第6話 Livin' On A Prayer

 大学の最寄り駅に着いたところで、アヤメがスマホを取り出した。

 何かメッセージでも届いたようだ。

「カオル、この後ちょっと用事できたの。付き合ってよ」

「あぁ、別にいいがどんな用事なんだ?」

「んー、実はこの後ね。男の人に会わなきゃいけないの」

「え、そうなの? そ、それって俺も居ていいのか?」

 なんかショックだった。男の人ってなんだ? 確かにアヤメのような美人であれば、男にモテモテなのはわかる。だが、わざわざ俺を同行させるってどういうことだ?


 アヤメが彼氏と会っているところを妄想してしまう……

 アヤメの彼氏だからイケメンで色黒筋肉質な感じなのかな。

「彼氏くん、実は私、昨日からこの人と同居することになったの!」

「ああ! てめえ、どこの馬の骨の野郎だ!」

 そんな展開になったらどうしよう……もしくは。

「パパおじさん、いつも援助ありがとねっ。この人、私の同居人になったから今度から家に来るのはやめてねー」


 くっそ! 変な妄想ばかりしてしまう。

 男? 彼氏? パパ? いろんなことを想像するが、答えは教えてくれない。

 俺はこれからどんな男に会うことになるのか。落ち着きなく歩いている一方で、アヤメは何の気なしでいる。

 着いたのはアパートの最寄駅を三駅ほど過ぎ、歩いて十分ほどにある、お寺だった。

 初めて見るタイプ。古めの一軒家の入り口に簡易な寺の山門がついている。看板には「礼福寺」とある。

 申し訳ないが、決して風格のあるような印象はない。

「ちょっと待ってて」

 アヤメはそう言い残し、寺兼一軒家に入っていった。

 一体何の用があるんだ? こいつ俺を仏教に勧誘するつもりなのか?

 疑問を募らせながら、寺の前で五分ほど放置されていた。


「お待たせー」

 アヤメが男と手をつないで出てきた。

「おい、いったいどういうことなんだ……」

 俺は目を丸くしてその男を見つめた。

「ふふ、紹介するわ。この子はショウタ君よ」

 そいつは……七歳くらいの可愛い男の子だった。知らない俺と会うのが恥ずかしいのか、俯いている。

「……いきなり紹介されてもよくわからん」

「うちのお寺で放課後、家で一人になっちゃう近所の子を夕方だけ預かってるの。毎日じゃないんだけどね。今日はこの子のお母さんが体調崩して迎えに来れないから、家まで送ってあげるの」

 状況は把握できた。「男の人って言って脅かすなよ」と文句を言いたいところだが、子供が怖がりそうだしやめておこう。

「じゃあ、うちのお寺っていうことはつまり……」

「そう、私の実家なの! 小さいし古いし、ここだけの話色々大変なんだけどね……」

 確かにお寺ってもっと大きいし、ちょっとした庭園みたいなものがありそうだが、裏庭と向かいの敷地が小さな墓地になっているだけの質素な寺だ。

 俺はチラチラと見てくるショウタ君に腰を落として挨拶した。

「はじめまして。お兄さんは、このアヤメお姉さんの友達のカオルだよ。よろしく」

「はじめまして、中川ショウタです……」

 男の子は話しかけられると思ってなかったのか、恥ずかしそうにアヤメの後ろに隠れてしまった。


 ショウタ君に好きな機関車アニメの話してもらいながら、十分ほどで送迎先のアパートに着いた。

 インターホンでお母さんに玄関を開けてもらう。

 アヤメは笑顔でショウタ君に別れを告げる。まるで保育園の先生みたいだと和んでいると……

「アヤメちゃんありがとうね。それで、横の男の人って彼氏?」

 お母さんは興味深そうにアヤメに尋ねた。

「あ、えーっと……居候です」

「え⁉」

「いや、それはアヤメだろ」

「えぇ⁉」

 すかさず突っ込んだが余計お母さんは困惑していた。


 送迎を終え、アヤメと二人で帰り道を並んで歩く。

「しかし、アヤメの実家ってもっと離れたところだと思ってたから、結構近くて意外だったな」

「うーん……私お父さんとケンカしてるし、元々大学に入ったら家出るって決めてたから」

 家出した結果、俺の部屋で同居していることを両親が知ったらどう思うだろう……

 アヤメは外面だけ見ているとかなりの美人だが、中身は結構変わってるやつだ。

「そーだ、よくも男の人と会うなんて紛らわしい言い方したな。誰が出てくるのかヒヤヒヤしたぞ」

「えへへ、男の人には変わらないでしょ。それに私、預かり所の子供たちにモテモテなんだから!ショウタ君にも、バレンタインの時にお母さんと作ったチョコをもらったの」

 嬉しそうにアヤメが自慢してくる。まぁ、紹介されたのが彼氏や援助パパじゃなくて本当に良かった……

「カオルと一緒に住むんだったら、私のこと知ってほしかったから」

 アヤメが照れくさそうに呟く。

「あぁ、まさか実家がお寺だとは驚いた……そうは見えねえもんなぁ」

「ふふ、私も小さい時から色々習ったのよ。えーと、なんだっけ……あ、そうだ。『これある故ゆえにかれあり、これ起こる故ゆえにかれ起こる、これ無き故ゆえにかれ無く、これ滅する故ゆえにかれ滅す』」

