第5話 AO入試
雲の上のような心地いい場所に寝そべっている。
アヤメ、ユヅキ、マオ、エペリ……優しい住人達の声が聞こえてきた。
「「「カオル、起きてー!」」」
天使のような白いローブを着た四人の美少女達が、優しく俺を起こしてくる。
「んふふ、まだ寝させて——」
もう一人、雲から禿げの髭面が現れる。
「カオルー! 元気にやってるかー」
爺ちゃん⁉——
「——んあ!」
驚いて布団から起き上がる。朝だ。見慣れない部屋。
どこだ、ここは。と考えながら、頭が昨日の記憶を読み込む。
そうだ、俺は昨日この管理人室に引っ越して、美少女の住人達がいて……
そういやアヤメは? 起き上がって和室を見てみる。畳まれた布団と衣装ケース、段ボールが壁際に配置され、近くに様々なゲーム機が置いてある。だが肝心のアヤメの姿はない。
今日は月曜日だ。高校生か大学生なのかもわからんが、学生専用アパートだから学生なのだろう。
無茶苦茶なあいつのことだから社会人の可能性も? いや社会人で家賃滞納はないか。
「昨日聞いておけばよかったな。連絡先さえもわからん」
同居しているのだから付き合ってなくても、連絡先くらい教えてもらえるだろう。
一人ぼっちの管理人室。
起きたら可愛い同居人の女の子が、おいしい朝食を作ってくれる……
そんな夢があったが、現実はそうではないらしい。
支度をして、外に出る。
他の住人はどうしているのだろうか。気になって見渡してみる。
アパート正面に向かって左から管理人室の一号室。そこから右に順に、二号室から五号室までの五部屋だ。二号室はユヅキ、三号室はアヤメが元々住んでいたが現在は空き家、四号室はマオ、右端にエペリの五号室となる。
今日みたいな平日は、各々の学校に行っているのだろう。
俺も実家の時と同じように、おんぼろバイクに跨って大学に向かった。
引っ越しはしたが、大学での生活は当然特に変わることはない。
夕方、大学での退屈な講義も終わり、友人のユタカと食堂近くのベンチで喋っていた。
ユタカは中背だが中々ボリュームのある体だ。
高校が一緒で当時は特に仲が良かったわけではないが、同じ大学になってからなにかと連んでいる。
俺以上のオタクで勿論、非モテ童貞。二次元だけでなく、リアル女体も大好きな、ただの変態だ。
「昨日の引っ越しはちゃんとできたかい?」
ユタカはスマホに流れるSNSのタイムラインを高速で流しながら、好みのエロ絵には的確にいいねを付けている。
人のスマホをジロジロ見るのは良くないが、エロ絵はちょっと気になってしまう。
「それが色々あって、危うく警察に突き出されるところだった」
「え、それどゆこと?」
エロタイムラインのスクロールが止まる。
「んー、自分の部屋の鍵が開いてて入ったら、スポブラでVRゲームしている女がいて……」
丁度俺たちの向いている正面から、こっちへ歩いてくる女がいた。
「あぁ、ちょうどあそこに歩いている女に似てて——」
咄嗟に女へ指を指す。すると向こうも気づいて口をぽかんと開ける。
おかしい、俺の目が狂ったのかアヤメが歩いていた。
「「あああああっ!」」
お互い指を指し合い、人目も忘れて叫んだ。
「なんでここにカオルが。昨日私を押し倒しておいて……一体今日は大学まで付いてきて何をするつもりよ‼」
アヤメは昨日のように涙目になり取り乱している。
それを聞いたユタカが突如キレて、俺の襟を掴んできた。
「おい! それはどうゆうことだ、カオル! 見損なったぞお! 同じ変態でも、女を押し倒すなんて犯罪だろ! このクズ野郎!」
俺は必死に誤解だと弁明するが聞き入れてくれない。
「アヤメ、昨日と同じ勘違いだ! 一旦落ち着け」
気づくと周りの学生達にも聞こえていたらしく、ひそひそと陰口が聞こえてきた。
「あの人ってわざわざ大学まで付いてくる、変態ストーカーらしいわ」
「まじかよ、あいつ押し倒したことは否定してないぞ。しかもあんな美人を狙うなんてひどい奴だ」
どいつもこいつも適当なこと言いやがって。
