運命の出会い5 憎悪

 ひびき渡る悲鳴と蔓延まんえんする恐怖。 港町『シャクィア』の中央あたりから火と煙が立ち上っている。 逃げまどう住民達をき分け、アベルは爆発の中心地へ向かった。


「また、あの時の様な事が起きてるのか」


 あの時、燃える村の中で俺は何も出来なかった。 結局はシアンお姉ちゃんの足手まといになっただけだった。

 だが今度こそ、俺は大事な人魔じんま達を守ってみせる! 俺は強くなるんだ!


「うわぁぁん、おがあさーん」「たずげで、死にたくない」


 爆発の中心地では、子どもの泣き声と誰かのうめき声。 瓦礫がれきとなった何かの建物しかなかった。

 敵は、敵はどこだ?


「おい、何が起こったんだ?」


 近くで倒れている魔族に声をかける。


「うう、わからねぇ、急に、何かが…」


「おい、しっかりしろ!」


 魔族は気を失っていた。 どうなってる?


 ドドオォーン……


 また爆発音だ。 今度は港のほうから。 しかもかなり大きかった。 移動しているのか?


「ちぃっ、めやがって」


 全く姿を見せない敵に苛立いらだつ。 いったい、敵は何者なんだ?


 □


 長い坂道を下り、港にたどり着いたころには、ボコボコに変形した地面と、燃える船着場ふなつきば、そして多くの煙におおわれていた。

 視界が悪い。 すでに退避たいひした後なのか、人魔じんま達は見えないが、敵の姿も見えない。 闇雲やみくもに探すしかないのか。

 いや、発砲音が聞こえる。 近い! 煙を抜け、用心しながら音のする方へ向かう。

 煙の向こうで巨大な何かが、車ほどのスピードで去っていくのが見えた。


「あっちは倉庫のはずだけど」


 港には、商品などを一時保管する場所がある。 だが、あのデカイやつが向かったのは資材を保管するコンテナ置き場だ。 あんな所に何の用があるんだ?

 コンテナの角ごとに慎重しんちょうに見回し、次に進む。 急に静かになった。 どこにいる?

 五つ目の角を曲がり、次の角へ進もうとした時、デカブツはアイツと共に現れた。


「ごきげんよう! 少年。 お久しぶりです。 かね」


 ほがらかな笑顔で、仰々ぎょうぎょうしい身振りで挨拶する、白衣の男。

 コイツだ。 コイツがシアンお姉ちゃんを殺し、連れ去った男だ! なんで、こんな奴の事を忘れていたのか。


「てめぇ! 降りてこい!」


 男はコンテナの上から、ゆったりとこちらを見下ろしている。


「はーはっあ、ご冗談を。 ボクも無駄に斬られたくはないのでね」


 相変わらずムカつく喋り方だ。


「本日の相手はこちらのガラクタで、ございますればっ!」


 男は司会者がゲストを呼び込むように、両手をかざす。 なるほど、誘い込まれたというのか。 建物の三階くらいの大きさの、ガラクタと呼ばれた両手両足の機械兵器が動き出す。


 ウイィィーン…

 右腕に取り付けられた円形に連なった筒状の武器、たしか機関砲〈ガトリングガン〉だったか。 それが回りだし、アベルの方へ狙いを定める。 アベルは咄嗟とっさに横に飛びのく。

