ンンロとサボテン 7

【5-5】


 僕は一目散に走りだした。部屋の隅にある階段に向かって。


 盾は途中で投げ捨てた。構えていても背負っていても階段を登るのに邪魔になるのと、残りの敵はポチのティー・レップのみであろうと判断したからだ。仮に盾を使ったとしても、あのポチの攻撃をしのげるとは思わなかった。


 階段へは問題なくたどり着けた。が、階段の前にミニ木箱がバリケードのように積み重なっていてさらに『Keep Out』と書かれた黄黒テープで塞がれていた。振り返り反対側を確認するが同じよう。僕らがここまで来た場合に備えて積んだのだろうか。ここでポチに食わせるために。


 少しの逡巡の後、雄たけびを上げるポチをンンロが抑え続けてくれることを祈りつつ、木箱をどかすことにした。


 まず最上段のミニ木箱の一つを掴んだ。大きさの割に重く、一旦手を離した。無理に引っ張って落として怪我を負いたくはない。別の方法を考えなければならないか。


 ドカンガシャンと大きな衝撃音がした。離れたところでポチが木箱に頭から突進したようで、破壊された木箱からドッグフードがボロボロとこぼれる。


 ンンロはこちらを一瞥して、「早く」とだけ言ってポチのおしりに連射を浴びせた。ポチの皮膚は見た目通りそうとう固いらしく銃弾を弾いていて、あまりダメージを与えられているようには見えなかった。


 大丈夫だろうか。いや、人の心配をしている暇はない。まずは目の前の問題をどうにかしなければならないのだ。さて、どうするか。


 改めてバリケードを観察する。ミニ木箱は横に3、縦に9、奥に2。テープは手で問題なく外せたので問題にはならない。ミニ木箱の横は大きな木箱と壁で挟まれている。僕の身体能力では乗り越えるためには時間と体力が必要。重量があるので押し倒すことはできず引くのは危険、ンンロならどうするか。彼女ならやすやすと飛び越えていくか。あるいは……。


 散弾拳銃を取り出して手ごろな高さの小さなミニ木箱めがけてぶっ放してみた。仮に爆発物が入っていたらジ・エンドだけど、ここでまごまごしていてもジ・エンドなのだ。HELL地獄流を試してみる価値はある。


 BAAANG!

 

 散弾が木箱を貫通して、瓶が割れる高い音がした。ミニ木箱から液体が漏れ出してきて強いアルコールの匂いがした。


 BAAAAANG!


 パリンパリンと瓶が割れる音に若干の快感を感じつつ、 全てのミニ木箱を粉砕する勢いで撃ち続けた。その間にもポチは二度三度突進をしており。そのたびに心臓が震えあがった。

 撃った。撃ち続けた。

 最終的に、全ての木箱を破壊するまで死なないですんだ。


 割れた木片や瓶が刺さらないように注意しながら、ミニ木箱の残骸を背後に投げ捨てていく。


 すべてのミニ木箱に酒瓶が入っているわけではなく、下の階で見た書類の束やなぜか高重量のダンベル(一番下の段に入っていたので持ち上げずに済んだ)が入っていた。やはり急ごしらえで作られたバリケードだったようだ。


 ようやく通れる隙間が作れ、階段を登ろうとした時、

「サボテン!」

ンンロの叫び声が聞こえた。彼女がここまで声を上げるのは初めて──


 考えるよりも先に身体が動いた。階段を飛び越える勢いで駆け上がっていた。あまりの勢いにつまづいてしまい、折り返し地点の壁に身体を強くぶつけてしまった。

 そして、騒音とともにポチが数秒前まで僕がいた場所に突っ込んできた。  


 階段が飴細工のようにひしゃげる。突進の衝撃で会談が揺れ、さらに体勢を崩した。手すりをつかめたおかげで身体は落ちずに済んだが、散弾拳銃が手から離れポチの身体に落ちてしまった。

 判断が一瞬でも遅ければ今頃僕はひき肉になっていただろう。口から声にならない悲鳴が上がる。


 ポチ片方の顔が僕を見上げて吠えた。噛みつかれるより早く手で必死に手すりを掴み立ち上がり、ふらつく足に活を入れなんとか6階部まで上がることができた。と言ってもポチが立ち上がれば背はだいたい7.5階部まであるので、ひたすら逃げ続けなければならない。

