第30話 つぐみ②

結局、私が厚さ2センチもない文庫本一冊を読むのに半年を要した。

これでも頑張った方だ。以前の私なら、とっくに諦めていた。

親や兄も私が朝晩に苦心しながら額に皺を寄せながら本と向き合っているのを見ていつまで続くかと面白がっていた。

だが私が真剣なのを悟り本と向き合う私を見ると嬉しそうに頷いて静かに見守ってくれた。


Aと関わり始めて私は変わり始めていた。

余裕を持って家を出るようになったし学校が済んだら塾で自習して帰るようになった。

私の変化は家族にとって喜ばしいものらしく、『これもAさんのおかげかな』と言われたら、少しくすぐったい思いで『そうかもね』と冗談っぽく返した。

Aが私に良い影響をもたらす好ましい存在として認められることが嬉しかったし、そのためにもっと成長したいと思った。


実際何度ももうやめてしまおうという考えが頭をよぎったが、私に期待して本まで貸してくれたAのことを考えてなんとか思い直した。

試験以外で自分からこんなにちゃんと活字を読むなんて記憶にないほど前のことだし、我ながらよくやったと思う。


物語の軸となるのは、とある田舎町の2人の少女だ。やがて一方は上京し、もう一方は地元へ留まるが時を経て二人は地元で再会する。途切れていた関わりが通い合い始める。

読み始めてすぐ気付いたのだが、2人の少女は私とAに似ている。

性格、境遇、文章から想像される容姿のイメージ。

長い黒髪、白い肌、華奢な躯体に不釣り合いなまでの内に秘めた激しい気性。

自惚れかとも思ったが、Aはあえてこの本を私に選んだのではないかという思いがどうしても拭い切れなかった。




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