第12話 美ら海
10月の沖縄はまだ夏の名残があった。
2日目の夜、ホテルのビーチで花火をした。
一応班ごとにバケツと花火のセットを配られたが、皆思い思いの場所で好きなグループで花火を楽しんだりビーチバレーをしたりしていた。
私はいつも一緒にお昼ご飯を食べる仲のRとOと3人で、隅の方でこじんまりと線香花火をした。
Rは小学校の頃からの仲で、腐れ縁というかお互い家庭環境が似てることもあり良き理解者だ。
はっきりした性格だが、少女趣味でロマンチストな一面もある。理性と感性が葛藤するタイプだ。
Oはおっとりしすぎていて、放っておけないような危うさを感じさせる。しかし、周囲の人間に簡単に左右されない芯の強さを持ち合わせている。
彼女達とは波長があって、一緒にいて穏やかな気持ちでいられる。困った時はなんでも相談できるし、どんな時も側にいてくれる心強い味方だ。
___そんな彼女達にも唯一、腹を割って話せないのがSのことだった。
2人はSのことも、私との関係についても知っている。
それでも相談しなかったのは、反対されたくないからだ。
Rの方はSに好戦的な態度を示していた。
彼女は本能的にSが私にとって「良くないもの」だと感じ取っていた。Rは自分の友人が粗末に扱われて心を擦り減らすのを黙って見ていられない性質なのだ。今でこそ容認しているが、最初の頃はSが私に近づくだけで威嚇していたので肝を冷やしたものだ。その頃はまさかSとの交流が続くとは思わなかったし、ましてや好意を抱くなんて考えてもみなかった。全くRの嗅覚には恐れ入る。
Oはといえば、彼女なりに私が傷つくことを案じているものの決して否定はしない。
いくら言ったところで他人が止められるものではないと、自身の経験でわかっているからだろう。彼女もまた叶わぬ恋をしているから。
昼間にどこに行ったかとか何を食べたかとか当たり障りのない報告をし合い、しばらく言葉もなく3人で海を見つめていた。
「終わっちゃうね____沖縄。」
ぽつりとOが呟いた。
揃って感傷的な気分に浸っていたその時、視界の端にススキ花火の火花が飛び込んできた。
「見つけた!」
顔を上げると、そこにいたのはSだった。
呆気にとられている私の手を取り立ち上がらせ、Rに手持ちの花火セットを「これあげる、」と半ば押し付けるように渡すと
「ごめんけど、今から私が借りるから。」
といたずらっぽく笑い、私の手を引いて駆け出した。
何度も砂に足を取られそうになりながら、風を切って進む。
しばらく走り続けて、ビーチの端の人目のない所までやってくるとようやくSは足を止めた。
Sは私の方を振り向いて、
「やっと2人になれた」
といい笑った。
彼女に見つめ合い手が触れると、空っぽだった自分の中に温かいものが満たされていくようだ。
手を繋いだまま流木に腰掛け、陽の沈み切った水平線を見つめる。
Sの手は私よりも少し大きい。爪の形は縦長で、滑らかな肌が美しい。
心地の良い沈黙が流れた。
言葉は無意味だった。
寄せては返す波。近づいては離れる私達みたいだ。
美ら海、とは沖縄の方言で「清らしい海」という意味だ。
透き通る青、穢れることのない神秘の海。
ふと海の中でSと自分の体温が溶け合う想像をして、頭の奥が甘く痺れた。
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