Episode1 SF and a Girl
「たっか」
サン・フランクの巨大な城壁の中、ごちゃごちゃとしたビル群の通りにリーベ部品のディーラーがある。マスターと何度か来たことがあるから場所を覚えていた。
しかしスーツ姿の販促用アンドロイドが提示したモニターには私の予想を遥かに上回る金額が提示されていたのだ。
「5500ドルは酷くない……? せめて3000ドルくらいにさ……」
「なりません」
「じゃあ2500ドル……」
手持ちの資金は2700ドルだ。
販促アンドロイドは首を横に振り続ける。
「なりません」
「どうしよ……」
ほとほと困り果ててしまった。
「なんでこんな高くなってるの? 短期戦闘用ならともかく長距離用がこんなに高いなんて聞いたことないよ……」
「物流が盛んになってるので、長距離護衛用リーベの需要が上がっているのです」
「つまり人類は勝ってるってこと?」
「ほどほどに」
私はため息をつく。
まあ物流が盛んになってるなら美味しいものもたくさんあるだろう……
「お金くれない?」
「あげません」
店を出る。
通りには昼の高い光が差し込んでいる。
ケーブルカーが客を乗せて目の前を通り過ぎていった。
「お金……お金……」
困り果ててその場をうろうろする。
旅の初めにして、もう詰んでしまったのかも知れない。
「あ、そうだ」
近くにリーベのパイロットが集う酒場があるのを思い出した。昼だけど行ってみよう。もしかしたら実入りのいい仕事を教えてもらえるかも知れない。
通りをちょっと下って横道を何度か曲がる。すると猫の隠れ家のような酒場を見つけた。その古びたオーク材の扉を開ける。店内の喧騒が外に飛び出してくる。
「いらっしゃい……あ、あいつのとこの嬢ちゃん!」
手を振ってくる顔馴染みの店主に手を振りかえす。
「おひさしー」
「一人か? 今日はあいつはいねぇのか?」
「いない。捨てられた」
「そうか……ごめんな……何か飲むか?」
「アイスミルク。フランボワーズとシナモン入りで」
「いつものだな。ちょっと待ってろ」
トン、と目の前にグラス入りの液体が置かれる。
それをちびちびやりながら店主に問いかけた。
「なんかいい仕事ない? コアが欲しくて」
「最近たけぇからな。なんでも大規模反抗のためにリーベを増産してるって話だ。でもなぁ、いい仕事ってのもなかなかねぇ。最近は
「だよねぇ……ここまで一回もエンカしなかったし」
「だから皆金欠ってわけさ。そういえば……」
店主が顎に手を当てる。
「なんか
「教えて」
ずい、と身を乗り出す。
体がグラスを倒してしまう。
ちょっと残ってたミルクが溢れる。
「ごめん、後で拭く」
「いや俺がやっとくよ……でその依頼なんだが、実入はいいけど情報がなくてな。それに
「どんな事件?」
「変な事件だ……アンドロイドの死体が最近見つかるんだとよ、胸にぽっかり穴が空いた状態で。HQの見立てじゃドロイドコアの転売目的だろうって」
「ひえっ」
店主は声を落とす。
「嬢ちゃんも気をつけろよ……? 見た目じゃバレねぇだろうがスキャンされりゃ一発だ。泊まるところあるのか?」
「……地下鉄?」
「やめとけやめとけ。嬢ちゃんの死体を見るのは流石に寝覚めが悪い……ここ貸してやるから2階に泊まってけ」
「さんきゅー」
「あいつには何度か借りがあるからな……ところであいつはどこにいるんだ?」
「ジャパン」
その一言で店主の表情が固まる。
「……そうか」
「どうしたの?」
「いやなんでもない。ずいぶんと遠くに置いてかれたもんだな」
「そー酷いよね。だから追いかけようって。ねぇ、さっきの事件だけど、手がかりないの?」
「正気か?」
「ヘマしないよ。高性能だし」
店主は溢れたミルクを眺めやりながら言った。
「やめとけよ。Xでも狩ってゆっくり稼げば良い……」
「やだ!」
思ったより大きな声が出た。
酒場の人たちの視線がこちらに向く。
