ンンロとサボテン 8
【0.3】
これはンンロと初めてのカチコミを行った日の夜の会話。
「HELL地獄のスリーアウト制?」
「そ。つまりどんなボンクラでも2回までは無茶できるから」
僕の左腕に刻まれている3つの髑髏タトゥーを指さすンンロ。この前死んだときについた×印は消えている。日をまたぐとリセットされるらしい。
「だけど、首つりとか張り付けとか身動きできない状態で死ぬのは最悪。苦しんで死んで生き返ってもバリアが解けたらまた苦しんで死んで強制労働行きってね」
「なるほど……」
僕はその時のことを想像して身体を震わせた。
「だから一人でバカやるのは相当気合入ってないとできないってこと。まあこの街に来るやつなんてバカばっかりだけどねー」
ンンロは頭の横で指をくるくる回しながら言った。
「だからさー、サボテンも死ぬならあたしがフォローできる位置で死んでよ」
「努力するよ……」
【5-6】
そして僕は今、一人暮らし用1LDK程度の大きさがあるポチの胃の中に閉じ込められており、現在進行形で溶け始めている自分の足を見て焦っていた。
先ほどから、胃液に浸かっている膝より下が電気風呂に入った時のようなしびれを感じており、だんだんと広がっている。
不思議なことに痛みはない。おそらくだけど、僕は痛みを感じない体質になっているのだと思う。理由はわからないし、そんなことを考えている余裕はないはずだが、あまりにも予想外の事態に、冷静になってしまい余計なことばかりが頭に浮かぶ。
僕の身体はどれほど耐えられるのか、なぜあんなごつい見た目の犬(?)にポチという名を付けたのか、ンンロはどうなっているのだろうか、本当に僕はこのまま地獄でこんな生活をしていくのか……。
頼みの綱であるお守り拳銃はポチの胃壁を貫くほどの威力はなく、いくら撃っても傷ひとつ付けることができずただ疲労が募るばかり。
時折胃が大きく動き、そのたびに僕は体勢を崩して胃液に手をついてしまい。胃酸は防刃コートや靴などは溶かさないようだが、僕の肌は例外のようでじわじわと焼いていく。焼かれた肌から緑色の液体が漏れ出している。
何か打開策はないかとスマートフォンのライトで周囲を照らすも、周囲には不気味にうごめく胃壁があるだけ。胃壁の表面はツルツルしていて登ることは不可能。
ンンロだったら何とかしてしまうのだろうが、僕の手にはお守り拳銃一丁とスマートフォンしかない。
万事休す。
これまではただンンロと強運に助けられていただけで、やはり僕なんかにギャングの真似事は荷が勝ちすぎていたのだ。
そんな考えが頭をよぎり、次に早くも悲観思考になる自分に情けなさを感じた。
ここまでやってきてまだヘタれるのか。せめてやれることはやってから死ね。
なけなしの気力を振り絞り、改めて周囲を観察すると、胃壁の一角に拳ほどのイボが生えているのを見つけた。
僕は拳銃とスマートフォンを胃液に落とさないように注意して進み、イボを観察した。
イボはうっ血しているようにどす黒い紫色をしており、胃壁の動きとは異なる動きをしている。
もしかしてこれは弱点なのではないか。そうかもしれないし違うかもしれない。
熟考している時間はない。僕の足はどんどん溶けているのだ。銃口をイボに押し付け、滑って狙いがずれないように注意して、引き金を引いた。
プシュウ!
