ンンロとサボテン 4

【4】


「また地下駐車所から?」

「うんにゃ、今回は正面からまっすぐ行くよ。めんどーだから」


 僕とンンロは、ベンチに座ってのんびりしている風を装いながら、周囲と道路の向かいにあるナスティハウンドの本拠地であるビルを観察していた。


 そのビルは1階と2階がヘルクラブ、3階が裏ゲームセンター、4階が金貸し事務所、5階から12階までが倉庫で13階にボスの部屋があるらしい。全階が室内にある階段でしか繋がっていないという話だった。

 ンンロは過去に数回、ゲームセンターまで行ったことがあるらしい。詳細を訊ねたが「スロットで全部溶かした」ことをについて愚痴るだけでゲームセンターはカジノを兼ねているということ以外の情報は手に入らなかった。 


 窓は最上階のボス部屋にしかなく、中の様子をみることはできない。ビルの左手には先日ンンロが暴れた地下駐車場があるが、今日は誰もいないようだった。

 また、ここら辺は繁華街のど真ん中で夜のプレイスポットということもあり、昼には人がほとんどいないらしく、実際にヤバそうなやつか野良犬がたまに通り過ぎるぐらいだった。


「さて、今日が伝説への第一歩さね。気合い入れていこーか」


 僕らは静かな足取りで道路を渡り、数段の階段を上り、ビルの正面扉の前に立った。黒い扉は大きくて重厚で、多少のことではびくともしなさそうだった。

 ンンロは紙袋からティッシュ箱のようなものを取り出した。


「それは?」

「ヘルボム。これならこれぐらいの扉も吹っ飛ばせる」

「そんなものどこで手に入れるの?」

「これぐらいのモノならデパートに売ってるし」

「へー……」


 ンンロは鼻歌を歌いながらく扉のいくつかの部分にヘルボムを設置していく。手際が良く今回が初めてではないことが伺える。


 その間に僕は、防刃コートとニット帽(両方ともデパートで買った新人用の入門品)や、防弾シールド(リサイクルショップで売っていた型落ち品)の確認することにした。最後にニット帽を深く下ろして頭の上半分が隠した。


 ンンロは計五つのヘルボムを扉に取り付けてから戻ってきた。


「ンンロは顔を隠さなくていいの?」


 僕がそう尋ねると、ンンロは間抜けを見るような顔をこちらに向けため息をついた。ちなみに今日の彼女は、複雑な模様が描かれた赤黒いノースリーブのシャツの上に、彼女のイメージに合わない色褪せてヨレヨレのロングコートを着ているだけだ。


「あのさぁ、あたしはこの街のトップになるために暴れに来てんのに顔隠してどうすんのさ。逆に聞くけどサボテンはそれで顔隠してるつもり?」

「いやまぁ……ないよりかはマシかなって……」

「ま、どーでもいいけどさ」


 今一度、ビルの外壁にデカデカと描かれている3頭の犬のグラフィティを見上げた。

 これからギャングのアジトに乗り込み、またあんな銃撃戦するのだ。本当に僕にできるのだろうか。そう思うと途端に弱気の虫が出てきて、身体が震えてくる。

 落ち着け自分とつぶやき、腰の散弾拳銃(新地獄人用の入門品)の握り心地を確かめた。先日受け取った小さな拳銃はお守り代わりにコートの内ポケットにテープ止めしている。


 大扉の両脇に分かれて待機。ンンロは左手にリモコン、右手に大型拳銃。僕は両手で防弾シールドの取っ手を握りしめた。


「いい?」

 ンンロが僕を見る。僕は緊張しながらも首を縦に振る。


「3……2……」


 ンンロがリモコンを激しく叩く。

 そして数秒後、周囲を震わす爆発音と煙をまき散らして大扉が木っ端みじんに吹き飛んだ。


 僕は盾の後ろで身体をできるだけ隠しながら突入した。


【5】


 突入した僕を無数の弾丸が出迎え……ることはなかった。


 打ち合わせでは、僕が盾で正面からの弾丸を防ぎながら進み、その間にンンロが適度に敵を撃ち倒し、あとは流れで──「流れってどういうこと!?」という僕の問いは無視された──ということだったので、いささか拍子抜けだった。


