終末世界おひとりさま -アンドロイドは旅に出る-

うみしとり

Day0 アンドロイドの出発

「動力炉、正常。アーム正常、UI通常通り……」


Welcome "Wasurena" !


目の前のヘッドアップディスプレイにライトブルーでメッセージが表示される。

ワスレナ、それが私の名前。

今ガレージで軍用ロボットのコックピットの中にちんまりと納まった少女型アンドロイド。それが私だ。


小さな体躯にはあまりに大きすぎるコックピットの中で一生懸命ボタンをポチポチしながらテストを実行している。パイロットのサイズにコックピットが合っていないのは別にこのリーベが不良品だから、という訳では無い。

この全高3mほどの戦闘機械の所有者が私ではないからだ。

これは私の、マスターの物だ。

私をこのガレージに置き去りにした、にっくきマスターの所有物なのだ。


「リーベ:フジサン、起動」


カメラからの映像が投射されて目の前が明るくなる。全周ディスプレイに周囲の光景が映し出される。機械部品や工具でごちゃごちゃしたガレージに開け放たれたシャッターから朝日が差し込んでいる。

終末世界にあって比較的平和な地、クリスタルバレーの大きな一軒家。

これもマスターの所有物だ。

もう一年は帰らない ”くそったれ” マスターの。


彼は昔は優秀な傭兵だった。

軍から盗み出したリーベを駆って各地でエクセプション敵性機械や賊と戦った。クリスタルバレーに一軒家と可愛い高性能軍用アンドロイドを買えるくらいに金を稼いだらしい。

だが私の知るマスターは、はっきり言ってクズ男だ。


夜な夜なその広いお家に毎回違う女性を連れ込んではお楽しみ遊ばせる。

豪奢な赤いソファーで女の人の肩を抱きながら。


「ワインとかどうだい? 本物の葡萄から作られた……」


そう囁いては私にセラーからワインを持ってくるように促す。

私はわざわざ地下室に降りては適当に見繕ったワインをリビングに運び、軍用アンドロイドの全力を持ってマスターに投げつける。

マスターはそれを華麗にキャッチしては透明なグラスに惜しみなく注ぐのだ……

それから長い、長い夜が始まる。


そんなマスターが急に「旅に出る」とか言い出したのが一年前。

突然荷物をまとめ出し、どこに行くのかと聞いた私に白い歯を見せながら言ったのだ。


「ちょっと旅行に行ってくる。目的地は極東だ……クールだろ?」

「私も行きます」

「おいおい、お前がいなくなればこの超クールなハウスとフジサンの面倒を誰が見るんだい? 埃まみれになっちまうぜ」

「……私も行きます」


そんな私の頬に手を当てて、マスターは言い聞かせる。


「ちょっとしたら帰るからさ、な? 一生のお願いだ……家を守っておいてくれ」

「やだやだやだやだいっしょに行くー!!!」


私は相当駄々をこねたらしい。

隣人のカーラによると三日三晩私の鳴き声が聞こえて来たらしい。

そして突然マスターはいなくなった。

ひとつの書置きを残して。


『いいかワスレナ、サムライってのは一人で旅に出るもんだ。ちょっとしたら帰るから、それまで家と俺の彼女を守ってやってくれ……』


彼女? どれの事だ?