 バリバリバリバリとけたたましい音が鳴り、アベルの元いた場所は穴ボコへと変えられた。

 あんなもの、まともにくらったらあっという間に穴だらけだ。


「こちらのガラクタ。 名前は、えー、AG-7エージーセブンとでもしましょうか。 ひゃーはっはっはぁ」


 白衣の男は、笑いながら悠長ゆうちょうに説明を始める。 聞いてねえよ。


「こいつは、化学開発部門かがくかいはつぶもんがボクに嫌がらせで送ってきた骨董品でね」


 こいつが喋っている間に死角から近づけないものか。


「ただのガラクタだったものを、せめてボクの手で、オモチャくらいにはなるように、改っ造してあげたのでーす」


 白衣の男は自画自賛じがじさんするように前髪をかき上げる。

 アベルはコンテナとコンテナの間を走り抜けるが、常にあの機械兵器に見られていてすきがない。


「ガラクタの中心部、胸あたりの所に白いまゆが見えますでしょう? あればガラクタを動かす核でして、よりニンゲンらしく、滑稽こっけいに動けるようにいたしました」


 作品紹介に熱が入ったのか、興奮気味に語っている。


「逆に言えばぁっ、核を攻撃されればオモチャはガラクタ以下になるのですがね」


 ひゃーはっはっは、と白衣の男は手を叩き、ムカつく笑い声を飛ばしている。

 ポンッと空気の抜ける音。 少し間が空いて、アベルの隠れていたコンテナ周辺が爆発と共に吹き飛ぶ。 あんな武器まであんのかよ。


「では、開幕といきましょう! おおっと、忘れるところでした。その前に大宝玉『過去の過ち』をお貸ししましょう」


 やっぱりお前が持っていたのか!

 男は手のひらサイズの玉をこちらに放り投げる。


「元々シアン姉さんのだろう!」


 一瞬、白衣の男の顔がこわばったようにみえた。


「…まあいいでしょう。 今は貴方あなたがもっていた方が良い。 それだけの事です。 あぁ、そうそう、別に体に取り込む必要は無いので。 念のため


「姉さんはどこにいる!? 生きているのか!」


 再び、白衣の男は高笑いを始める。


「はーはっはあー、そうですねぇ、そこのガラクタを倒せたら、お教えしましょーう。 千辛万苦せんしんばんくの真実を知りたければ、ですがね。 それでは、また。 ひー、はっはっはぁ!」