銃弾がイボに当たった瞬間、頭上から霧状の液体が噴射され、僕の頭に容赦なく吹きかかった。
「うわっ、なに?」
液体を手で拭うと、手に緑色の液体がべっとり付着していた。強酸だ。そう認識したとたんに頭のしびれを強く感じはじめた。
僕の一縷の望みは状況を悪化させるだけだったのだ。
防刃スーツを脱いで頭からかぶり酸から逃れようとしたが、霧はすでに胃の中に蔓延し、僕を溶かしきろうとしている。
僕は全身を覆うしびれを拭き取ることもできず、ただパニックになりのたうち回り早大に転倒してしまった。
そして、なすすべもなくドロドロに溶けていく肉体を目の当たりにして気を失った。
【xxx】
『ようキッド。また会ったな』
ゲームオーバー……ゲゲゲゲームオーバだ……。
暗闇。マスター・サボテン・フラッシュの声。ティー・レップの最後のセリフ。
僕は倒れていて半身が生暖かい液体の中に浸っている。全身から液体が漏れでているらしい。
『まあ、頑張っちゃいるけどな』オーバオーバー……『心気臭えな。変えるぞ』
マスター・サボテン・フラッシュが指を鳴らすと、ティー・レップのセリフが消え、高く力強い女性の歌声が流れ始めた。聞いたことのない言語。不思議と意味は理解できた。
次第に脳みそが冷水を浴びたように冴えてくる。じんわりと身体に力が湧いてきた。
『お前が選んだ道だ』
『大事なのはこれからなにをするかだ』
『お前の”中”には俺たちがいる。安心しろ』
『さあ、現実に戻る時間だ』
僕は液体の中に沈んでいった……。
【5-7】
草の青臭さと花の爽やかな香りを、瞼越しに光を感じた。
「あ、起きた?」
「……ンンロ?」
ンンロがヤンキー座りで僕の近くで座りこんでいて、携帯電話のライトで僕の顔を照らしていた。
「頭ベットベトだけどそれ胃液?」
「ベットベト……?」
頭に手をやると、ネバっとした緑色のゲルが手に付着した。匂いの元はこれだった。
「僕の頭が溶けてるのかも。ところでポチはどうなったの?」
「後ろー」
振り返ると、すぐ目と鼻の先でポチが倒れていた。驚きで心臓が止まりそうになった。慌てて立ち上がってポチから距離をとった。
「のびてるから大丈夫」とンンロ。
ポチの焦点はトロンとしており、半開きの口からは薄緑色の液体が垂れていた。そこから僕の手に付着したゲルと同じ匂いがしてきて、やはりこれは溶けた僕の頭なんだと思った。
僕は大丈夫なのだろうか。自分の左腕を見ると2ペケが付いていた。大丈夫ではなさそうだ。
「サボテンを飲み込んでからもしばらくやり合ってたら急にふらつきだして、目を回したかと思ったらゲロって倒れちゃったよ。あんたが何かやったんじゃないの?」
「いやぁ、うーん?」
イボを撃ったことが功を奏したのか、溶けた僕がポチにとって有害だったのか……。
うめき声のようないびきを鳴らすポチを見ていてふと疑問が頭に浮かんだ。
「ポチにとどめは差さないの?」
「んー? 動物は死なないから」
「あっ、そうなんだ」
「だから動物とヤるときは『こいつには絶対かなわない』って本能でわからせるまでボコすんだよね」
「なるほど……」
「このワン公がどう感じてるかはわからないけどねー」
「えっ、それじゃ、ポチが起きる前に行かない──」
慌てて立ち上がる僕の腕を、ンンロがつかんだ。
「いや、その前に良いこと思いついたんだよね」
「良いこと?」
「そ、耳かして」
「う、うん」僕はしゃがみ込んで横に向いた。
「耳どこ? まあいいや……」
頭に顔を近づけてごにょごにょとささやかれた言葉は、彼女がロクでもないことを考えていることを示唆していた。だけど、断る理由はない。
「分かった。それじゃ取ってくるよ」
僕は早速下に降りるための階段へ向かおうとしたその時、
「その前に服着てから行きなよ。そこら辺に一緒に吐き出されてるから」
「あっ」
指摘されて思い出した僕は、恥ずかしさに顔を赤くしながら、慌てて服と装備を拾い集めに向かった。
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