相変わらず俺は、ユタカに襟を掴まれているので説得する。
「ユタカも落ち着け。そもそも俺が女を押し倒したりするように見えるか?」
「確かにカオルはそんな度胸はない奴だ。でもなぁ、あんな美人が部屋にいて、しかもス、ス、スポブラなんて想像したら……俺は興奮してたまらない! 羨ましすぎんだろ!」
なに言ってんだ、こいつ。
「ユタカ、一旦彼女に説明してくるから、手を離してここで待っててくれ」
「わかった。俺もその女子学生限定アパートに住むからよろしくな」
「お前自分で女子学生限定って言ってるのにめちゃくちゃ言うな!」
俺はユタカを説得し、どうにか腕を離してもらった。
周りの野次馬は気にせずアヤメに近づく。相変わらずちょっと俺を警戒しているのが悲しい。
「お前も落ち着けよ、俺は同じ大学なんだ。ほら学生証もある。人目に付きすぎているから他の場所に行くぞ」
俺はアヤメの手を引いてその場を離れた。
ちょっと! とか、なんなのよ! と抵抗するアヤメの声が聞こえてきたが、あんなに騒がれるこっちの身にもなってくれ。
人目につかない空き教室を見つけ、急いで入る。
その頃にはアヤメも落ち着いたようで俺も安心した。
「まさか同じ大学だったなんて、紛らわしいわね。そうなら昨日言いなさいよ!」
「俺もお前と同じ大学だったなんて思いもしなかった。そもそも大学生だともな」
「なっ! ひどい。私だって大学に受かるぐらいの学力は持ち合わせてるの」
「別に頭悪いとは言ってないが、すぐ勘違いするところは頭悪いぞ」
「ふざけないで! AO入試で入ったけどね、ちゃんと大学でも頑張ろうって思ってんの!」
「俺は一般入試だ」
アヤメが涙目になってきた。反応が面白いのでつい意地悪を言ってしまうが、この話は止めよう。
「アヤメはもう授業ないのか?」
「そうよ、これから帰ろうとしてたの。そしたら私を指差す失礼な男がいて、文句言おうと思ったらあんただった」
「悪かったな。まさか本人だったとは」
ふと、ここで思った。俺もアパートに帰ろうとしていたから、一緒に帰ろうと誘うべきじゃないか。
バイクで来たが駐輪場に置いとけばいい。女の子と一緒に学校から帰る——
男子校で出来なかった夢を叶えたい。
「あのさ……せっかくだから、一緒に帰らないか」
——提案したらあっさりOKされた。
大学の校舎は小高い丘の上にあり、俺とアヤメは一緒に歩いて坂を下っていく。
「あ、ちなみにユヅキとエペリちゃんもこの大学なのよ。ユヅキだけ二年生だけどね。で、マオは近くの美大なんだって」
「そうなのか。この辺りは大学も多いし、都内にも直通の路線があるから、みんな別々の大学かと思ってた」
ユヅキは年上らしい。勝手に呼び捨てにしていたが、まあいいか。それにエペリもいるとは。あんなモデルのような金髪美少女を認識してなかったなんて、俺の目は節穴だ。
……っは! 会話に夢中になって意識してなかったが、俺、女の子と二人で並んで帰えっている。
このシーンをアニメや漫画で見て、何度憧れていたことだろう。
ダメだ、涙が出そうだ。俺は涙声でアヤメに話しかける。
「しかし、一緒に帰ってくれてうれしいよ……ありがとうなアヤメ」
「はぁ? そりゃ、最初はびっくりしたけど、別に変なことじゃないでしょ」
アヤメは呆れた顔で見てくる。
「てっきりなんであんたと一緒に帰んなきゃいけないのよ! バカ! とか言われるのかと思った」
「今言ってやるわ、バカ。中学生じゃないんだし意識しすぎでしょ」
言葉とは裏腹に優しく笑ってくれる。だが童貞を舐めるなよ。
「それにもう一緒に住んでるんだからいいじゃん……」
アヤメの声が少しずつ小さくなって僅かに頬を赤らめる。おいおい、やっぱ可愛いな……
ユタカに先に帰ると言い忘れていたことなんて、どーでもよくなった。後でチャットで謝っておけばいいだろう。
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