私はグラスを手に取り、両手で包み込みながら言った。
「時間がないんだ……そんな気がする。マスターから連絡もこないし」
「なんでだよ。あいつの事何も知らないだろうに」
「それでも」
「お前に、後ろを託したんじゃないのか?」
「それでも!」
「それにな、あいつかどうして旅に」
「それでも!!!」
私は呟く。
「家族なんだよ……たった1人の。だから迎えに行ってあげないといけないんだ。マスターは、私がいないと駄目なんだ。駄目なはずなんだ……あんなマスターだから……」
バーの木目が滲む。
誰だろうか、戦闘用アンドロイドに。
涙を流すなんて機能をつけたのは。
「わかったわかった、だから泣くなよ嬢ちゃん」
俺が悪者みてぇじゃねぇか、と店主は頭を掻く。
「手がかりかどうか分からんが、この辺りのことに詳しい奴がいる。紹介するよ」
「ありがとう……」
ほら、と差し出されたハンカチで私はこぼしたミルクを拭いた。
「……そのハンカチはやるよ。こっちだ」
店主に連れられて店の奥に行く。
そこには1人の女性が座っていた。
長くて赤い髪を揺らして、貧乏ゆすりをしながらバーボンを呷っていた。
「ちくしょうガラクタ売りども足元見やがって……クソ今夜も連勤かよ……あと320ドル……」
「シャーロ」
「家賃と……あとあれだ、住民税。なんでパイロットが税金払わないといけないんだ? 街を守ってやってるんだぞ……?」
「シャーロ!」
「なんだよ……ああジョニーか。すまん、何の様だ?」
「こいつはワスレナ。聞きたいことがあってな、例の事件について知ってるか?」
「聞いてるよ。機械どもが死んでるんだって? 良いニュースだ、せいせいする」
「こいつが手がかりを知りたがってる」
シャーロはふん、と鼻を鳴らす。
「聞いてどうする? そんなちんちくりんでマフィアの巣窟に突っ込もうってか? 死人を増やす趣味はないね」
「大丈夫、私は戦える」
「……だとしても、教える義理なんてない」
「7500ドル山分け。興味ない?」
ピタリ、とシャーロの動きが止まる。
こちらをじっと見て言った。
「本気か?」
「ほんきのほんき。金欠でしょ?」
店主が私に耳打ちする。
「シャーロはな、カッコつけて洒落たタワマンに住んでるんだが毎月その支払いに走り回ってる」
「へぇー」
「うるせえ! 戦えるっていったってどうするんだ? リーベは使えないぞ?」
「こうやって」
シュン、と空中に刀が現れる。
私は浮かぶ刀を自在に動かす。
ナノフィールドの応用、軍用アンドロイドの特権だ。
「つよいよ?」
「あークソ……」
シャーロは顔を抑える。
「お前? 機械か?」
「軍用アンドロイド」
「私はな、機械が大嫌いなんだ!」
シャーロはドン、とグラスを置いて立ち上がる。
私に肩をぶつけて店から出て行こうとする。
店主が呼び止める。
「シャーロ……警部なら協力した」
「親父は関係ないだろ!!」
そう吐き捨てて
バン、と店の扉を開けて出ていった。
「待ってよ、話は終わってない」
私もその後を追いかけて外に出る。
こっちを見てシャーロは叫ぶ。
「ついてくんなよ!」
「私悪いアンドロイドじゃない」
「一緒だろ機械なんて! どうせお前らもいつか人間を裏切るんだ」
「そんなことない」
「信じられるか」
背を向けて立ち去ろうとしたシャーロの前に立ち塞がる影。
「……は?」
「作戦開始」
白い外套に身を包んだその人は懐から拳銃を取り出す。そしてその銃口をシャーロに向けた。
とっさに周辺をスキャンする。
……囲まれている。
まるでカルト教団の信者のような装いをした謎の人物は私をフードの奥から睨め付けると言った。
「我らが神に、最上の供物を!」
終末世界おひとりさま -アンドロイドは旅に出る- うみしとり @umishitori
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