第14話 夢から醒めて

放課後の教室で私は一人で座っていた。

いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

やわらかな日差しがカーテン越しに差し込む。

遠くで誰かの笑い声や、駆け抜ける足音が聞こえる。

そうか、今日は火曜日だ。

時計は16時47分。もうすぐSがやってくる。

それだけで、胸が高鳴った。私は待ち続けた。



その日Sは現れなかった。

静まり返った校舎を離れ、暗い道をいつになくのろのろと歩く。

ダッシュで走っても、塾の英語の授業の開始には間に合わない。

「___何やってるんだろ。」

空を見上げて、あえて明るく口に出してみる。

皆は必死に机に向かってるのに、肝心な時期に私はまるで危機感が足りていない。


希望に満ちていたはずの私の未来は、少しずつ翳り始めていた。

成績は落ちたし、体重も増えた。

それでも成績は中の上は保っていたからそれなりに尊敬もされたし、話せる友達も多かった。

本来なら焦るべきなのに、当の私はあっけらかんとしていた。

それどころか、憑き物がとれたみたいに勉強や成績への執着がなくなっている自分がいた。


もうとっくに、私はSの虜だった。

S以外どうでも良かった。

授業を内職をするわけでもなく、居眠りをするわけでもなく、ただふわりと聞いているふりをした。

頭の中ではSに会ったら何を話そうか、どこへ行こうか、そんなことばかり考えていた。

私達には今しかない。

この先もう一生運命の糸は交わらないという予感があった。

勉強も就職も、あんなにこだわっていた大学に行けなくても人生そこそこうまく行くのではないかとさえ思った。

今思えば、Sを言い訳にして逃げていただけ。

私は卑怯だ。

そんな私の変化を察してSはしきりに気にかけてくれた。

彼女は普段は鈍いくせに、こういう時は不思議と鋭い。

私が用事もないのに放課後にSを待つようになったことや、通学手段をそれまでバスだったのをSと同じ電車に変えたこと、他にも色々あるけれど、一つ一つ小さなことが積み重なって負担になっているのではないか、と。

何度も彼女は私を引き戻そうと努めてくれた。

なのに私は、Sが差し伸べてくれた救いを拒んだ。

それはきっと、無理をしてまで隣にいなくていいと言われている気がしたから。

Sはお互いを高めあえて、それぞれの夢を叶えられて、無理をしなくても一緒にいられる人を求めていたんだと思う。

でも私はそうじゃない。

Sの隣りにいるために、自分を腐らせて夢を諦めて無理して背伸びをしている。

それはSのせいでも他の誰のせいでもなくて、自分の責任だ。

その頃から少しずつ、Sは私と距離を置くようになった。

自然と私も放課後に居残ったり回り道をして電車で帰るのをやめた。

何の前触れもなく、私達の名前のない奇妙な関係は静かに終わりを迎えた。

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