第10話 バイオレンス

「ただいま」

 管理人室に戻る。居間の奥でアヤメが俺に気づかず、ホラーVRゲームをやっていた。

 こいつ金ないくせに、どれだけゲーム持ってるんだ?

 熱中しているようなので、ちゃぶ台の座布団に座り眺めることにする。

 画面には、古びた薄気味悪い洋館の廊下が映っている。アヤメは銃を構え、ゆっくり進んでいた。

「え、やだ。絶対そのドア開けたらいるでしょ……」

 突き当たりの怪しいドアに近づいていく。

「うう……」

 ドアを押すとガチャリと音が鳴る。

「うわあ!」

 ドアを開ける音だけで腰が引けビビっている。

 こいつ相当な怖がりのようだ。

「……ひええ、ちょっと待ってドア開いちゃったよ……どうしよう」

 お前がドアを押したからだろ。

 キョロキョロ周りを見ながら薄暗い部屋に入ると、古びたグランドピアノが置いてある。

 見ているだけだが、俺もホラーは苦手だし怖くなってきた。

 ピアノに近づくと、ボタンマークが出た。

「……これを押すの?」

 ボタンを押すと勝手に鍵盤の蓋が開き、無人のピアノから演奏が始まる。

「ひゃあっ、何もしてないのにっ。何もしてないのに!」

 ボタンを押したのはアヤメ自身なのだが……

 慌てていると廊下から音を聞きつけたゾンビが現れて、アヤメに襲い掛かる。

「うひゃあああ!」

 アヤメは必死にピストルを撃つがほぼ当たっていない。

「え、リロードって、リロードってどうするんだっけ! あああああ」

 ゾンビに襲われ続け、画面には【YOU ARE DEAD】の文字。

「無理よ……」

 アヤメが落胆してヘッドセットを取る。

「よぉ」

「ひゃあん!」

 驚かせるつもりはなかったのだが、アヤメが俺に驚く。

「……なんだ、カオルか。戻ってるなら教えなさいよ」

「前みたいに近づいて、また押し倒したと勘違いされても困るからな。離れて見てた」

「もう滑らないっつーの……どう、あんたもやってみる?」

「いや、遠慮しとく……」

 俺が不自然に目を逸らせたのを見逃さなかったのだろう。

 アヤメが獲物を見つけた肉食動物のように、目の色を変えて俺に近寄ってくる。

「あれれー。もしかしてカオル君、怖がってるー? いつも余裕あるふうにしてるけど、ゾンビ怖かったりするー?」

 この女! 正直俺もホラーは大の苦手だ。お化け屋敷は入ることもできないし、こういったホラーゲームを視聴したことはあっても、プレイしたことはもちろんない。怖いから!

 だがアヤメに「はいビビりです」と認めて舐められるのは嫌だ!

