ラッキーハッピーハウスの死闘2

√He66も案外大したことがねえ。3つ目の【√He66】を通過しているとき俺はそう思っていた。

 周りに建物一つ立っていない平地を数台の一般車両と同じのんびり走っていた。

 確かに√He66ではどこからともなく現れた車両強盗やギャングが小競り合いが起こしていたり、道路上に危険物が転がっていることはあるが所詮その程度。俺含む一般人がお互い撃ち合ったりはしない。だからラジオに耳を傾けている余裕があった。

 《──で、どうしたんだ?》

 《シュガーバレットがバンから予備の車用燃料を取り出して、頭から被ったと思ったら火をつけやがったんだ。これで暖がとれるだろって。俺たちは急いで雪をかぶせて消火したよ。おわったときには俺たち全員汗だくでね》

 《ハハハ。そいつはイカれてるな》

 《あいつはいつもイカれてるんだ。おかげで身体が温まった──》

『エイト、車用燃料が半分切ったわよ』いいところでヒートが割り込んできた。

「え?早くねえか?」

 燃料は数日前に満タンにしておいたはずだ。燃料ゲージを確認。ヒートの言う通りだった。

『そうだけど、なんだか√He66に乗った瞬間から燃費が悪いわ』

「多少、荒い運転をしたせいじゃないか?」

『それもあるけど、この空間の特有の現象かもね。他にも同様の症状を訴えてる"子"も多いわ』

「へぇ」

『というわけだから早く補給してね。こんなところで立ち往生なんてあんたも嫌でしょ』

「オーケイ」

 なんてことを話していると、もはやおなじみの看板が見えてきた。

【ラッキーハッピーハウス】【狂気の海近辺】【√He66】

 こういう時に限ってSAを引けない運のなさを恨む。

「ラッキーハウス?なんかの店か?」

『サーチしても出てこないわ。どうするの?』

 少し考えた末にハンドルを左に切った。

「運が良ければ燃料を手に入れられるか」

『運というものがあるとして、あなたは持ってる方なの?』

「さあな」

 ・・・

 ・・

 ・

 ワープ先はすでに道の先に【√He66】の看板が見えるほど短い荒野の一本道で、俺の前を走っている奴はいなかった。ただ、

『左』

「分かってるよハニー」

 アクセルペダルを踏む力を緩め速度をおとす。

 前方少し先の左手、道路から少し離れたところにポツンとみすぼらしい小屋が建っていた。小屋の手前には大きな看板が、小屋の奥には大型の水タンクがある。そして、道路と小屋の間に、一見何の変哲もない一般車両が3台並行して止まっている。

 愛車を水タンクの手前で停止させた。ディスプレイに小屋を映すしながら、いつでも飛び出せるようにアクセルの上に足を置いておく。

「ラッキーハッピーハウス……ねえ」

 俺は看板に書かれた文字を読み上げた。場末のダイナーを思わせるフォントで書かれた店名の隣で、何がラッキーでハッピーなのか知らないがショットガンのマスコットが笑顔を作っている。

『明らかね胡散臭いわ。ここは避けて先に進んだ方がいいんじゃない?』

 《そう、こんな辺鄙な場所に記者がいるわけがない。今思えば明らかに怪しかったんだけど──》

 時計を見る。この空間も時間は進まないようだ。だからと言って無駄に長居する気はないが。

「そうだな──」

 《そしたら奴さんは突然ペン型マイクを──》

 BANG!

 小屋の方角から小さくない銃声。反射的に身体をシートに深く沈ませながら右手でハチの巣ショットガンを掴む。

 しばらくその体制のまま様子をうかがっていた。十秒、二十秒……何も動きはない。

「なあヒート、なにか──」

 BAAANG!!!

『何かは起きてるわね』

「回答ありがとよ」

 《それはマイクに見せかけた銃で、ヤツは強盗だったわけなんだよ》

 さらに数分待っていると、小屋の入り口からジェリ缶を手にしたサラリーマン風の野郎が現れた。そいつは必死の様子で何かから逃げているように見えた。

「なんだあいつ。強盗か?」

『外見や仕草から算出した強盗度はすごく低いわ』

「ああゆう一見無害そうなやつほど危険なんだぜ」

『あらそう。どうでもいいわ』

 《それからは俺たち全員、ヘルバイスでライブをするときは常に護身用の武器を持ち歩くことにしたよ》

 男は一番きれいな車両に燃料(推定)を入れると、ささっと乗り込んでフルスロットルで走り出し、危なっかしい挙動で俺の脇を走り抜けていった。男を追って出てくるものはいなかった。

「あいつ、燃料入れてたよな」

『そうみえたわね……行く気?』

「とりあえず、中の様子を見てくるわ」

『気を付けてよ。こんなところで置いていかれたらと考えるとゾッとするわ』

 一旦ハチの巣ショットガンを手にしたが、何かを感じたので別のものを持っていくことにした。

 グローブボックスの中に手を突っ込み、一見小さな鉄パイプのようにしか見えない棒ガンを取り出す。単発からミニ散弾モードに切り替えて、ズボンとベルトの間、右太ももの前側に差しこんだ。

「のんびりしていてくれよハニー。できるだけ早く戻ってくる」

『はいはい』

 ヒートがエンジンを切ると静寂が車内を包み込んだ。

 ガチャ。ドアを開ける音がやけに大きいと感じた。

 外に出て凝った体をほぐすようにストレッチ。小屋からは何の音も聞こえてこない。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

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