 ……いきなりアヤメが何か言い出した。お寺の掲示板に書いてありそうな言葉だが……

「どういうことだ?」

 突然アヤメが俺の前に走りだし、踊るように振り向く。

「つまり……カオルとの縁、大切にしたいってこと」

 恥ずかしさと嬉しさを混ぜたような声で、アヤメは俺に微笑む。

 その光景に夕陽の逆光が重なり、一層彼女の美しさが眩しく見えた。


 アヤメと二人でパメラ荘近くまで帰ってくる。黄昏時、既に日は暮れて薄暗い。

 最寄駅から最短ルートの川沿いを歩いても十五分以上掛かった。やはり通学にはバイクが必要だと改めて思う。

 一方アヤメは気分が良いのか、Bon Joviの「Livin' On A Prayer」を口ずさんでいる。

 英語がわからないようで所々鼻歌だ。俺も英語はそんなにわからないんだが……

 アパートの入り口にたどり着き管理人室を見ると、窓から光が漏れている。

「なんで電気がついてるんだ、おかしいな」

 朝、部屋を出るときに電気は消したはずだから……

 管理人室のドアノブを回す。

 ガチャン。

 鍵が開いている。中に誰かいるのか。


 なんとなく予想はしていたが、ユヅキとマオが居間のちゃぶ台を囲んでくつろいでいた。

 ユヅキがニヤニヤしながら手を振る。胸元が開いているニット姿がエロい。

 手元には4L焼酎、源五郎が置いてある。

「おかえりー! 早速二人揃って帰ってくるなんて、熱いねぇ」

「ただいまー今日はカオルに大学で会ってびっくりしたわ。そのまま一緒に帰ってきたの」

 アヤメは今日の出来事を話しながら玄関で靴を脱ぐ。

「えぇ! アヤメの大学まで行ってストーカーしたのか⁉」

「ユヅキまで同じ勘違いするな!」

 俺はすぐに突っ込んだ。

「私も最初そう思ったんだけど、カオルも都市大の学生なんだって」

「なんだカオル、先に言えよ。あたしとエペリもそうなんだぞ」

「あぁ、アヤメに聞いたよ。マオは近くの美大なんだろ?」

 スマホで動画を見ているらしいマオがこちらを向く。

「そう」

「へぇ、絵でも描いているのか?」

「映像」

 端的にしゃべるのが好きらしい。

「映像か、面白そうだな。学園祭の時とか案内してくれよ」

「いいよ」

 少し間があったがマオは頷いてくれた。

「この映像、面白い」

 スマホの画面を見せてくる。

 Youtubeのようだ。俺もKONさんの48人クラフトとかで見ているが、どんな動画なのか?

 顔を近づけ、まじまじと見る。

 そこには正座し、紐で後ろ手に縛られた哀れな俺の姿が……

 懸命に釈明しているが女住人に囲まれて、どう見ても犯罪者にしか見えない。

 動画タイトルは『変態管理人、JDの部屋に不法侵入し御用になる』

「おいいいいい!」

「もーカオル、今日大学でも叫んだでしょ。静かにしなさい」

 アヤメがコップで水を飲みながら俺を咎める。が、それどころじゃない。

「ちょっと待て、ふざけるな! 本当にアップするなんて……」

 かろうじて顔にモザイクが掛かっていて、誰かはわからない。

 上から撮影したショットだから、場所も特定はできない。それは不幸中の幸いか……

「おー結構、コメント来てるな。『管理人が女のいる部屋に押しかけるなんて気持ち悪い』『結構若そうなのに歪んでいるね』『変態を懲らしめる動画はスカッとする』だって。カオルめっちゃ批判されてんな!」

 ユヅキも自分のスマホで見て笑っている。住人にもシェアするな。

「おい、盗撮大好きっ子! なに勝手にアップしているんだ! 昨日動画は上げないって約束しただろ」

 俺はマオを問い詰めるが、無表情で俺を見つめてくる。

「アップしないのはアヤメに告白して抱きしめようとした動画。正座して囲まれている動画は別。面白い動画を撮ってアップしないのは、Youtuber失格」

 だめだ……マオは動画のことになると頑固だし、よく喋る。

 アヤメも面白がって動画を見始めた。

「マオはYoutuberなのよ。すごいわね、有名人じゃない!」

「近所のおばちゃんみたいな感想を言うな」

「久しぶりにこんなに再生された」

 マオは僅かにだが、頬を緩める。

 初めてみる微笑みを見て、消してくれとは言いにくい……

「……やっぱり消したほうがいい?」

 俺の困った表情を見て察したのか、マオが近づいて上目遣いで俺をのぞき込む。

 マオもここの住人の例に漏れず、相当の美少女だ。息がかかりそうなくらい顔を近づけて見つめられると流石に緊張する。

「消してほしいと言ったら、消してくれるのか?」

「わかった……」

 マオは寂しそうに目を伏せた。

 何か悪いことをした気がする……

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