第4話 告白

 午後九時過ぎ。

 食事の片づけも終わり、他の住人達は部屋に戻っていった。管理人室は今日から共に住むことになる俺とアヤメの二人だけになる。

 さっきまでの賑わいから打って変わって、しんと静かになった部屋。

 何か話題があるかと考え始めた時、アヤメが落ち着いた様子で話し始めた。

「私が家賃を五か月払ってなかったらね、管理人さん……あぁ、あんたのお爺ちゃんが怒って部屋に来たの」

「そりゃそうだろうな」

「毎月ごめんなさいって連絡はしてたんだけど、流石に五か月はダメでしょってね。でもインターホン鳴って出たらお爺ちゃん何故か固まっちゃって……シュンとした顔に変わったわ。それで、しょうがないから管理人室使いなさいって。怒られるかと思ってたのに、肩透かしくらったの」

「お前その時料理中で、包丁持ったままドアを開けたんだろ?」

「違うわよ! でも不思議よね……ま、ラッキーって思ってそのまま荷物運んで、次の日からこっちに移ったの」

 俺は管理人室を改めて見回す。

 管理人室はキッチン付きの居間、和室、脱衣所、風呂、トイレ、冷蔵庫など古いが生活するのに必要なものは備わっていた。

 可愛いらしいクマのスポンジや黒いネズミマークのコップなどは住人たちが持ち寄ったのだろう。

 他にも七十過ぎの爺ちゃんが使うとは到底思えない、化粧用の折り畳みミラーやベビーパウダーも置いてある。

 居間は最低限の物だけで、アヤメの様々な私物は畳の和室に置いてあるようだ。


「光熱費はポスターに支払い表が来るから私が払っておいたわ。偉いでしょ」

「ドヤ顔で当然のことを言うな」

 アヤメは冷蔵庫の麦茶を取り出す。

「カオルもいる?」

「ああ、もらうよ。ありがとう」

 ……やはり、二人になると緊張する。

 男子高出身で女とは縁のない人生を送ってきた。こんな美人と二人きりになったことなんて初めてだ。

 そんな俺を見て気を使ったのか、アヤメが柔らかい表情で語り掛ける。

「あー……ふふ。ごめんね。一緒に住むなんて言って。本当に嫌だったら追い出していいから」

 なんだ、泣いて脅してきた時と違う雰囲気だ。

「いや……大丈夫。本当に嫌なら断ってるから」

「嫌、じゃないんだ?」

「うん」

「じゃあ、嬉しい? 私と一緒に住めて?」

「えっ?」

 そう言われると……さっきは美人だからまあいいかぐらいにしか考えてなかったが……

 やっぱり、美少女と同居できるなんてかなりの幸運、ラブコメみたいな状況じゃないか⁉

「……う、嬉しい」

「嬉しいんだ……ふーん」

「アヤメはどう思ってる? 住む場所に困ってて、仕方ないとはいえ俺と住むのは嫌か?」

「……私も、最初会ったときはびっくりしたけど……こうやって話せてるし……嫌じゃないよ」

 アヤメは恥ずかしそうに顔を背ける。頬が僅かに赤くなっていた。

 なんか急にいい雰囲気になってないか。二人きりの状況で美少女を前にして、更にドキドキしてきた。

「あはは……なんか恥ずかしいね。こんなこと男の人と二人で話していると緊張してきた……ちょっと暑い」

 照れ笑いをしながら顔を手で扇ぐアヤメ。そして、着ていたパーカーを脱ぎ昼に見たスポブラ姿になる。

 白い肌と大きな胸元が露わになり、目を奪われる。

「おい、ちょ、ちょっと待て。その恰好は色々刺激が……」

「ねぇ、カオル。私のこと、どう思っている?」

 麗しく大きな目が俺に訴えかける。その肌に、髪に触れたい。

「正直、可愛いと思ってる……」

「それだけ?」

 それだけってなんだ? 言っていいのか? 言ってほしいのか?

 吐息が掛かりそうなほどアヤメの顔が近づく。緊張しているのか目が潤んでいる……

 知ってるぞ! 漫画でよく見た展開だ。もうこれは言えってことだろ。そうなんだろ、言ってやるさ。

 こんなに可愛い子が求めていて、言わないなんて俺にはできん!

「す、すすす……好き……」

「……」

「……」

 お互い見つめ合う。どうなんだ、言ったぞ。童貞で一度も女に告白したことがない俺が。

 千載一遇のチャンスに告ったんだ。早く返事をしてくれよ……緊張で心臓が爆発しそうだ。

 ……いや、違う、これは抱きしめるのか! 恋愛アニメでもそうしてた気がするぞ!

