第31話 答え合わせ
夏は過ぎ秋が訪れ、冬を越えた。
時の流れは不思議なものだ。
一部を切り取ると雲の動きのようにもったりとして見えるのに、その実あっという間に追い越していく。
半年位経って貸した本を返してくれた時、
「この本に出てくる***って私と似てるの
かな、と思ったんだけど…」
と言いにくそうにこちらの表情を伺いながらSは言った。
私が認めると、緊張が解れ照れ隠しのように饒舌に慣れない活字と向き合った日々を語ってくれた。
彼女にとってはその答えは私からのメッセージを受け取った気持ちでいてくれたのだと思う。
私がSを本に出てくる少女と重ねていると知り、Sはイメージを壊さないためか、その日を境に本や勉強へ真剣に向き合うようになった。
私としては彼女が一冊の本とここまで向き合ってくれた事自体が感激だった。正直、読了は無理かもしれないと予想していたのだ。彼女が少しずつ変化していっているのを感じた。
以前の彼女なら、できないことはできないと跳ね除けていた。でも今は、苦手なことでも挑戦して一度取り組んだことは最後まで成し遂げている。
一つ一つは些細な事だけれど、総じて彼女の能力が底上げされている。食わず嫌いなだけでもともと能力は高かったのだと思う。
乾いた砂地が水を吸い込むするように、彼女は目まぐるしいスピードで進化していた。今の彼女にとって私の存在はモチベーションであり目指すべき目標だった。
今のうちはまだ彼女に刺激を与える存在でいられるが、こんな風に分析することもおこがましく感じる程に爆発的な成長を遂げる彼女に脅威を感じた。
私も彼女に合わせて進化しないといけないのに、自分の足はいつまで経っても地に根が生えたみたいに動かないままだった。
Sの中では私はどんなに頑張っても追いつけない存在で、真面目で優秀で努力家なままだ。自分には誰よりも厳しくてストイックに目標に向かって努力し続けていて、でもそれを他人には押し付けない。変わり者で、擦れていなくてピュアな、出会った頃のまま。
だけど私は変わってしまった。Sが知らないうちに私だけが退化して、誰にも気づかれることなく暗い底なし沼に溺れている。光も酸素もない絶望の中で、私はもう窒息してしまいそうだ。
Sは私の幻を追いかけている。Sは決して諦めないから。私との関係も自分の未来も掴み取るためならいくらでも努力する。走って走って、どんなに全力で走っても追いつけないことを信じて疑わない。頂に辿り着いた時にようやく私がそこにいないことに気づいても彼女は絶望したりしない。
なのに私は傍にいられない。ただ周囲の期待するだけが膨れ上がっていく。私は皆が思っているほどの器じゃなかった。もう走りたくても走れない。Sが嬉しそうにテストの結果を報告してくれる時、両親に私を紹介してくれる時、彼らに『仲良くしてくれてありがとう』と優しい眼差しでお礼を言われる時、私はこれ以上ない程いたたまれない。
私は感謝される価値のある人間ではない。
始めたのは彼女だけれど、日に日に気持ちが不釣り合いに大きくなって今では抑えきれない程だ。
もうすっかり彼女に参っている。
私の方が沢山好きになってしまったから。
今では毎日罪悪感に苛まれている。
行動に移せないだけで、真面目な顔をして頭の中では色に溺れているのだ。
誰もいない場所で彼女を殺して最後の息をキスして、自分も死んでしまいたいとすら思う。
痛いのは嫌だから、睡眠薬を飲んで眠るように逝きたい。それに彼女には最期まで美しいままで、ドライフラワーのように魂だけ抜き取られてそこに在ってほしい。
白に囲まれた花園で手折られた花のように折り重なる2人の少女。まるで絵画のようだ。
これもただの狂気じみた妄想だけれど。
臆病な私は求めることも去ることも叶わないまま、自分を殺しながらまだ息をしていた。
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