「誰もいない……?」

「いたら撃たれてるよ」


 ずかずかと進むンンロについていきながら、明るい室内を見渡した。

 床はきれいに磨かれた白と黒のタイル。白い壁には額に入った絵画やポスターがいくつも貼られている。

 中央は吹き抜けの踊り場になっており、長いポールが3本、2階の天井まで延びていた。

 踊り場の周りには赤いカーペットの上に設置された高級感あふれるソファとテーブルのセットが眠っている。

 途中横に伸びる細長い通路があり、その先にはトイレマークついた扉。地獄人は排泄をする必要がないので、別の目的で使われているのだろう。


 本来ならば賑わいであふれているであろう空間がしんと静まり返っているのは不気味だった。


 僕は盾を背負い代わりに散弾拳銃を構え、適度に柔らかい絨毯に足を取られないように注意してゆっくりと進んでいく。

 踊り場の横を進むと、奥のバーカウンターの両脇に階段を見つけたあった。


 踊り場の上を我が物顔で歩いていたンンロが、素早く階段……ではなくバーカウンターの裏へ回っていった。


 背後を警戒しながらバーカウンターへ近づくと、ンンロが裏にズラリ並んだ酒瓶を吟味しているの見えた。


「へぇー、これ結構高い酒じゃん……」拳銃で器用に蓋を外し「ウェッ、安物に詰め替えてんじゃん。しょぼすぎ」舌打ちを打った。


「ちょっと、ンンロ。今はそんなことしてる暇ないんじゃないの」

「んー」

「ンンロ、聞いてる?」

「んー」

「ンンロ?」

「んー」

「……はぁ、先上見てる」

「んー、おっ、いい酒もあんじゃんね」


 相変わらず人の話を聞いてくれないンンロを置いて、とりあえず上に行くことにした。


 階段は螺旋状になっていて、2階までしかつながっていなかった。


 床は程よい柔らかさの赤いカーペットが敷き詰められていて、天井からぶら下がるいくつかのシャンデリアがより高級感を感じさせた。

 中央の吹き抜けは落下防止の柵で囲まれていて、その周りには下と同じ用にボックス席が連なっている。

 奥には一段高くなっている空間があり、左右を壁で区切られている半個室のようなものが3つ。VIP席だろうか。

 途中、やはり横につながる廊下が中央を挟んで2本あり、トイレの扉に続いていた。

 エリアを一周して回ったが、次の階段が見つからなかった。


 吹き抜けから階下を覗き込み、いまだにバーカウンター内を物色しているンンロに声をかけようとした時、 頭の右横に固いものが押し付けられた。

 

 僕は反射的に銃を床に落として両手を上げた。そして撃たれる前に撃つ選択肢を自分でつぶしてしまったことを悟った。


「おう、サボテン頭ァ! ここで何してんだァ?」

 男の野太い怒鳴り声とともにゴリッと硬いもの──十中八九銃口だと思う──で頭を押された。


「いえ、えっと、落ち着いてください。そうとも言えるし、違うとも言えるといいますかなんといいますか……」

「あー? なにぶつくさ言ってんだ? 俺を舐めてんのか? あぁ?」


 顔を近づけてすごむ相手の口からアルコールの強い臭いがした。声の大きさからしてもおそらく相手は酔っている……。その証拠に頭に突き付けられた固いものが小刻みに震えている。


「あ、お前、もしかして駐車場がめちゃくちゃになってたのと関係あんのか?」

「ええと、それは……あぁ!」


 大声をあげ、左手で向かいを指した。今ので相手に隙ができていることを祈り、両手で頭に突き付けられていたものを奪いに行った。案の定、ソレは銀色の拳銃だった。

 相手は一瞬虚を突かれたようなリアクションもしたが、すぐに反応してきて取っ組み合いになってしまった。


「クソが!」「ぐぅぅ!」

 もつれ合っている中、数発の銃弾が飛び出し絨毯に焦げ跡を作った。


 僕はこれ以上ないほど必死だったが、荒事に慣れていないこともあってか銃口がこちらに向かないように抑えるので精いっぱいだった。

 そして不意に飛んできた相手の頭突きを顔部にもろに受けて、体勢を崩して尻餅をついた。


「おうおうおう、やってくれるじゃねえかサボテン頭ァ! さすがにムカついちまったよ。とりあえず一回死んどくか。なぁ!」


 乱暴に左腕を掴まれ身体を柵に押し付けられたかと思うと、手錠で柵につながれてしまった。

 咄嗟にコートの内ポケットに空いている方の手を入れ、拳銃を掴もうとした。


 銃声が鳴った。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・

 

 目が覚めると同時に跳ね上がる様にして起き上がった。


 僕の右手は、コートの中で拳銃を握っていた。左腕の手錠は鎖が吹き飛んでいて腕輪のようになっている。


 取っ組み合いになっていた相手の姿はなく、代わりに壊された柵と近くのソファでつまらなそうに携帯電話をいじっているンンロの姿があった。


「おはよ。さっき右腕の手錠外すために撃ったんだけど、痛くない?」

「……大丈夫」僕は腕の骸骨模様に描かれたペケ印を眺めながら言った。


「おっけ」

 ンンロは立ち上がって僕に手を差し出した。

「タイマンだったしもう少し頑張ってほしかったけど……最初はこんなもんかなあ」

「ごめん……」

 

 僕は手をとって立ち上がり、近くに落ちていた散弾拳銃を拾った。


「まー、とりあえず飲んどきな」

 と、壺のような形の酒瓶が差し出された。

 受け取って一口飲むと、アルコールの強さにむせた。すぐにカッと身体が熱くなり、涙が出そうになった。


「効くっしょ」

「うん……ありがと」

「んー」


 僕は酒便を返すと、ンンロは水を飲むかのように一気にお酒を飲み干し、空になった酒瓶を投げた。酒瓶は吹き抜けのポールに当たり甲高い音を鳴らした。

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