ンンロとサボテン 5
【5-2】
3階への階段は1階の右トイレに偽装されて作られていた。普段は店側のチンピラが廊下にたむろしていて一般客を寄せ付けないようになっているらしい。
2階分の階段を登ると、扉のない部屋についた。室内は明かりが灯っていた。
部屋は横長、手前の左側はスロット台とパチンコ台がぎっしり設置されているスペース、右側は映画に出てくるゲーム機の筐体がずらりと並んでいる。突き当りには壁と扉がある。、この階は手前と奥でスペースが区切られているようだ。
客はおらず、代わりに作業着を着た者が数人いて黙々とスロット台とパチンコ台の点検をしていた。僕たちに気づいた者がチラリと視線を向けた。
僕は盾を構えてゆっくり進んだ。ンンロが悪態をつきながらスロット台を蹴り飛ばすと作業員の一人が何か言おうとした。だがンンロの手にある拳銃を見るやそそくさと作業に戻っていった。
「思ってたより普通のゲームセンターみたいだね」
緊張をほぐそうと僕は小声で言った。
「ふーん。上も似たようなものなの?」
「そうだね」
上とは僕たちの言う現世のことだ。
ゲームは好きなので興味があったが、ンンロがずんずんと進んでいくのでまた今度の機会に取っておくことにした。ここに一人で来ることがあるかは分からないけれど。
そして、そんな気の抜けた認識は奥の部屋に入ったときに180度変わった。
後半のスペースには、天井まであるギロチンや、中央に拳銃が固定された丸テーブルや、首つり装置やヘルボムがどっさりと入った箱など物騒なものが置かれていた。
「なにこれ」
「えー? デスゲームしらない?」
「デスゲームって……」
「そ、命を賭けて勝負してスリルを味わうって馬鹿がやるやつ」
肩をすくめるンンロ。
「ちなみにそこにあるランキング表の一位がボスね」
僕はンンロが指さした方向にある、頭上にかけられた電光掲示板を見た。
鎖のようなネックレスを首にぶら下げ、ドーベルマンの仮面の上からサングラスをかけた黒い長髪の人が映っていた。顔の隣には、
『一位:ティー・レップ:98勝』
と書かれており、2位とは42勝と大きく差をつけているようだった。
「コイツ、不動の1位なんだけどなんでだと思う? ちなみにここのゲームは当局が介入してて公平にできてるらしいから」
「えーと……運が強いとか?」
僕の答えをンンロは鼻で笑った。確かに今の回答はマヌケだったと思う。
「それもあるけど、簡単な話、ライフを九つもってるんだよね。だから他の奴らより三倍勝負できるってこと」
そういってンンロは僕を見た。
「──あたしの言いたいことわかる?」
僕はうなずいた。
それはつまり、僕たちがボスに勝つには9回殺さなければならないということだ。
「9回も殺せるなんてワクワクするじゃんね」
「そ、そうだね」
やはり、僕とンンロの認識は180度違うようだ。
【5-3】
「Hell Yeahー」
ンンロの気の抜けた掛け声と銃声と爆発音がミックスされて耳に届いた。
廊下の少し離れた位置で待機していても頭が痛くなり、ンンロの爆発のすごさを再確認する。
頭の中で5秒数えてから、盾を構えて再び事務所を覗き込んだ。銃弾が飛んでくるが先ほどに比べると少なく、耐えられないほどではないと判断。
盾についた傷の間から前方を睨みつつ姿勢を低くしてこけないように気を付けて進んだ。
ンンロは入口と部屋中央のちょうど中間らへん、円状に広がったスペースで穴だらけになって倒れていた。
盾をンンロの死体の前に自立させて、銃弾を食い止めている間に死体を頭の後ろに回すようにして担ぎ後退。近くの業務用デスクの陰に滑り込むようにして隠れた。
ンンロの小さな身体はとても軽く、非力な僕でも問題なく運べたのが幸いだった。
傷が回復しつつあるンンロの死体を床に寝かし、敵がいる方へ散弾拳銃をやたらめったに撃った。拳銃の反動は強く、のんびりと狙い撃つことはできない(のんびり狙ったとしても当たる可能性は引くだろうけど)。
撃つたびに疲労感が積み重なってくるけど、そんなことを気にしている余裕はなかった。相手の放った銃弾が手をかすめて手に衝撃が走る。不思議と痛みはなかった。
「っ痛ー」
ンンロの声が聞こえた。仰向けのまま天井を眺めている。
彼女の身体は元に戻っていたが、コートの穴はそのままだった。
「あっ、大丈夫!? 状況は打ち合わせ通りだよ!」
「なんかチクチクするんだけど。──身体に針が刺さってるんだけどこれあんたのじゃない?」
「あっ、ゴメン、大丈夫?」
「じょーだんだよ」
ンンロは体を起こし、自分の身体を見渡してそれからコートの袖をめくって左腕を確認した。そして僕をジロジロと見た。
「上出来じゃん。やればできるじゃんね」
そういわれてうれしかったが、まだ修羅場は抜けていなく、僕はうなずくことしかできなかった。
「それじゃ、あたしはあっちから行くから。いい感じにやってって向こうの扉前で集合ね」
ンンロはそれだけ言って、コートの下から2丁の短機関銃を取り出し、敵の方にぶっぱなしながら業務用デスクや棚が転がっているオフィスを素早く駆けていった。
いったん射撃をやめ、数回深呼吸をして今の状況を頭に浮かべた。