「アヤメ、大好きだーーっ‼」

 両腕を広げガバっと抱きしめようとする。しかし、アヤメはさっと一歩引いて避けてしまった。

「なんで……?」

「……っへへ」

 アヤメが罠にかかった獲物を見つけた猟師のように笑う。

「え?」

「カオル、あんた。やっぱり……」

「おい、なんだよ。一体……」

 アヤメが大声で外に声を掛ける。

「ユヅキー! やっぱりカオル襲ってきたーー!」

「はああああ⁉」

 すぐに管理人室のドアが、外から開けられ……

 ニヤニヤとユヅキが入ってくる。後ろにはマオと苦笑いしているエペリもいた。

「やっぱりかー、そりゃアヤメに誘惑されたらそうなるよなー」

「すごいでしょ、やっぱり私は女優になれるかもね!」

 おいおい、いったいこれはどういうことだ……冷汗が出てきた。

 ユヅキは嬉しそうに俺に話しかける。

「他のみんなも、カオルは早速今日襲ってくるって賭けてたんだ。じゃあ、明日で良いからジュースよろしくな、カオル」

「俺が奢るの⁉」

 エペリも申し訳なさそうにしている。

「管理人さん、ごめんなさい。私は迷ったんですけど……カオルさんが狼の目で私の体を見ていることがあるってアヤメさんに言われたので……」

 くそ、確かにいやらしい目で見ていたが!

 アヤメは余程面白かったようでまだ笑っていた。

「えへへ、ごめんねー。カオルがいつ私に襲い掛かるか賭けようってユヅキが言い出したの。でも好きって……好きって! 本気でそこまで言ってくるなんて思ってなかった! ちょーウケるんだけど」

 ケラケラ笑い続けやがって……この女!

「……俺の純情を、純情を弄びやがってよお……!」

 可哀そうに思ったのか涙声で叫ぶ俺を、ユヅキとエペリが隣に来て慰めてくれた。

「好きなんだな。カオル、よしよし。……ふふふッ」

「告白もしたんですか⁉ 管理人さん頑張ったんですね」

 ユヅキには殴られるかと思ったが、落ち込んでいる俺の頭を撫でてくれた。セクハラしなければ優しいところもあるようだ。

 美少女達によしよしされて、少しは気持ちが楽になってくる。

「ん、なにしてるんだ?」

 ふとマオを見ると、居間の片隅で何かしている。気になり見ていると、小さな三脚にスマホが設置されているのを発見した。

「おい、マオ! もしかしてお前……」

「撮影した。『変態管理人、昼に続き夜もJDに手を出す』」

「ふざけんなああああ!」

 怒りの言葉と裏腹に、必死に土下座をした。

「今月お金なくて、家賃払うの厳しい」

「く……五千円引きでどうだ」

「動画アップしてくる」

「喜んで一万円引きします!」

 家賃の値引きでYoutubeに流さない約束をした。この女も危険だ……アパートの経営がこんなに難しいとは思わなかった。

 住人達は俺を弄んで満足したのか帰り始める。

「面白かったー。じゃあマジで今日は解散だな。お疲れー。もう襲うなよー」

「管理人さん、おやすみなさい」

「ばいばい」


 また、アヤメと二人だけの部屋に戻る。さっき告白したばかりだから気まずい。

 アヤメはさっきのことはなかったかのような様子だ。

「さてと、私お風呂入るね」

「あ、わかった。お先にどうぞ」

 そのまま脱衣所に向かうアヤメ。ふと思い出したように俺に振り返る。

「私のフルネームわかる?」

「あー……アヤメしかまだ知らなかった」

「天滝アヤメ」

「ありがとう。俺は——」

「楠カオルね。さっき聞いて覚えてるわ」

「そうだったな」

「カオル……管理人のお爺さんと、どこか似てるからかな。なんか懐かしい感じがする」

「爺ちゃんの孫だからな。似てるところはあるだろう。あんな頭になるのは嫌だが」

「ふふ、そうね。なんか話しやすいから……勘違いしちゃった」

 アヤメは照れ笑いしながら脱衣所に向かっていった。

 ……そういえば、着替えとか持って行かなくても良いのか?

 そう考えたところ、アヤメが扉を開けて和室に戻って行った。

「あはは、着替え持ってくるの、忘れてた」

「風呂上がりに着替え届けてやってもいいぞ」

「結構です……カ、カオルもお風呂覗かないでよ!」

「覗かねえよ」

 気まずい雰囲気を引きずったらどうしようと心配したが、大丈夫なようだ。


 お互い風呂に入って寝る準備をする。

 爺ちゃんからの手紙にあった通り、管理人室の押し入れに布団が仕舞ってあった。取り出して広げていると、寝間着姿のアヤメが和室から顔を出す。

「おやすみ」

 アヤメはそれだけの挨拶で、二つの部屋を仕切っている襖を閉じた。

 俺も部屋の電気を消して布団に入る。

 バタバタしていたから深く考えてなかったが、さっきアヤメにした告白、もしドッキリじゃなかったら、なんと返事をくれたんだろう。

 悶々と布団で考えていたら、襖が開かれ光が差し込む。

 起き上がると、アヤメが俺の横に来て屈みこんできた。

「私、このパメラ荘のみんなが好きだから……一緒に住むって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう……おやすみ」

 言い終えるとニコっと微笑み和室に戻っていった。


 再び目を瞑り、予想外だらけの一日を振り返る。

 管理人として引っ越すだけの一日だったはずが、色々あった。

 だけど、さっき見たアヤメの笑顔が強烈に頭に焼き付いて、離れない。

 ドッキリに流されて告白してしまったが、やっぱり可愛い……

 そんな感情と共に、俺は眠りに落ちていった——

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