ンンロとサボテン 6
【5-4】
5階から12階までは倉庫という話だったが、天井がぶち抜かれて全階が一つの大部屋になっている異様な空間になっていた。
壁際には各階にあるはずの床の代わりに、工事現場にあるような網目状の足場が備え付けられてあった。人の気配は全くないのに壁と天井に取り付けられている照明の明るさが逆に不気味に感じる。
「誰もいないね」
警戒して倉庫の中心程まで進んだが何も起きない。静まり返った広い倉庫の中で僕の声はよく響いた。
僕たちがいる5階部の両壁には、ナスティハウンドのマークが全面に描かれた1m四方ほどの木箱が所狭しと積みあがっていて圧迫感を感じる。部屋の奥は8階部まではある大きな布で覆われた箱(?)でふさがれている。
「なんでビルの中にこんな倉庫があるんだろう」
「さあねー、って、うぇー……」
ンンロが上を見て苦い声を出して呻いた。
視線の先、12階部分の奥に扉があった。そして、僕たちが入ってきた扉を除くと、扉はそこにあるものだけだった。
エレベーター見当たらず、部屋の四隅にあるパイプ製の階段を使うしかなさそうだ。天井を眺めてつづけていると目が回りそうになった。
「マジだるすぎんね。なんの嫌がらせだっての」
ンンロが心底だるそうな口調で言った。
そして、八つ当たりをするように近くの木箱に前蹴りを入れ始めた。
「ちょ、ちょっとンンロ。爆弾とか危険なものが入ってたらどうするのさ」「ふん。そしたらこの倉庫ごと吹き飛ばす……ん?」
ンンロの蹴りに耐えられなかった木箱から、オレンジ色のスナック菓子の袋のようなものが大量にこぼれ出てきていた。
「ん? なにこれ」
「……ドッグフード?」
一つ手に取ってみて確認すると、確かにそれは紛れもないただのドッグフードのように見えた。
パッケージには、笑顔の可愛い小型犬が写っていて、その下に【天然由来素材】【高たんぱく高カロリー】【ワンちゃんが一番好きな食事】などとHELL地獄にそんなものがあるのかと疑いたくなる謳い文句が書かれている。
「ンンロは犬好き?」
「べつにー。あたしはウサギ派だから」
「へー。そうなんだ」
「繁華街の裏路地にいる野犬は狂暴だから好きだけどね」
「へー……」
それはどういうことかと疑問が浮かんだが、ロクでもないことだろうからそれ以上聞かなかった。少なくとも裏路地には足を踏み入れないように注意しようと。
そう心に誓った時、 ガラガラガラと大きな音が倉庫内に響きわたった。
僕は盾を、ンンロは二丁の短機関銃を構えて周囲を警戒。
振動でガタガタと木箱が揺れ、網目状の足場がギシギシと悲鳴を上げる。
「な、なに? 地震!? 避難──」
最後まで言い終わらないうちに、突如天井から鎖でつながれた何かが降ってきて、地面にぶつかる直前で停止した。
それは大きなディスプレイだった。僕たちが警戒していると、突如電源が入りそしてどこからか倉庫内にズンズンとクラブっぽい曲が流れてきた。
『ヨーヨー、よく来たな』
ディスプレイの中で、先ほどゲームセンターで見かけたドーベルマン仮面の(推定)ティー・レップが高そうな椅子にふんぞり返っていた。ボイスチェンジャーを使っているのか低くてこもった声だった。
『知ってるだろうが俺はティー・レップ。それ以上の自己紹介はいらねえよな。お前らは……まあどうでもいいよ。チンピラ二人でよくここまで来たことだけは褒めてやる──』
おもむろにンンロがディスプレイに向けて一発撃った。が、銃弾ははじかれて木箱の一つに突き刺さった。
「チッ……クソの役にも雑魚はもういないよ。あとはあんただけさね」
『知ってるさ。カメラで一部始終を見てたからな』
ティー・レップがカメラを動かすと、そこそこ大きなPCディスプレイが映し出された。画面が6分割されており、よく見るとクラブやゲームセンターなど僕たちがこれまで通ってきた部屋が映っていた。
『ジャリガキの方は結構やるようだけど、サボテン頭は動きが素人丸出しで見てらんなかったぜ。何の目的で暴れてんのか知らねえけど、ツラは覚えたからこれから一生追い込んでやる。俺たちの追い込みはキツイから覚悟しとくんだな』
手を拳銃の形にしてこちらに向けてティー・レップはニヤリと笑った。
僕はなぜ中途半端な覆面にしかならないニット帽を被ってきたのかと後悔した。緊張で口の中が乾く。
チラリとンンロの様子を見ると、興味なさげに指で耳掃除をしていた。
「三下まるだしの恥ずかしいセリフだったよ。ビビってないで降りてきなよ。サシでやったげるからさ」
『腕はたつようだがオツムは悪いな。どこにチャレンジャーに向かってくチャンピオンがどこにいるってんだ?』
突如ディスプレイから派手な効果音が鳴り、仰々しく『一位:ティー・レップ:98勝』と表示された。
「うっざ」
『そういうこった。俺とヤりたけりゃてめえの足で登ってくんだな。どうせ俺の勝ちで決まりだろうけどよ』
「ゼッ殺。9回たっぷり殺すから」
悠々と葉巻をふかしてにやにや笑うティー・レップとイラつきをあらわにするンンロ。ここまで根城を荒らされてたというのにこの余裕ぶりはギャングのボスゆえか、それとも何かあるのか。
『ああそうだ、俺は親切だから一つだけ訂正しといてやる』
「はー?」
『そこのジャリガキが『あとは俺だけだ』なんて言ってたけどよ──それは間違いだぜ』
「あー?」
「まだ仲間がいるってことじゃない」
僕がそうつぶやいたが、ンンロはディスプレイを睨み続けている。
『紹介しよう。俺の大事な家族で相棒の……』
ティー・レップが、手元で何かを動かす仕草をした。
部屋の奥にある箱らしきものに被っていた布がめくれて、中のものが見えるようになった。
それは巨大な檻だった。
そしてその中には、檻より少しバかり小さい程度の──つまり巨大な──、一つの身体に二つの頭を持つ凶悪そうな黒い筋骨隆々の犬が寝ていた。
『ポチだ。かわいいだろう?』
犬は目覚めるとゆっくりと顔をもたげて周囲を見渡し、僕たちに気づくとグルルルとうなり檻を攻撃し始めた。ポチというかわいらしい名前がまったく似合わない、どう猛な唸り声だった。
『ハハハ、ポチは昼寝を邪魔されるのがすこぶる嫌いでな。こうなっちまったらオヤツをあげないと収まらねえんだ』
ティーレップはこちらを指さして笑った。
「ど、どうするの? あれは絶対ヤバいって!」
「いいじゃん、ヤりがいがあるじゃんね」
ンンロは両手に軽機関銃を構えサメのように笑った。
「ちょっと!? 本気!?」
『それじゃあまあ、楽しんでくれよ。ポチ、おやつの時間だ!』
ディスプレイの電源がブツリと切れて持ち上がっていった。
檻の扉がギギギと鈍い音を立てて開いた。
ポチが雄たけびを開けると、大きな牙をむき出しにして突進してきた。
「サボテン、あんたは先に上いきな。あたしはちょっと遊んでいくからさ」
ンンロは暗い目をギラつかせて笑い、両手の短機関銃をぶっぱなしながらポチに向かっていった。
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