第8話 ナニ

 結局俺は管理人室に入れず、スマホだけを頼りに大学へ電車で通学した。

 最悪参考書やノートがなくても、体だけあれば出席はできるからな。


「なぁユタカ、若い女がYoutubeで売れるにはどうすればいいだろう?」

 大学で講義が終わり、いつもの学食近くのベンチで俺はユタカに相談をした。

 良い回答が返ってくるかわからないが、アイドルに詳しいし、ヒントをくれるかも知れない。

「はぁ? カオル、そんなこともわからないん?」

 ユタカが呆れて俺にスマホを見せてくる。

「マジレスすると、可愛い顔とおっぱい見せれば楽勝だろ」

 次から次に、ユタカのお気に入りネットアイドルの画像を見せられる。

 二次元三次元問わず、どれも確かに顔が良くエロい体をしている。

「わかるかい? みんなおっぱいエロいだろ。おっぱいは癒しなんだ! 小さくても、デカくても、おっぱいを武器にすれば男どもはもうメロメロよぉ! 可愛さ、もしくはエロさを土台にして、適当に得意なことや、おしゃべりしてくれたらもう満足なんだわ!」

 やはりバカな答えが返ってきた……だかユタカの言う通り、エロ可愛い女の子達の動画の再生数はどれも高い。

「可愛さとエロさ……か」

 単純だが、男の欲望に数字は嘘をつかないらしい。


「ただいまー」

 管理人室に帰ってきた。中ではアヤメとマオがちゃぶ台を囲んでいる。

 アヤメは漫画を読んでいて、マオはノートPCで動画編集中のようだ。

「カオル、おかえり」

 アヤメが漫画を読むのを止め、出迎えてくれる。

 今朝のことを、まだ引きづっているかと思ったが予想外の対応だ。

「あのね、今朝はちょっと怒りすぎたかなって思った。鍵閉めてごめんね」

「わかってくれたならいいよ」

「でも、朝まで何してたの? マオに聞いても教えてくれないの」

「寝てたらマオの部屋に呼ばれて、相談に乗ってたんだ。それで、気づいたら一緒に寝てしまって——」

「部屋に呼ばれて気づいたら一緒に寝た⁉ いつのまにか夜這いしてしまうような、うっかり屋さんなのね!」

 ダメだ、また勘違いして怒り始めた!

「そっちの寝るじゃねえ! うっかりはアヤメの方だ。仮眠取るつもりが寝落ちしたってこと」

「……ふーん、でも熱心に何を夜中に話してたのかしら……」

「ボクのYoutubeのこと」

 マオが話に入ってくる。

「マオのこと? 私にもどんな悩みか教えてよ」

「ボクのYoutubeの再生数が少ないから、増やすためにどうすればいいか相談した」

「なるほど、そのことかー。そうねぇ……」

 アヤメも真剣に考えている。やはり歌とか流行りのゲームをするとかそういうアドバイスをするんだろう。

「やっぱり、ありきたりだけどおっぱいを見せるってのはどうかしら?」

 こいつユタカと同じ思考回路してやがる!

「おっぱい?」

 マオは自分の豊満な胸を押さえる。

「マオのおっぱいってかなりその、デッカイわよね」

「触ってみる?」

「ちょっと失礼するわ……」

 アヤメがマオの胸を服の上から揉む。

「え、すごい。私も肩こりすごいけど大変でしょ?」

「走ると痛い」

「そうよね。でも本当に大きいわね。最近また成長してるんじゃない」

「可愛いブラないから、もう大きくなりたくない」

 おいおい、なんなんだ。さっきの気まずい部屋から一気に天国じゃないか。

 生きててよかった。心からそう思える。

 目の前に百合フィールドを展開し、美少女二人が乳繰り合っている。

 ダメだ、感動で……顔が涙で濡れてきた。

「カオル、なに俯いてるのよ」

「あ、すまん。濡れてしまったからトイレ行くわ」

「ナニが濡れているのよ、この変態!」

「ナ、ナニってなんだよ! お前たちが勝手に盛り上がるのが悪いだろ!」

 マオがティッシュ箱を渡してくる。

「泣いてるの? ティッシュあげる」

 ありがたく三枚もらう。

「悪い。見られるの恥ずかしいから、トイレで使わせてもらう」

「ティッシュを持ってトイレでナニするのよ⁉……この変態!」

 うるせえこの女!