僕は今縦長の金貸しオフィスを1/3進んだ位置にいる。左手にンンロが回ったのでおのずと右側を進むことになる。動ける敵はンンロの爆発の被害を回避している奥側に固まっており、行く手にはいくつもの業務用デスクとパソコンが頑丈な遮蔽物として鎮座している。
ンンロは左翼から弾丸をばらまきながら着実に進んでいる。一死したショックは全くないようだ。
少し考え、盾はとりあえず置いておくことにして、敵に注意しながら机や棚の陰を進むことにした。
幸いというか敵は派手に暴れているンンロに集中しているようで僕を気にしている者はいなさそうだった。
重債権者書類と書かれたファイルケースが漏れてる棚の横を進んでいる時、すぐ前方で銃声が鳴った。
伏せの状態で息を押し殺す。
銃声が続けて3回鳴って、それから「畜生、あのアマ……なんなんだよ一体……」という男のつぶやきが聞こえた。
亀のような速度で這いよって進み、棚の陰から細心の注意をはらってのぞいた。2メートルも離れていないところで、ンンロがいる方向を睨んでいるアロハシャツの覆面がひしゃげたテーブルの陰に隠れていた。拳銃を持った腕の髑髏タトゥー二つにペケが付いているのが見えた。
顔を引っ込め、自分にすら聞こえないぐらいの細く長い深呼吸。手の汗をカーペットで拭い、小刻みに震える両手で拳銃のグリップを強く握った。
そして近くから一回銃声が鳴った時、僕は棚の陰から横っ飛びして、アロハシャツの方向へひたすら引き金を引いた。
こちらに無防備な背中を向けていたアロハシャツは、思わぬ銃撃に驚きが混じったうめき声をあげて倒れ、動かなくなった。
「向こうにもいるぞ!」
誰かがそう叫び、すぐに僕の周りの家具を銃弾が襲った。遮蔽物に隠れてはいたが、それでも恐怖で身体がこわばった。
こちらに飛んでくる銃弾が落ち着いたところを見計らって、なんとか別の棚の陰に移動した。
心臓が狂ったバスドラムのように高鳴っている。頭の穴という穴から汗が出ている。針の一本一本が触覚になったかのように感覚が鋭くなり、世界が遅くなった。床が感じる振動、空気を切り裂く銃弾の衝撃波、焦げる書類の匂い……倒れた業務用デスクを挟んだ向こう側でカサりとかすかに書類が擦れる音。
仰向けの姿勢で、足と足の間からデスクの上の空間──パソコンディスプレイと書類棚の間に──銃口を合わせた。
機関銃のつながった銃声。どこかで男の悲鳴が上がる。
スマートフォンのバイブレーションが揺れる。
視界の向こうで何かが動いた。
瞬間、指が引き金にふれ、散弾が飛んでいく。赤いタトゥーの入ったスキンヘッドが散弾でえぐれ、白目をむいて沈んでいく。手に感じる反動。
世界の速度が戻った。
ドラムロールのような銃声音にケツを引っ叩かれたようにして僕は飛び出し、業務用デスクを乗り越え、PCディスプレイと共にスキンヘッドの死体の上に落ちた。スキンヘッドの頭の傷が早くも治り始めている。
スキンヘッドの右手から拳銃を奪い、ナイトクラブの敵が持っていた予備の手錠でスキンヘッドの両手を重い業務用机の脚を通すようにしてつなぐ。こうすればスキンヘッドが復活してもまともに動けない。
そしてバリアが切れたところで再び銃弾を叩きこむ。ンンロに教わったベーシックなタイマン戦術。
そこまでを一気に行い、手の震えが収まっていることに気づいた。
後は、スキンヘッドから少し離れて待つ。そして撃つ。
・・・・・
・・・
・
銃撃戦が終わり、この階も僕は生き延びることができた。
荒れに荒れたオフィス内をゆっくりと進んでいくと、階段の前でンンロが足を伸ばして座り込んでいるのが見えた。
「さすがに疲れたわー。二丁サブマシンガンなんてかっこつけてやるもんじゃないね」
「かっこつけでやってたんだあれ……」
僕は少し離れたところに座り込んだ。彼女は僕の10倍は撃っていたから疲労感も10倍あるだろうに僕より疲れていない様子だ。慣れの問題だろうか。
「ねー。酒、ない?」ンンロが言った。
「お酒はないけど、こんなのなら見つけたよ」
僕はここに来る途中に見つけたエナジードリンクの小瓶──脳みそに電流が走っているマークが描かれている──を渡した。
「悪くないね。サンキュ」
一気に煽るンンロ。自分も一本開けて飲んでみた。
途端に口の中が電気が走ったようにしびれ、驚くほど強い甘みと酸味が脳みそにガツンと響き、涙が出た。
涙をこらえて何とか飲み終えたときには身体が火照り気力が湧き始めていた。
ふとンンロが口を開いた。
「あれ、サボテン足に穴空いてるじゃん。痛くね?」
「えっ?」
自分の足を見ると、確かに左太もものに穴が開いていた。銃弾は太ももを綺麗に貫通している。穴に指を入れてみると、これまで感じたことのない奇妙な感覚を足に感じた。
「痛く……ないね」
傷跡を触りながら答えた。疲労からか身体のあちこちの感覚が鈍くなっているとは思っていたが、まさか穴が開いてことに気が付かないとは。
「弱っちいくせに案外タフだね。ま、歩くのも問題なさそうだし大したことじゃないね」
「確かにそうだけどさぁ」
ンンロの言う通り、今更足に穴が一つ開くぐらい大したことじゃないけど、その物言いにおもわず笑ってしまった。
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