第9話 もしくは本性

 二時間後、マオからのメッセージがスマホに届いた。

『配信終わったから来て』

 アヤメも誘うか。また勝手にマオの部屋に行って、不機嫌になられても困るしな。

「アヤメ、マオが呼んでるが行くか?」

 返事はなく、中からアヤメの鼻歌が聞こえる。

「おーい、開けるぞー」

 それでも返事がないので襖を開けると……

 そこにはスタンドミラーの前でポーズを決める、ゴスロリメイド姿のアヤメがいた。

「あわわ、ちょっ……!」

 俺を見てアヤメは顔を赤くし、慌てている。

「……ふっ。似合っているぞ」

 俺はマオを褒めた時と同じように、正直に感想を述べた。

「勝手に開けるなー!」

 アヤメが涙目で怒ってくる。

 返事しないからだと言い返したかったが、これ以上騒がれるとまたユヅキに殴られる危険を感じる。

 俺はアヤメを誘うのを諦め、静かに襖を閉めた。


 マオの部屋のチャイムを鳴らす。

 管理人なので部屋の鍵は持っているが、当然それは緊急用で普段使うことはない。

 ドアが開き、マオが出てくる。まだスク水猫耳モードのままであった。結構気に入っているのかもしれない。

「よぉ。どうだ? 視聴者は増えたか?」

「いつも十人いないけど、五十人くらいになった」

「そりゃあよかった」

「うん、今度やる企画聞いてほしい。入って」

 そう言ってマオは部屋の中に戻っていった。俺もマオの背中を追って部屋に入る。

「……あっ」

 PC机にマオが座った瞬間、マオがぽつり呟く。

 モニターを見たまま硬直している。

「どうした——」

 と言いかけたところで、俺も同じく固まってしまう。

 モニターが部屋の中の俺たちを映した状態で、配信中になっていたのだ。

 マオは何も言わず硬直した状態のままでいる。視聴者からしたら、マオの部屋に謎の男が入ってきたことになる。かなりやばい……ここで配信を切ったら、確実に男を部屋に連れてきたということを認めてしまうことになる。

 画面に表示される視聴者は四百人と配信中より増えている。配信切り忘れという放送事故の噂で、運悪く盛り上がっているようだ。

 コメント欄も高速で流れている。

 :やっと配信切ってないの気づいたかw

 :この男だれだよ

 :彼氏バレおつ

 :あーあ、完全に放送事故じゃん!

 予想通りの反応。もうダメかもしれん……

 ——諦めかけたその時、俺はあることを思い出した。マオは俺が管理人として来た初日、紐で縛られて正座している俺を『変態管理人、JDの部屋に不法侵入し御用になる』というタイトルで動画をYoutubeにアップしていた。

 ……やるしかないか。

「ぐへへ、今日も住人の部屋に侵入したぜ。ぐへへぇ、この住人は猫耳をつけて可愛いな。セクハラしちゃうぞー」

 俺は変態管理人になることを決めた。しかも今回は小さくとはいえ、モザイクなしだ。

 しかし変態管理人ってどう振るまえばいいんだ? まったく見当がつかない。とりあえず悪い奴だと思うので、ゾンビみたいに両手を前に出して、舌なめずりをする。古典的すぎるが、俺のイメージする変態管理人というのはこれが限界だ。

「⁉」

 マオは驚いて俺を振り向く。まだ状況がわかってないようで困惑している。

 画面をチラ見すると、机より下は画面外のようだ。

「ぐへえ、酒に酔ってフラフラすんぞー! がははははっ!」

 俺は床に倒れこむ演技をして、スマホを開いてマオにメッセージを送る。

〈変態管理人の芝居中 お前も演技しろ〉

 マオはスマホでメッセージを確認し、小さく頷く。理解してくれたようだ。

 カメラに映らないように画面を覗くとコメントが殺到していた。

 :こいつやば、普通にピンチ?

 :思い出したけど、前の動画にいた変態管理人じゃん!

 :MAO逃げてーーー!

