匂いが微かに香るが、それもアダルトな雰囲気を盛り上げてくれる。

 ユヅキが落ち込んでいるのに漬け込み、膝枕を満喫する。

 気づくとアヤメが横たわって床に転がっているのが見えた。

 すっかりユヅキとのプレイに耽っていて忘れていた……

 目を瞑っているのか、俺が膝枕されているのには気づいてないらしい。

 死んでないよな?

「アヤメ、大丈夫か?」

「んあ……? 大丈夫。横になってるほうが楽だし……」

 じゃあいっか。大丈夫って言ってるしほっとこう。

 俺はユヅキの太ももを堪能することにする——


「あんたいつの間に……なにやってんの?」

 一〇分ほど膝枕をしてもらっていると、アヤメに膝枕をしている姿がバレた。

「カオル、あたしも足が痺れてきた……悪いがもういいか?」

 名残惜しいが、これ以上は色々怖いから起き上がる。

 スマホで時刻を確認すると、もう夜中だ。

 解散して布団で寝ようとしたがユヅキはまだ心配していた。

「カオルもアヤメも、もし夜遅くに体調が悪くなって死んでしまったら困る。今日は三人で寝よう?」

「わかった。俺は構わないぞ」

 死ぬことはないと思うが、アヤメとユヅキと一緒に寝れるのなら大歓迎だ。

「布団持ってくるの面倒だし、私は自分の部屋で寝たいけど……」

「アヤメ、あたしが布団をここに持ってくるから、任せろ! 部屋から自分の布団も持ってくる!」

 ユヅキは手際よく布団を敷いて、いつも俺が寝ている居間の奥で布団を三枚並べた。流石に狭いので布団の端が重なっている。

 俺、アヤメ、ユヅキの順に居間の奥で三人川の字で寝る。

 いつもだったらこの状況をもっと楽しみたいところだが、頭がフラフラするのでさっさと寝ることにした——


「うーん……」

 ……なんだ? 一時間ほど寝ていただろうか、俺の左側で寝ているアヤメが呻いている。

「アヤメ、大丈夫か?」

 ユヅキを起こさないようにそっと声を掛ける。アヤメはむくりと起き上がる。

「なんか、気持ち悪い」

 表情ははっきり見えないが、元気のない声色で辛そうだ。

「吐きそう」

「マジか、トイレ行くか?」

「……うん」

 電気を付けようとするとアヤメが止めてくる。

「起こすとまた心配かけるから」

 ユヅキの様子を伺うとスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。

「わかった。手貸すよ」

「ありがとう……」

 暗い部屋でずっこけて、ケガされても困るしな。

 スマホで足元を照らしながらアヤメの手を引き、キッチン横にあるトイレまで連れて行く。

 アヤメがトイレにいる間、俺は扉の前で壁にもたれかかり、座って待っていた。

「うぅー……」

 トイレから辛そうなアヤメの声が聞こえる。

 いかん、俺も頭を打ったからか気持ち悪くなってきた。

 しばらくして、フラフラとアヤメが出てくる。

「悪い、俺も吐き気がしてきた……」

「大丈夫? 付き添おっか?」

「いや、先に寝てていいよ……」

 そう伝えてトイレに入る。結局俺も吐いた。


 少し楽になりトイレから出る。すると、布団に戻ったと思っていたアヤメが床に寝転がっていた。

 楽になったのか、さっきよりは気持ちよさそうな表情をしている。

「おい、なにやってんだ。布団に戻るぞ」

「……うーん、また吐きたくなったら面倒だし、ここで寝る……」

 そう言い残しまた眠ってしまった。

「仕方ねえな。俺は戻るぞ」


 俺がアヤメの横を歩いて通り過ぎようとすると——

「待ってぇ」

 アヤメが腕を伸ばして俺の下半身に抱き着いてきた。

「うわっ!」

 元々暗く足元が見え辛い影響で、俺はバランスを崩して倒れこんでしまう。

「行っちゃ、やだ……」

 俺が仰向けに倒れた体に、アヤメがのしかかった状態でくっついている。トロンとした目でアヤメが耳元に顔を近づける。

「……もういいじゃん、カオルもここで寝よう……」

 耳元でわずかに聞き取れる声で呟くと、すやぁ……とまた気持ちよさそうに寝息を立てて寝てしまった。

「なんだなんだ、寝ぼけているのか?」

 今、俺はお前と抱き合っている状態なんだが。

 後で目を覚まして『この変態!』とか言って、俺を殴るのはナシだからな……

 アヤメの長い艶やかな髪が俺の両肩に掛かり、いい香りがする。よくわからないが正直たまらない。

 それに、たわわな胸が柔らかく当たっていて、ブラもしていないからか体温まで伝わってくる。

 俺の胸で眠っているアヤメの横顔が見える。長いまつ毛、整った小鼻、麗しく柔らかそうな唇……

 キスしたい。

 アヤメから抱き着いてきたんだ、頬にキスぐらい許してくれるだろう……

 そう考えると緊張して心臓の鼓動が早くなる。頭で何度もイメージを繰り返す。

 軽くだ。

 アヤメの頬にキスしそうになった時——

「助けてくれて、ありがとう」

 突然アヤメが呟いた。

 俺の右手を握って、瞑ったままの目からは薄っすら涙が流れている。

「ここに連れて来ただけで大げさだな」

 もしかして起きているのかと思い返事をする。

 しかしアヤメに反応はなく、寝言だったようだ。

 ……今キスするのはなんか違う。

 その感情がどこか胸に引っかかって、やがて俺の思考を支配した。

 もうここで寝ようと思ったが、体を密着されてると寝にくい。

 アヤメを優しく床に下ろそうとする。が、本当に寝てるのか疑問に思ってしまうほど、頑なに抱き付いて俺から離れようとしない。

 ……もういいや、ちと重いが悪い気分はしないしな。

 俺はアヤメの躰を乗せたまま。床の固さと冷たさを感じつつ、眠りに落ちていった——


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