そんな突っ込みが頭に浮かんだあと、私は勝手に置いて行かれた怒りと悲しみで地下室のワインを全て割ってしまった。

箒と塵取りで地下室を片付けながら、(ちょっと勿体ないことしたな)とか思ったがそんな事はどうでも良い。

彼はクズだ。

きっと旅先でアンドロイドの一人や二人をつくってはよろしくやってるに違いないのだ。私というものがありながら。


フジサンの中に閉じこもって7日間泣いていた私にカーラが電報を届けてくれた。


「オレハ イマ ベガスニ イル。 カジノデ カッテ シキンガ フエタ。 イマカラ チュウナンベイニ ムカウ」


どうやら旅先から電報を送ることにしはばねるい

おそらく代金をケチって字数を少なくしたその簡素な内容を、私は何度も読み直すことになる。

中南米、南米、アフリカ、ヨーロッパ、アジア……彼は色々寄り道しながら目的地に向かっているらしい。

終末世界でそんな旅をする人間を私は他に知らない。

一歩都市を出ればそこは残虐なエクセプションが闊歩して賊がショットガンをぶっぱなしながらヒャッハーと向かってくる荒地なのだ。

目的地のジャパンまで無事にたどり着いたのはさすが元傭兵と言った所か。


だけどそこで、連絡が途切れた。

一週間に一度は送ってくれていた電報が、もう一か月は来ていない。

私は別にマスターの事など、どうでもいいのだが。

どうにも調子がでないし、買い出しに行く気も無くなってずっとガレージとリビングを行き来する生活だ。

冷蔵庫の中身が空になって、アンドロイドといえどもそろそろお腹が空いてきた今日この頃、私はフジサンの朝から三回目のテストを終えるころ合いでいた。


「オールグリーン、テスト終了」


ふう、と一息ついた私の目の端で何かがちらちらと映る。

全周ディスプレイの端っこ、ガレージの入り口でこちらに手を振る人物がいる。

カーラだ。


リーベの電源を切ってハッチを開け、彼女に駆け寄る。


「おはようカーラ! 今日はいい日だね!」

「あなた最近外出てないでしょうに……ほらタコヤキ」


彼女がビニール袋を手渡してくる。中からソースの良い香りがする。

ビニール袋からタコヤキの容器を取り出す。ソースが付くのも構わずに中に手を入れて一つつまむと、口の中に投げ入れる。

おいしい……。

大きなイカの切り身が、柔らかいミニブレッドの中に入っている。

マスターはタコヤキが好きだった。毎週のウィルマートへの買い出しの帰りにテイクアウトして食べるのだ。


マスター……。

ああ、一週間ぶりの食事が美味すぎて涙が出てくる。

もう少しでエネルギー不足で機能停止するところだった……。


「ふぁりがとう、カーラ。いのちのおんじん」

「どういたしまして、で調べてた件だけどね」

「どうだった?」

「現状の動力炉コアじゃ、明らかに航続距離が足りない」

「だよねぇ……」


私とカーラはガレージの奥に鎮座したフジサンの方を見やる。


「SFなら売ってるかも」

「フリスコか……」


サン・フリスコ。海沿いに位置する大きな港湾都市。

クリスタルバレーからもその大きな外壁がかすかに見られるのだ。


「じゃあ最初に寄るのはそこかな」

「……本当に行くの? 色々危ないよ?」

「大丈夫、私アンドロイドだし。それに……」


フジサン。

珍しい軍用グレードのリーベ。

こいつを連れていけば、大抵の事はなんとかなる。

ってマスターが言ってた。


カーラは私の手を掴む。


「お金がなくて、連絡できないだけかもじゃん……もう少し待ってみたら?」


私は首を振る。


「やつはクズだけど、女から連絡が来たら即レスするマメな奴だった……何かあったんだよ、それに」


私はカーラの目を真っ直ぐ見て続ける。


「知りたいんだ。マスターがどうして私を買ったのか」


自分で言うのもなんだが、私は超高性能な軍用規格アンドロイドだ。

リーベを手足の様に扱う事も出来る。

そもそも一介の民間人に売られるようなグレードじゃない。

「知り合いのツテで手に入れた」とマスターはのたまっていたが、それでも大きな金額がかかったはずだ。

下手をすればこのクールなビックハウス以上に。

メイドにするならもっとコスパの良いアンドロイドがウィルマートに転がってる。


それから、そんなマスターが突然旅に出たことも引っかかる。

ようやく手に入れた安住の地と、可愛いアンドロイドを置いて?


私の脳裏によぎるのは、彼の最後のメッセージだ。


「ジャパンニツイタ ジャアナ」


それっきり、彼は電報を送っていない。

がらんとした邸宅を見やって私は言った。


「私は、マスターに会いに行く」


カーラは私の目をじっと見つめて、やがて目を伏せると私を抱き締めた。


「……ワスレナ」

「どうしたの、カーラ」

「気をつけてね、ほんとに。あなたは本当にいい子……あいつはクズだったけど」

「そうだね……」

「本当にクズだったけど……」

「そうだね…………」


私たちは深く抱擁しあった。



数日後。

買い込んだ物資を積み込んで、慣れた手つきで私はリーベを起動する。


「動力炉、正常。アーム正常、UI通常通り……」


Welcome "Wasurena" !


「リーベ:フジサン、起動」


静かにフジサンが立ち上がる。

全周ディスプレイに見慣れたガレージの景色が映し出される。


「システムオールグリーン。発進」


ゆっくりとレバーを倒し、リーベを歩行させる。

ガレージを通り抜け、開いたシャッターから外に出る……


ガン!

何かぶつかった。


見やると開いたシャッターの底面が凹んでいる。

ああそうだ。

暇だったからフジサンを魔改造したせいで、ちょっと全高大きくなってるんだった。

まあいいや。


流石の軍用グレード。リーベの装甲には傷一つない。システムはオールグリーン。

うんうん、と私は頷く。

通りに差し込む太陽がまぶしい。辺りを見回せば、いつもよりちょっと高い視点だ。

誰かが通りで手を振っている。

機体のマイクがその声を拾う。


「またね、ワスレナ! 絶対帰って来てね!」


私もディスプレイ越しに手を振り、それが相手に見えないことに気が付いて、リーベのアームを操作して手を振り返した。


「またねカーラ! 屋敷をよろしく!」


カーラには留守の間の屋敷を任せてある。

報酬はマスターの部屋に積み重なったレコードコレクションだ。

たくさんあるからきっと1万ドルくらいにはなるはず。


そして私は息を小さく吐き、集中する。すると機体とのトランザクションが始まる。コンソールをキーボードで操作せずとも、私は機体のシステムに直接アクセスできるのだ。


コマンドを入力すると沢山のシステムメッセージが出てくる。

それらをざっと見て私はテストを走らせる。


結果はグリーン。よし。

軍用美少女アンドロイド、ワスレナ。実はリーベのパイロットとして設計されているのである。

……実際に動かしたのこれが初めてだけど。


「歩く」ことを意識する。

ずん、とリーベの巨大な脚が駆動する。

準備体操の様に肩を回してみる。

ぶんぶん、とリーベの手が駆動してドン、と屋敷の壁にめり込む。


「やっべ」


見ないことにして、私は目の前に広がる一本の道路を見据えた。

両脇に家が並ぶ、エクセプションの襲撃が少ないせいで地価の高い端正な高級住宅地だ。


「よし……」


一歩、また一歩と踏み出す。

リーベは快調に動作する。まるでもう一つの私の身体みたいに。

世界にとっては小さな一歩だが、私にとっては大きな前進だ。

待っててね、マスター!


軽快に走る一つの機械兵が、クリスタルバレーの街を飛び出して行った。古びた大きな幹線の中央を走りながら、それは西部の大都市サン・フリスコに向かっている。コックピットの中で目をキラキラさせながら目の前の荒野を眺める一体のアンドロイド「ワスレナ」。


彼女の旅路に、何があるのか。

彼女自身も、未だ知らない。



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