 よし、どうにか変態管理人として認識されているようだった。

 だがこのまま続けて警察沙汰になったり、大騒ぎになるのも困る。

 俺はまた立ち上がった。

 マオも俺を見て、リアクションに備えているようだ。

「ぐへへ、なんか、酒に酔っちまってダメだぜ。今日は帰るとするぜ。暖かくして寝ろよ。ぐへへへ」

「えーと……二度と来るな、変態管理人」

 酒に酔っているように、ヨタヨタと部屋の外に向け歩いていく。玄関近くまで来て芝居を止める。ここまで来ればカメラにも映らないし安心だろう。

 マオが機転を利かせ、配信で説明する声が聞こえる。

「ごめん。配信切り忘れてた……さっきの管理人はたまに酒に酔って部屋に入ってくるけど、ボクはセクハラはされたことないし、いつもは蹴って追い出してるから大丈夫。普段は良い人だから明日蹴っとく。じゃあね」

 セクハラしなくても勝手に酒に酔って入ってくるだけやばい事態なのだが、最低限の言い訳はできた。後は警察に通報されるような、過度な炎上が起きないよう祈るしかない。

 玄関で息を潜めているとマオがやってきた。

 配信は切ったようだが一応小声で話す。

「もう大丈夫なのか?」

 小さく頷くと突然両腕を広げて俺に抱き着いてきた。

「びっくりしたぁ!」

 緊張の糸が切れたのか、マオはうっすら涙を浮かべている。

 俺も突然抱きつかれたせいで慌ててしまう。抱き返すべきか迷い、両腕は空中で行き場を失っている。

「顔出すの初めてだったから、緊張して配信切り忘れたみたい。キミが変な声出し始めたの意味わかんなかったけど、面白かった!」

 俺が返事に困っているのは気にせず、マオは興奮した様子で喋り続ける。

 それに……抱きつかれてデカい胸が当たり続けている! 俺も別の意味で興奮してしまいそうだ……

「もう変態管理人になりきるしかねえって割り切った。これで丸く収まれば良いんだがな」

「大丈夫、きっと」

 マオに手を引かれ、再びPCの前に来た。

 さっきみたいに配信中じゃないよな? と少し不安になったが今度は切ってあるようだ。

 マオが自分のチャンネルの管理画面を開く。

「再生数は2,500回……いつもより多い」

「確かに、配信したばかりなのに結構見られてるな」

 今回は放送事故ということでSNSでも拡散され話題になったのだろう。

 コメントも多く来ていた。

 :あの管理人バカすぎだろwww

 :またコラボしてw

 :蹴るとこ見たい

 一部心配するコメントもあったが、全体的には笑い話と受け止められているようで安心した。

「警察に通報とか、面倒な騒ぎにはなっていないようだな」

「うん、本当に管理人だし。わざとじゃないから大丈夫」

 お互いホッと胸をなでおろした。

 マオが申し訳なさそうに俺を見つめる。

「ボクが配信切り忘れたせいでごめん」

「良いよ。問題なく済んだみたいだし。少しは話題になって見に来てくれる人も増えるんじゃないか?」

「うん、でも顔もちょっと映ちゃった」

 マオが非公開のアーカイブで俺の出現シーンを再生した。

「確かに小さくではあるが俺の顔もバレてるな……」

「未公開にはするけど、SNSでもスクショで話題にされてて完全には消えないかも……」

 マオが悲しそうに俯く。

 ……しょうがねえな。

「ぐへへ……」

「⁉」

 マオがまた目を丸くする。

「そうなったら仕方ないな。本当の姿が世に知られてしまったのなら。もう変態セクハラ管理人として生きて行こう。ぐははは!」

「ふふ、そのキャラ面白い」

 優しく笑ってくれた。

「ん? これもしかしたらアヤメとかにもバレる可能性あるのか」

「もしかしたら」

「……まぁいいだろう! アヤメになんとバカにされようが関係ない!」

「……」

 マオがじっと見つめてくる。

「ねぇ、目つぶって」

「?」

 言われた通りに目をつぶると頬に優しくキスをされた。

「——え?」

「変態管理人のこと、ボクは好き」

 悪戯っ子みたいな笑顔で俺を見ている。突然で状況がわからなかった。

 俺は何も気の利いた言葉が出ず、動揺しているだけで情けない。

「アヤメちゃんとは付き合ってないんだよね?」

「うん……」

「そっか」

 マオはさっき俺に触れた唇を軽く結び、何かを考えている。

「キミと動画を作るの、楽しい。また遊んでくれる?」

「ああ、勿論」

「ありがとう。約束」

 マオが手を握ってきた。

 その小さく白い手を俺は握り返した。

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