第2話 変態管理人

 アパートの外廊下。俺はユヅキと呼ばれるギャルに、後ろ手にビニール紐で縛られ正座している。


 騒ぎを聞きつけて、VR女以外の二人の住人も出てきた。

 一人は無表情のまま、スマホで俺を撮影している色白の可愛い巨乳ロリっ子。もう一人は不思議そうに様子を見守る、小麦肌のモデルのような金髪碧眼少女……なんてこった。このパメラ荘の住人は全員超のつく美少女ばかりだ。

 アパートで美少女達と夢のような生活——

 一瞬浮かれてしまった。が、俺は今犯罪者のように、地面に正座している姿を晒している。

 これは誤解なんだ……

「っつーことは、お前は新しく来た管理人で、管理人室に引っ越して来たってことか?」

 ギャルのユヅキが俺のリュックを探って、アパートの書類を確認する。管理人室に置いていたのを持ってきたようだ。

「そうだ、管理人室に入ったら、その子がVRゴーグルをかけてゲームをしてた……一度出たが、管理人室で間違いがないことを確認して改めて入った時、VRの子が転けそうになったから、咄嗟に助けたんだ」

「本当かしら、私が気づいたら、その男に押し倒されてたんだけど!」

 VR女ことアヤメは、ユヅキの後ろに隠れ、俺を怪しんでいる。スポブラは恥ずかしかったのだろう。いつの間にかパーカーを着ていた。

「だからあんたがボクシングのゲームに夢中になってて、気づかなかったんだろ」

 テレビ台にぶつかりそうだったから、必死に助けたのに。



「んー、確かに書類は本物だな。免許証とも名前が一致しているし。こいつが新しい管理人っぽいのは本当みたいだ」

 ユヅキには財布を渡し、免許証も見せている。

 カツアゲされているみたいだ……

「これでわかっただろ。前の管理人はおれの爺ちゃんで、書類にもある通り生前贈与として相続したんだ。だから今日から、俺が新しい管理人としてあそこに住む」

 俺は処刑される受刑者みたいに、縛られ正座した格好で説明する。


 ふと見ると、無表情の美少女がスマホで勝手に俺を撮影し続けている。

 ボブカットの端正な顔立ち。表情は変わらないが、撮影を楽しんでいるのか熱心にスマホのカメラを向けている。

「おい、なんでさっきから俺を撮っているんだ?」

「今流行りの犯罪懲らしめ動画でアップする」

 抑揚はないが涼やかさを帯びた声。

「マオさん、いきなりスマホで動画撮っちゃだめですよ」

 マオと呼ばれた盗撮美少女の隣で注意するのは、小麦肌の美少女だ。ロングストレートのブロンドヘア。たしか管理人室から反対、右端の部屋から出て来た。

 蒼く透き通った目をしていて、日本人とは違った美しさだ。南国のモデルのように見える。


「しかし、あそこに新しく管理人が住むとなるとな……」

 ユヅキを見ると考え込んでいる。その横ではアヤメが慌てていた。

「うぅーどうしよう……私、家賃滞納してたけど、管理人のお爺さんに払わなくていいって直接言われてたのに」

「はぁ⁉ どうゆうことだ? それ初めて聞いたんだけど」

 聞き捨てならず俺はアヤメを問いただす。

「私だってあんたが来るなんて聞いてない……」

「ったく……で二か月くらい払ってないのか?」

「五か月」

「⁉」

 驚いた……っていうか、なに堂々と言ってんだ。

 一部屋でも家賃を払ってもらえないなら、経営はかなり厳しい。

「ふざけんな! 爺ちゃんも勝手なことしやがって。俺が管理人なんだから、今月からは払ってもらうからな」

「……うぅ。お金ないよぉー」

 VR家賃滞納女は涙声になってきた。

「……お前、本当にお金ないのか?」

「だってだって、家賃払わなくていいって言われたから、あのVRゲーム買ったのに!」