 ちょっと我慢してプレイすればいいだけの話だよな……

「い、いいだろう! そこまで言うならやってやるさ。お前がさっき、ビビりながらやっているのは知っているぞ。格の違いを見せつけてやる」

「言ったわね。じゃあはい、これセットしてちょーだい」

 アヤメにヘッドセットを渡される。

 どうしよう、あとに引けなくなった。マオとかユタカだったら「怖いからやだ」と言えるはずだが、こいつ相手だとムキになってしまう。

「あらぁー? どーしたの? 持ったまま固まっちゃって、怖くてやりたくないなら無理しなくていいんだよぉ?」

 子供をあやすお姉さんみたいな口調で煽られる。

「ふん、ゲームのイメージをしていただけだ! やってやるさ!」

 と息巻いたものの、そもそもVRゲーム自体やったことがないのでヘッドセットやコントローラーの使い方がわからない。

「ヘッドセットをこうやって調整して、イヤホン付けて……」

 結局アヤメに手取り足取りセッティングしてもらった。なんか美人の美容師に担当された時みたいでドギマギする。

「これでいいわよ」

 アヤメがスリープモードを解除し、先ほどのホラーゲーム画面が現れる。

「おおお……」

 まるで本当にその世界にいるように。視界が全て、不気味な洋館の中の風景だ。音もリアルで、足音や遠くの雷鳴が現実の音かと錯覚してしまう。

 怖い。もう早速プレイすることを後悔してきた。だがここまでやっておいて引き下がるのはダサい。

「ちょっと、さっきから全然進んでないじゃない」

「お、俺はじっくりいくタイプなんだ」

 知っているぞ。俺の見たプレイ動画は一気に進むとゾンビがいきなり出現してきてビビらせてくる。

 それを避けるため、一歩づつピクピクしながら進む。

「ねぇ、カオル。あんた本当に怖いんでしょ」

 アヤメは俺のすぐ横にいるらしく、話し声もうっすらと聞こえてくる。

 楽しそうにクスクス笑っているようだ。

 俺のすぐ横にいるから話し声もうっすらと聞こえてくる。

「違う! ちょっと待ってくれ。俺の近くにいると危ないぞ」

「大丈夫よ、だってカオル全然動かないんだもん」

 周りを警戒したが、すぐ近くに敵はいないようだ。

 意を決して進んでいくと地下への階段がある。先は暗闇で見えず明らかに怪しい。

「これは下に行くのか?」

「んふふ、そうよ。下に行くと面白いものがあるかもよ」

 絶対敵出るだろ! と心の中で突っ込みを入れながらも、階段をゆっくり降りていく。

 暗く足元しか見えないと不安に思った瞬間——

 ガタンッ! と物が砕ける音。

「ほわぁッ!」

 急な出来後で悲鳴を上げてしまった。

 どうやら階段が腐って抜けたらしい。

「プハハ! ほわぁってウケる! ほわぁって!」

 隣からアヤメが爆笑している声が聞こえる。くそっ、不意の音にはビビっても仕方ないだろ……

 アヤメは笑いのツボに入ったようで、ゲラゲラと俺の真横で騒いでいる。もう勝手にしやがれ。

 それでもまだ階段は続いている……慎重に降りていく。

 なにかいるかと思っていたが、階段の下まで来ても誰もいない。

「あははっ、最後までチョコチョコ降りてて面白すぎるっ」

「ふう。なんだ、誰もいないじゃないか。脅かしやがって……ん?」

 安心していたところ、足元にポタポタと血が落ちている。

「え?」

 なんで? 俺の血? そう思った瞬間、上からゾンビが落下し俺の顔面に張り付いてきた!

「グガアアアッ!」

「うわああああ!」

 ゾンビが顔面に張り付いて叫んでいる! 通常なら画面から目を離せるが、VRだと顔を逸らしても付いてきやがる。

「なああ! 離れろ!」

 ゾンビが俺の目の前にいる!怖い!振り払おうとゲームなのを忘れ、必死に体をスイングする。と、不意に肘に柔らかいものがヒットする感触。

「はふんっ!」

 なにか声が聞こえた。ゲームの主人公の悲鳴でなければ、俺自身の声でもない。

 とすると……

 俺は急いでヘッドセットを外す。

 さっき真横でゲラゲラ俺をバカにしていたアヤメの姿がない。

「えふっ……えふっ……げほっ」

 ——いた。床でお腹を押さえてうずくまっているアヤメが!

「うわ! すまん、アヤメ。大丈夫か? もしかして肘がお前に当たった?」

「ぐすんっぐすんっ、えほっ。痛いよお……」

 鼻をすすりながら俯いている。ロングヘアーで顔が隠れ、あまり表情は見えないが痛そうだ。

 俺は立ったままどうすればいいかと混乱してしまう。

 そして、間が悪いのは俺の天性なのか。更に悲劇が重なる。


「うーっす、お疲れーただいまぁ! バイト先でお寿司もらったけど食うかー?」

 管理人室のドアが開かれ、ユヅキが入って来た。

 なんでこのタイミングで……

 床にうずくまったまま、嗚咽を漏らすアヤメと立ち尽くす俺。

「ユヅキ?……うぅ、痛いよお」

 アヤメの声を聞き、上機嫌で帰ってきたユヅキの表情が一気に強張るのがわかった。持っていたビニール袋が床に落ちる。

「はあ⁉ どうしたアヤメ‼」

「ごほっごほっ……カオルの、カオルの肘がお腹に……うぅ……」

 ユヅキの眉間は瞬く間に皺が寄り、鬼の形相へと変わっていく。

 ダメだ、ユヅキが壮大な勘違いを起こしている。

 確かに今この部屋の状況は、俺がアヤメに暴力を振るった事後のように見える。

 俺も必死に説明しようとするが、慌てて言葉が出ない。

「違う、わざとじゃ、アヤメが真横で調子に乗って、いや……俺のことをバカにして……いや違う、違うんだ‼」

「カオル……カオルてめえええええ! アヤメが小バカにしたくらいで肘打ち決めるなんて、くそ野郎がああ‼」

 ユヅキが土足で管理人室に上がり駆け寄ってくる。気づけば拳が目の前に迫り——

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