 しかし、ポチが完全にこちらをロックオンしており、今にも跳びかかってきそうだった。万事休すか──


 BRATATATATA‼


「ワンころ、よそ見すんなっての」

「グルルrrrr!」


 ンンロがポチの頭に乱射を浴びせてくれたおかげで、ポチの意識が再びンンロに移った。

 このまま階段を登るか通路を走りぬけるか。僕はンンロのカバーを得られやすそうな選択肢──通路を走り反対側の階段へ向かうことにした。


「ほらほら、好きなだけ食らいな」


 下でンンロがポチにさらに連射を浴びせた。

 雄たけびを上げてポチがンンロに突進し、太い前腕で薙ぎ払うような引っかき。ンンロはそれを跳んで避け、頭にかかと落としを食らわせた。しかし、もう一つの頭に頭突きを食らい吹き飛ばされる。空中で体制をととのえ木箱に両足で衝撃を殺して無事着地。とてもじゃないがついていけないバトルが繰り広げられている。


 そうこうしているうちに通路を走りきった。ポチに気づかれる前に9階部まで一気にあがった。ここまでくればポチの攻撃を食らわないで済むだろう。そう安堵すると一気に疲労感が湧いてきた。いったん通路で座り込み息を整える。眼下では変わらずンンロとポチが死闘を繰り広げている。


 時折、振動で通路が悲鳴を上げて壊れてしまわないかと不安になりながらも、じっくり時間をかけて、とうとう倉庫の最上段、11階部まで昇り上がった。扉まで進んだ。


 手すりを強く握りしめながら外壁に沿うように進み、扉の前へ。

 扉の前はちょっとした踊り場になっており、一人用の椅子が四つ、吹き抜けに向けて置かれていた。僕は生前、就活生時代に受けた面接を思い出して頭を振った。


 両開きの扉は意匠の凝られた金の装飾が施されており重そう。扉の上には『チャンピオンルーム』と書かれたこれまた金の板と、監視カメラが取り付けられている。扉の横には特に特徴のないインターホンがある。もちろん押したりはしない。


 僕は手すりから身体を乗り出し「ンンロー!」 と叫んだ。それだけで伝わると思ったし疲れていたから。


 そのまま手すりにもたれかかり下での戦闘を眺めていると、目の前に例のディスプレイが向かってきた。

 画面の中のティー・レップは、葉巻を手に余裕の表情を作っているが、ピクつくこめかみが押さることができていなかった。


『なかなかどうして、やるじゃねえか』ティー・レップが静かに言った。

「……どうも」

『しっかしまぁ、どうしてこうも俺の手を焼かせるかね』

「それは……」


 ンンロに聞いてくれという言葉は飲み込んだ。半ば巻き込まれた形ではあるが最終的に着いていくと決めたのは自分なのだ。


「それは、僕たちがこの街のトップに立つためだ」

『はーん。トップねぇ。──そいつぁいい夢だ。金のためとかひねりのねえ奴らよりかもはるかに良い』

 ティー・レップは自分の言葉にうなずいた。

『この街じゃ、力があればどこまででも登っていけるからな。実際昔の俺も成り上がりを夢見てこの街にやってきて、結果ここまで登り詰めたんだ。だが……』

 ティー・レップが葉巻の先を口に付けたとき、ディスプレイの映像が乱れてノイズ音が流れた。


『だが……だが……だが……』

「そいつは無理だな」


 背後からハスキーな女性声が聞こえた。

 慌てて振り返る。すぐそばに、ドーベルマン仮面をかぶった誰かが立っていた。その後ろの大扉は開いている。


 僕は驚きのあまり何も反応できないまま、ただ胸元を掴まれ、

「ここで、ゲームオーバーだ」

頭から突き落とされた。


 世界がスローモーションになる。

 ティー・レップは無表情で僕を見下ろしている。

 ンンロがぽかんとした表情でこちらを見上げている。

 ポチの片方の顔が大きく口を開けて、落ちる僕を食べようと待ち構えていた。

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