 まてっ、と立ち去ろうとする白衣の男を止めようと体を前に乗り出す。 が、急に首元をつかまれた感触がして、後ろに放り投げられた。

 と、次の瞬間。 アベルのいた場所に〈ガトリングガン〉がばらかれる。 危うくミンチになるところだ。


「よお、待たせたな」


「ダイツ!」


 トカゲ男のダイツが救援に来てくれたらしい。


「あの男が村をおそった奴なんだな?」


「ああ、そうだ。 あいつがシアン姉さんを!」


「…よし、まずはあのデカブツを何とかするぞ!」


 機械兵器AG-7は再びふたりの方へ武器をかまえる。


「ダイツ、あの正面のまゆが弱点のようだ」


「わかった」


 ダイツは魔法を唱える。


「〈エルケラファ〉!」


 魔法で作られた巨大な氷の槍は機械兵器に向かって、真っ直ぐ飛んでいく。

 しかし、そのまま突き刺さると思われた槍は、まゆのまえできりのように消えた。


「ちっ、聖銀せいぎんか」


「聖銀?」


「簡単にいえば、魔法効果を弱める素材だ。 それがあのデカブツに使われている。 見たところ使われているのは胸部だけのようだが」


 機械兵器の〈ガトリングガン〉がうねり出し、銃弾をばらく。

 ふたりは飛び退き、相手を攪乱かくらんするべく別の方向へ走った。 次のコンテナに隠れようとした時、コンテナは目の前ではじけ飛んだ。


「左腕にも気をつけろ! あれは〈グレネードランチャー〉だ。 連発は出来ないが、効果範囲が広い」


 町を吹き飛ばしたのはあれか。


「アベル、俺がおとりになる。 そのすきまゆを攻撃するんだ」


「でも!」


 そんな危険な事、


「俺を誰だと思っている? 攻撃を防ぐくらい、どうって事ないさ。 それにあのまゆにはお前の剣の方が有効だ。 出来るか?」


「…わかった」


 よし、いくぞ。 とダイツは機械兵器の前に飛び出し、魔法で氷の壁を作り出す。


「〈ケラファ〉!」


 ダイツに向かって〈ガトリングガン〉を振り向けた瞬間、ダイツは機械兵器の足元に氷を張り、足止める。 が、機械兵器はすぐに〈ガトリングガン〉で氷を壊した。

 しかし、それこそがダイツの狙いだった。 巨大兵器は下を向き、無防備な状態をさらしている。


「もらった! 〈エルケラファ〉!」


 二つの鋭い氷の槍は、今度こそ、機械の肩の関節部に入り、胴体から右腕の〈ガトリングガン〉をもぎ取る事に成功した。


「今だ! アベル」


「うおおおお!」


 合図とともに飛び出したアベルは、半壊した機械兵器に向かって、剣を正面にかまえ走り出した。

 しかし、ほんの数秒、機械兵器が体勢を立て直す方が早かった。

 ポンッ。 機械兵器は残された左腕をアベルに向け、〈グレネードランチャー〉を放った。


「遅い!」


 刹那せつな、アベルは〈グレネードランチャー〉の弾を斬る。 一瞬の光が視界をうばい、アベルの体は爆炎ばくえんに包まれた。


「アベルぅー!」


 ダイツは焦った。 魔族の体ならあの爆発も耐えられるだろうが、人族のアベルには無理だろう。 ダイツは自身の無能さをのろった。 シアンに続いて、アベルまで失うのか。 シアンやヘカテにどんな顔をすればいい?

 ダイツはアベルを認めていた。もう一人前の男だと。 だが、それでも過小評価していた。

 爆炎の中から、あわい紫の光をまとって、アベルは現れた。


「でいやああああ!」


 アベルは機械兵器に向かって飛び、白いまゆを剣で勢いそのままに突き刺した。


 ぶしゅうううう……


 白いまゆから、赤い液体が勢い良く飛び散る。 こいつ生き物だったのか?

 まゆは機械からがれ落ち、機械兵器は完全に動かなくなった。


「やったな、アベル」


 ダイツはアベルの肩を抱き寄せる。


「ああ、俺、守れたん、だよな?」


「ああ、良くやった」


 ダイツはアベルの頭をポンッと叩く。

 やった、俺、強くなれたんだ。 シアンお姉ちゃん、俺、守りたい人魔じんま達を守れたんだよ。 思わず涙がこぼれる。


「一瞬ヒヤヒヤしたがな」


 ガハハと豪快ごうかいに笑うダイツ。


「シアン姉さんが守ってくれた、そんな気がしたんだ」


「そうか、そうかもな」


 この場を離れようとした時、まゆほどけるように消え、中身があらわになった。


 ……そこに入っていたのは、そこにいたのは、俺達も知っている者だ。 今朝も見ていた、血塗ちまみれになったアジーナだった。


「おばちゃん! アジーナおばちゃん! そんな…、俺は、まさか」


 警報音と、複数の足音が聞こえる。


「アベル、ひとまずこの町を去ろう。 あの白衣の男は軍関係者なんだろ? このままでは俺達が犯罪者にされちまう」


 項垂うなだれるアベルを引きづり起こし、ダイツはこの場を後にする。


 □


 一時間後、アステシアは警備隊けいびたいに教会へ呼び出された。

 そのあまりの惨状さんじょうに胃が逆流する。


「オ、オエェェ」


 教会の一室で、母と思われる女性はズタズタに切り刻まれ、体の一部は損壊そんかいしていた。


「母さん、ああ、お母さん、なんで、いやあああああぁ!」


 アステシアは母の変わり果てた遺体に抱きつき泣き叫ぶ。


 コツ、コツ、と足音ともに白衣の男が部屋に入ってきた。


まことに残念です。 まさかお父様に続き、お母様まで、こんなことになろうとは」


 今朝会った人だ。


「ボク、我々も全力で犯罪者を探しています。 目撃者の証言によると、犯罪者は魔族と人族ひとぞくのふたり組で、人族の方は十代始めぐらいの黒髪の少年だとか」


 アステシアの肩がピクッと動く。

 白衣の男は後ろを向き、ほほり上げた。


「お辛いでしょうがっ、もし心当たりがございましたら、後ほど、お教え下さい」


 白衣の人は、また部屋を出ていった。


 まさか、そんな、やっぱり、


「…お父さんとお母さんを殺したのはアベル、アベルがお父さんとお母さんを殺した。お父さんとお母さんを殺したのは…あはっ、あははっ、あひゃはははははは…」


 アステシアは目を見開き、壊れたように笑い続けた。

 鼻と口、そして目から、大量の液体をこぼして。


 運命の出会い 終

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魔王戦記 ゆずかぼちゃ @iwasirasu

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