第7話 M☆A☆O

 夜。夕食を終え、昨日と同じようにアヤメと別々の部屋で眠っていると……

 ——ガチャン。

 管理人室のドアが開く音で目が覚めた。

 時間はわからないが、まだ外は暗く深夜なのは間違いない。

 玄関のドアがゆっくりと開き、差し込む月明りを背に人影が伸びる……

 急な侵入者に動揺を隠せない。どうしよう、叫べばいいんだっけ?

 大体こんな部屋何もないのに泥棒か⁉

「おい、だだ誰だ……」

 問いかけても返事はなく、人影はこちらに近づいてくる!

「ちょっと待て、ひええ!」

 情けない声が出たところで侵入者が俺の口を塞いできやがった。

「……しー、ボクだよ。静かにして。アヤメちゃんが起きちゃう」

 そこには住人のマオがいた。そっと俺の口から手を離す。

「な、なんだ、マオか……驚かせるな。お前どうやって鍵を開けた?」

「前、アヤメちゃんが合鍵配ってた」

 今日帰った時からわかっていたが、この部屋はもう住人達がいつでも入れるフリースペースだ。

「で、一体なんでこんな時間に来たんだ。忘れ物でもしたのか?」

「どうしてもキミに話したいことがある。ボクの部屋に来て」

「え、マオの部屋……?」

 深夜、女子に部屋に招待された。それってつまり、愛の告白だろうか。

 だが……

「……悪いが眠い、明日でもいいだろ。おやすみー」

「⁉」

 睡魔には勝てない。明日も大学があるしな。

「キミがそうするなら……」

 マオが布団に入って、のしかかってきた! ノーブラらしくマオの大きな胸が直に体に当たる。

「バカか、なに夜這いしてんだ! 俺は寝るんだ、違うところが起きてしまう!」

「変なこと言わないで。ボクがせっかくキミと話したいと言ってるのに、キミってやつは!」

 布団の中で取っ組み合う。こいつ、クールに見えて無茶なことしやがる。

「今日はいいだろ、何時だと思ってんだよ!」

「大声だすとアヤメが起きるよ。この状況見たらどう思うだろう?」

「なに⁉」

 確かに夜な夜な布団の中でマオといるのを目撃されたら、どう思うだろう……

 布団の中で若い男女が一緒にいるなんで、そりゃどう見ても乳、乳を……乳繰り合っているというのが社会の常識だ‼

 アヤメなんかに見られたら……

 泣きながら住人達に速攻で言いふらされて嫌われ、アパートから退去されてしまうだろう。

「うわーん、ユヅキー! 夜中音がするから見てみたら、カオルがマオと乳繰り合っていたのー!」

「てめぇ、アヤメだけでは飽きたらず、マオとも乳繰り合うなんて! 最低のゲス野郎だ!」

「管理人さん、Fuck Youです」

 ————また妄想をしてしまう。それは嫌だ! 俺はマオの要求を呑むことにした。

「わかった。わかったから!」

 俺の降伏に満足したのか、マオは布団から出て行く。

 夜中にいきなり住人の部屋に呼ばれるなんて……どうしよう、そういう展開になったら……アヤメ、すまん。


 マオの後ろについて行き、四号室に入っていく。

 中は思っていたより質素だ。ワンルームの六畳間、パソコンとモニターがPCデスクにセットされている。

 メタルラックには、いきものの森のフィギュアや羊のぬいぐるみが鎮座している。

 もっとピンクでギラギラしている、ゲーミングな部屋を想像していたが違うようだ。

「話ってのは……」

 部屋の中で俺と向き合い、真剣にマオが見つめてくる。

 マオの部屋で俺と二人っきり。しかも真夜中、緊張してきた。

「ボクの……」

 マオが俺の手を両手で握る。小さく暖かい手だ。上目遣いする目は潤んでいる。

 抱きつかれたりしたら、その後のことは責任が持てん。

「……ボクの?」

「ボクのYoutubeチャンネルが人気出るように助けてほしい」

 思っていたのと違う。

「俺がマオにアドバイスをするのか?」

「うん、頑張って動画投稿したり、Vtuberになったりしてるんだけど、なぜか人気がでない。ボクはYoutuberとしてもっと人気がほしい」

「なんで俺に相談したんだ? アヤメとかユヅキに相談じゃだめなのか?」

「一回相談したけど、Youtube見てないからわかんないって。アヤメちゃんにはボイスパーカッションすればいいって言われたけど、違う気がした」

 確かにあの二人はネットリテラシーが近所のおばちゃんレベルだから、相談しても良い回答はなさそうだ。

「ボクは若い男の子がメイン視聴者になってるから、キミみたいな男の人の意見を参考にしたい」

 困った。俺もYoutubeはよく見るが、それは人気ゲーム実況者KONさんの動画を見ているくらいで大して詳しくない。

 マオの表情は真剣に見える。いつも無表情で何を考えているか掴めないが、本気でYoutubeで活躍することを望む気持ちは伝わってくる。

 それに……Youtubeは当たればかなり稼げるというのはよく聞く。