 ——涙を拭いて戻ってきた。

 胸についての話し合いは残念ながら終了していたようで、アヤメがマオの顔をのぞき込んでいた。

「マオって顔も幼くて可愛いわよね。最初見た時中学生かと思ったもん」

「夜コンビニに行くと、補導される」

「そうだな。俺もその……マオは良い顔してると思うから、Youtubeで顔出ししてもいいんじゃないか?」

「あんたすぐそうやって女を褒めるのね」

「アヤメが褒めてるから乗っただけなのに!」

「あ、そーだ」

 アヤメが急に立ち上がり。自分の部屋の奥から段ボールを持ってきた。

「私に良いアイディアがあるわ!」

 中からゴソゴソと何かを探している。

「あったあった、これよ!」

 取り出したのは猫耳、艶のある銀髪ロングウイッグ、それにスクール水着だ。

「スク水? マオもそれを着るのは恥ずかしいだろ」

「視聴数稼ぐためには、体も売る」

「誤解されそうな言い方だな……てゆーか、なんでスク水があるんだ?」

「中学の時にサイズが小さすぎて入らなかったのよ。もったいなくて持ってたの。マオには丁度いいんじゃないかしら? 猫耳とウイッグは高校の文化祭でコスプレ喫茶した時のやつね」

 アヤメは段ボールから更にメイド服も取り出す。

「メイド服もあるけどマオのサイズには合わないし、やっぱり今はスク水猫耳よ! マオのルックスでコスプレすれば、人気間違いないって思ったの。ちょっといい?」

 そう言いながら手際よくマオの頭にウィッグネット、銀髪ロングウイッグ、猫耳をセットした。

 マオはされるがままにアヤメに身を任せている。

 こう見ると仲の良い姉妹に見えてくる。

「あとはスク水ね」

「ふむ……」

「……ちょっとカオル、いつまで見てるの? まったくもー。マオ、私の部屋で着替えましょ」

 自然と居れば許されるかと思ったが、ダメだった。

 アヤメとマオは和室に移動し襖を閉めた。

「うわ、マオ本当におっきいわね。それに綺麗な肌。私ちょっとムラムラしてきちゃった……」

「少しなら、触っていいよ」

「え、それじゃ、失礼するわね。むふふ」

「んっ、優しくして」

「緊張しなくてもいいのよ。たまらないわね……」

 和室からけしからん会話が聞こえる。一体あいつら何やっているんだ。まったく。

 そう冷静に突っ込みを入れる俺は襖に張り付き、耳を立てている。


 数分後。

「じゃじゃーん!」

「おわっ!」

 襖が急に開いて、俺は和室に倒れこんでしまう。

「カオル、あんた聞き耳立ててたでしょ! 油断も隙もない変態ね。まぁいいわ。そうなっちゃうくらい今のマオはめっちゃ可愛いの! これで人気間違いなしね」

 なんということだ、銀髪と猫耳を付けたスク水の美少女が目の前にいる。二次元の美少女キャラがリアルに現れたような姿だ。胸はサイズが合っていないのか、はち切れそうなほどパンパンになっている。

 マオはアヤメの部屋にあるスタンドミラーで自分の姿を見て呟く。

「……えろい」

「こんなに似合うなら今度メイド服も着せたいわね! ゴスロリも似合いそうだし、買ってあげるから今度一緒に見に行きましょ!」

 散財の気配がする。

「キミはどう思う?」

 マオにまっすぐな目で問われた。

「え、そうだな。も、もちろんに似合ってるぞ……動画にも映えていいんじゃないか」

 はっきり褒めると緊張してしまうくらい可愛かったから、歯切れの悪い反応をしてしまった。

「そっか……」

 アヤメが文句を言いたそうに俺を見る。

「カオル、どう見ても可愛いでしょ。私がコーディネートしたんだから正直に可愛いって言いなさいよ」

「す、すまん……」

 照れ隠しで、わざとらしく咳払いをして俺は言った。

「その恰好で出れば人気は間違いないな。めちゃくちゃ可愛いくて、エッロいぞ!」

「調子乗ったこと言わないで!」

「アヤメが正直に褒めろって言ったんだろ!」

「ふふ」

 マオが小さく笑った。

「二人ともありがとう、コスプレって楽しいね。緊張するけど、この格好でやってみる」

「「マオ……」」

 恥ずかしそうに感謝してくるマオを見て、アヤメと一緒に息を呑んだ。マジで天使だ。

 スク水猫耳に変装したマオは早速配信してみると意気込み、部屋に戻ろうとする。

「配信するなら俺も見よっかな」

「ダメ」

「そ、そうか……」

「キミはリアルで、いつでも見ていいから」

 度胸があるのか、スク水のまま外に出て部屋に戻っていった。

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