 意味わからん。

 泣いているところを見ると同情できなくもないが、オーナーとして家賃を払えない住人を住ませておく余裕はない。

「悪いが、家賃を払えないなら出て行ってくれ」

「ひゃん……」

 俺がきっぱり伝えると、アヤメは更に悲しそうな顔をする。


 それを見ていたユヅキが間に割って入る。

「まぁまぁそう怒るなよ。こいつはしばらくあたしの部屋に泊めてやるからさ。これでいいだろ?」

「だめだ。賃貸契約書にもあるが、このアパートは原則単身者のみのルールだ。二人住むことは認めない」

「んもう、頭でっかち! 私にセクハラしたくせに‼」

 アヤメは怒ると、わぁと涙を流し、アパートの外へ走り去ってしまった。

「「「あーーー……」」」

 残された住民一同が非難の目で俺を見てくる。

「エペリ、アヤメさんがかわいそうだと思います!」

 小麦肌の美少女が俺に話しかける。エペリというのは自分の名前らしい。

「困ってる女の子を追い出して路頭に迷わせるなんて、おめぇ最低だな」

「さっきから正座している姿を盗撮されてる俺も、かわいそうに思ってくれ……」


 しかし、いきなり追い出すのはやり過ぎたか。

 住民達からマイナスイメージを持たれてしまうのも良くない。

 このまま管理人として嫌われたらどうなるんだろう。

 住人たちの非難の声を想像してしまう……

「人でなし管理人のアパートなんか出ていこうぜ」

「新しく来た管理人はJKを押し倒して弄んだ挙句、追い出してしまう最低な男。ボクが撮った動画をアップして、Youtubeでも炎上してる」

「もう二度と住まないです。〇uck You」

 去っていく住人達。俺だけ取り残されたボロアパート。

 そして増えていく負債……

「みんな、待ってくれ! お願いだ! 出ていかないでえええええ」


 思い描いていた理想のアパート管理人生活に、早くも暗雲が立ち込める。

 俺は態度を改め、住人達に尋ねた。

「わ、わかった! 謝るから。アヤメって言うのか? あいつを追いかけよう。……だが居場所がわからないか」

「反省したみたいだな。まぁ任せろ! アヤメが泣いて行くところって言ったら大体決まってっからな」

 ユヅキが得意げに答えてくれた。


 アパートから歩いて数分。ブランコくらいしか遊具のない小さな公園。

 端のベンチに座って俯いているアヤメを、公園の入り口から見つけた。

 足元で野良猫が寄り添っている。

「やっぱりここにいたか。よくこの公園で猫と遊んでっからなぁ」

「ユヅキ……」

 ユヅキが先に近づいて声を掛けると、アヤメが涙声で返事をした。

 俺たちもユヅキの後を追う。

「ほら、カオル。お前が今日二回泣かせたんだ。土下座しろ」

「土下座はしないが……アヤメさん。さっきは強く言い過ぎたと思う。ごめん」

 素直に謝った。家賃の滞納は許可しないという考えに変わりはないが。

「じゃあ……ぐすっ……私はどうすればいいの?」

「それは、だな……実家に帰るとか?」

「追い出すのと一緒よ! うわぁーーーん!」

 アヤメはまた泣き出した!

 他の住人達からの視線が痛い。

 どうしよう。アヤメを元々住んでいた部屋に戻したとしても、家賃の滞納をされたら経営は苦しい。

 ……しかし追い出したら他の住人達にも嫌われ、更に退去される可能性がある。

 そんな事態は何としても防がねば。

 ひとまず再びアヤメを泣かせてしまったのは良くない。もう一度謝ろう。

「泣かせてしまってごめん」

「ごめんで解決するなら警察はいらないわよ……」

 元々この女が悪いのに、なんで俺の方が悪いことをしたみたいに言いやがる!