 上手くいけば俺に分け前も入るだろうし、美少女の住人とも更に仲良くなれる……悪い話じゃない。

「わかった。俺も詳しくないが管理人として、大切な住人の相談とあっては断れん。一緒に考えようじゃないか!」

「……うん」

 マオは握った手を嬉しそうに振った。


 となればまずは現状分析だ。

 マオのPCを使って今投稿している動画はどんなものか見せてもらう。

 チャンネル名は「M☆A☆O」と書いてあった。

「最近はVになってゲーム配信してる」

 Vというとあの絵のキャラクターがモーションキャプチャーをして動くやつか。

 流行っているし良いじゃないか。「ガンパラレル・マーチ プレイ動画」と書いてある動画を流してもらう。

 初代プレステのゲームだ。プレイヤーの熊本城型ロボットが陰獣という敵と戦っている。

『……………………今日も暑いね………………』

 俺は一旦再生を止めた。

「……もう少し喋ること、あるんじゃないか?」

 しかもVtuberと聞いたがマオが書いた自作イラストで正直微妙だ。

「この後、喋りは大事ってわかったから、最近流行りの動画を参考にして作ったのもある」

「おお、いいじゃないか。やっぱりトークは重要だよな。見せてくれよ」

『M☆A☆Oに聞く人生相談 若者たちよヘルスに行け!』を再生する。こいつヘルスが何なのか知ってるのか?

『質問きました。勉強せずにテストで良い点とる方法教えてください。——無理です。なんだろう、努力せずに良い点数取るって考えはやめたほうがいいと思いまーす。ボクの友達っていうか仲間っていうかフレンドもそういうこと言ってましたが、甘い考えやめてもらっていいですか?』

 ひろゆきだなぁ……普段と違って饒舌なのは個人的に面白いが。

「一番人気の人らしいから真似したけど、再生数伸びなかった」

「うーん、ただマネだけしても厳しいよな。何か得意なこととかあるか? FPSが上手いとか、歌が上手いとか?」

「思いつかない……いろんな映像見たり作るのは好きだけど」

 そうだよな、何かすごい一芸を持ってれば悩まないか。

 雑談、ASMR、解説……マオと一緒に懸命に考えたりネットで調べたが、どれも人気が出そうなものは簡単に見つからない。

「難しいな……」

 PCのパワーポイントでまとめ資料を作っていたところ、眠気の限界が来た。

 ふとマオを見る。俺の横で体育座りをしながら眠りかけていた。スマホを握ったままなのが、今時の女らしい。

 いつの間にか外は明るい。

「五分、五分だけ俺も寝かせてくれ……」

 俺も仮眠を取ろうと、部屋の真ん中にある丸机に突っ伏す……


 ——気づくと俺は床に横になって寝ていた。床はラグのみで背中が痛いが、布団を掛けられていた。

 今何時だ?

 起き上がろうとすると左腕に暖かく柔らかいものを感じる。

「⁉」 

 見るとマオのあどけない寝顔が目の間にあり、俺の体に抱きついている。

「……うーん……あ、おはよう」

 マオも目を覚ましたようだ。

「うお、お、おはよう。すまん……いつのまにか寝てたみたいで」

「いい。でも……」

「でも……?」

「責任は取って」

「え……?」

「……冗談」

 マオは舌をペロっと出して楽しそうに微笑んできた。意外な表情にドキッとする。

 どうして俺が同じ布団にいたのかわからなかったが、深く聞くのはやめておいた。

「ボクは眠いからもう少し寝る。キミも一緒に寝るならいいよ。ほら……おいで」

 こっちに来いと言うように、布団をパタパタ振ってくる。こいつ俺に警戒心がないのか?

 一瞬迷ったが流石に朝だから部屋に戻ることした。アヤメにお泊りがバレたら困るからな。

「いや、もう戻るよ。お邪魔したな。他に良いアイディアがないか考えておく」

「わかった、今日はありがとう」


 マオの部屋のドアを開けて出て行く。マオも付いてきて見送ってくれた。

 朝からこんなことしていると、カップルみたいだ。

「じゃあまたな。マオ、寝ぐせついてるぞ」

「バイバイ、キミもボサボサ……あ」

 マオが俺の髪越しに何かに気づき、ドアをそっと閉めた。

 嫌な予感がして後ろを振り向くと、大学に行こうとしてるアヤメがいた。

「ア、アヤメ……おはよぉ。いやあ今日はいい朝だな!」

「……」

 平静を装うとするが、逆にぎこちなくなってしまう。

 なんか気まずい。

 マオはドアを閉めたきり出てこない。

「マオの部屋から朝帰りとか変態!」と怒るかと身構えていたが、アヤメは冷静に管理人室のドアの鍵を掛けた。

「あ、俺昨日鍵持って行かずに出てきたから、閉めないで……」

「不純」

 冷たい目でそう言い残し、パタパタと行ってしまった。

「責任取らなきゃ」

 マオはいつの間にかドアから顔を出して、面白そうに呟いた。

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