「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」

 俺がもうヤケになって発した言葉に、アヤメは思いがけない返事をした——

「……管理人室って二部屋あるでしょ、一部屋私に貸してっ!」

「「「えぇ⁉」」」

 俺以外の全員が突っ込みを入れた。

 アヤメは涙目になりながら、手を合わせて俺に頼んでくる。その表情は、まぁ正直に言うとグッとくるものがあった。

「ね、どうか……お願い!」

 アヤメは俺にすがりつき、上目遣いで見つめてくる。

 やはりとんでもなく可愛いし、大きな胸が俺のお腹に当たってエロい……

「アヤメ、本当に良いのか? この男を見ろ。アヤメの体を舐めまわすように見る、いやらしい目。女に飢えた狼だ! こんな変態と一緒に住んだら、押し倒されるどころじゃ済まないぞ!」

 ユヅキがアヤメを心配している。

「おい! 俺を変態呼ばわりするな! 確かにみんな美少女揃いで、最高だと思ったのは事実だが……」

「「「えぇ⁉」」」

 住人たちが引いた。くそ、つい口が滑ってしまった。

「べ、別にいいわ。手を出したら、私がさっきみたいにユヅキに助けてもらうから! カオルっていうのよね? あんた私に指一本でも触れたら、タダじゃおかないから覚悟しなさい!」

「手を出す前提みたいに言うな!」

 いつの間にか立場が逆転している。そもそも住んで良いなんて言ってないんだが。

 ユヅキもアヤメに渋々同調しだす。

「まあ、アヤメが良いっていうなら、あたしも止めないが……」

「おい、待て。俺はまだ一言も部屋を貸すなんて言ってない」

「そんなこと言うなら、さっきマオが撮ってた動画をYoutubeにアップするわ!」

「任せて、ボクはもうタイトル考えてた。『パメラ荘の新管理人、就任初日にJDの部屋に侵入し御用になる』」

 アヤメとマオが俺を脅迫してくる。

「勝手にしやがれ! 俺はそんな脅しに乗らねえぞ。あんたも大体本気でアップしないよな?」

 俺はマオに問いかける。

「ボクはYoutuberやってるから、面白い動画は必ずアップする」

「ふざけんな!」

「タイトル面白いし、絶対注目される」

 ユヅキもマオに加勢し始める。

「でもあんな動画がアップされたら、パメラ荘の評判は、だだ下がり間違いなしだよなー」

「管理人さん、ここは人助けだと思って、アヤメちゃんを住ませてくれませんか? 日本には人情という優しさがあると聞きました」

 エペリも俺を諭し始める。住人の中に俺の味方はいないようだ。

 これで断って住人に本気で嫌われ、転居されたら。

 ネットにアップされてアパートの評判が落ちたら。

 空き室が増え赤字になってしまう……

 それなら、このアヤメと一緒に住んだ方がいいかも知れない。金銭感覚がおかしい残念なやつだが、とびっきり美人なのは間違いない。


 俺は重い口を開いた。

「……居間になら、住んで良い」

 管理人室は縦長の居間と、その左に和室の二部屋がある。さっきゲームをしてたアヤメがいたのが、居間の奥だ。

 これでアヤメや住人達も喜んでくれるだろう。そう思っていたが……

「え、私、和室の方がいいな。プライバシーが欲しいんだけど」

「カオル、女の子に配慮しろよ! トイレ行く時とか居間を通るんだろ。着替え中だったらどうすんだ!」

「たぶん、覗きたいと思ってる」

「管理人さん、そんな変態さんじゃないですよね?」

 なんなんだ! 住人達が結託してやがる。こんなの勝てるわけない……

「はい、すみません。和室の方に住んでいいです……」

「やった! 管理人さん、ありがとう」

 うれしそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねるアヤメ。泣いたり喜んだり起伏の激しいやつだ。

 面の良さもあるが、どこか可愛げがあることは否定のしようがない。

「アヤメよかったな! これで出て行かずに済んだし、また一緒に遊べるぞ」

「管理人さんはやっぱり優しいですね。アヤメちゃんを助けてくれて、ありがとうございます」

 アヤメと同じように、住人達も喜んでいる。これでよかったんだ。きっと……

 マオが俺の近くでスマホの動画を確認している。

 いつの間にか、さっきのやり取りも撮影していたらしい。

「『不法侵入変態管理人、立場を悪用しJDを一緒に住ませる』ってタイトルは盛り上がりそう」

「勝手に捏造するのやめろ」

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