運命の出会い4 仮面

 ダイツは正直なところ、焦っていた。

 港町シャクィアに着いて一年目はアベルの回復と土地に馴染なじむ為に使った。 それは問題無い。 ただ、残りの三年間は大した情報も得られずにいた。 情報集めに長い時間をけるのは珍しい事では無いが、余りにも情報が足りなさすぎる。


「あそこまで派手に動いて何故だ」


 思わず愚痴ぐちをこぼす。 人族ひとぞくの軍隊が魔族領まぞくりょうに入れば大事件になっているはずだが、全く情報が入ってこない。

 入った情報で気になるのは、フリュギア帝国という小さな国が、あっという間に大きくなり、今では人族の土地のほぼ全域を支配している事。 そのさい、ほとんど争いも起きなかった事。 くらいか。


「恐るべき情報統制なのか、はたまた未知の化学の力なのか…」


 世界の変化に改めて身震みぶるいする。 村の襲撃事件しゅうげきじけんは、更に大きな事件の序章に過ぎなかったのでは無いか、と。

 ドオオーン……

 …悪い予感に限って当たるものだ。町の中央あたりから爆音と煙が登る――


 □


 アジーナ食堂、昼休憩。 いつものようにアジーナに買い出しを頼まれたアベルは、海浜公園かいひんこうえんへサボりに、じゃなかった、迷子になりに来た。

 海浜公園はカップルや家族のいこいの場として人気であり、アベルには関係無さそうだが、アベルの目的はその先、森林とお気に入りのがけの場所。 そこなら誰にも邪魔されずに剣が振れる。

 そういえば、アステシアもおつかいでこの先の丘に行ったんだっけ。 少し様子を見に行くか。 なんて事を思っていたら、


「きゃああああ」


 森の入口あたりから、女の悲鳴が聞こえた。 アベルは咄嗟とっさに腰に下げたショートソードをにぎり、駆け出した。 シアンお姉ちゃんが頭によぎる。 もう、あんな体験はごめんだ。


「この、急に大声だしやがって」


 駆けつけた先にいたのは、座り込んでいる女と、人族ひとぞくの……子供?


「アクマめ」 「仲間を呼んだって無駄だぞ」


 少女? に向かって子供達は石を投げている。


「ふえぇ、痛い、ですぅー」


 やはり、止めるべき、だろうなやっぱり。


「おい、何やってるんだ。 嫌がってるだろ」


 子供達の一人の腕をつかみ、制止せいしする。


「なんだよ、お前。 人族のくせに、邪魔すんのか?」


 人族でも魔族でも関係ないだろ。


「これはせいぎのてっついだ」 「悪いアクマは倒さなきゃって母ちゃんが言ってたぞ」


「悪いアクマって、そいつが何かやったのか?」


 少女? は膝に顔を隠して、頭に両手を置いたまま、


「わたしは、何もやってませぇんー!」


「うそつけ! 俺たちの後ろをつけて来て、急に近づいて来たと思ったら、なんか、はぁはぁしてただろ」


「ふしんしゃだ!」 「痴女だ!」


 うーーーむ。


「ご、誤解ですぅー」


 少女? の声が完全に泣きモードになっている。


「ま、まあ、もう気も済んだろ。 さっさと、家に帰れ」


 わざと低い声でにらみつける。


「ちっ、もうつけてくんなよ」


 子供達はぶつくさと文句を言いながら、去っていく。


「じゃ、じゃあ、お前も気をつけて帰れよ」


 俺もさっさとこの場を去って、本来の目的地に行こう。 としたが、腕をガッとつかまれた。 物凄ものすごい力で。


「置いてかないでぇ」


 …少女はフリルの付いたヒラヒラスカートに、薄いピンク色した服の胸元には黒い小さなリボン、袖は手首くらいの所でやはり黒いリボンでキュッと締められている服を着て、 頭は薄い緑髪みどりがみを丁寧に三つみに編み込まれている。

 こういうのをなんて言うんだっけ。 たしか、ガーリーなんたら。

 …いや、現実逃避はよそう。 少女の顔には、半分笑って半分泣いていて、ヘンテコな化粧をしたピエロみたいな仮面をしていた。


 俺は今、まさに不審者に捕まったのかもしれない。


「俺、おつかい頼まれてるんで! めっちゃ急いでるんで!」


 ダメだ、1mmも進まねぇ。 これだけ力あれば、子供達から逃げられただろ。 むしろ子供達が逃げた、のが正解だったか。


「腰が抜けてぇ、動けないんですぅー。 このままじゃ、またイジメられちゃいますぅー。 今度は、その、えっ、えっちぃなコトとかされちゃうかも。 だから、見捨てないでぇー!」


 今にも泣き出しそうな声で、懇願こんがんしてくる。 大声を出すなよ。 野次馬どもが痴話喧嘩かと勘違いして集まって来始きはじめただろ。


「わかった、わかりましたから。 えーっと、アクマさん、でしたっけ?」


 すると、突然、


「ひどい、ひどいですぅー」


 と、仮面の少女はわんやわんやと、「ひどい」を繰り返し、目元、と思われる場所に手を置く。 たぶん泣いているのだろう。 泣きたいのはこっちだ。


「俺、何か悪いこと言いました? 謝りますから、許してくれよ、なっ?」


 仮面の少女は、ふぎゅう、ひっく、と嗚咽おえつらしながら、


「アクマとは、魔族の蔑称べっしょうですぅー。 逆に人族ひとぞくはニンゲンて呼ばれま、ひっく」


「そう、それはすみませんでした。 じゃあ、キミの名前は?」


他者よその名前を聞く前にぃ、自分から名乗るものですよー?」


 えろ、耐えるんだ、俺!


「…俺はアベルです。 それで、お名前は?」


「わたしぃ、バーロルっていいますぅ。 よろしくね☆」


 えへへっ、と言いながらスカートのすそつかんでいる。 もちろん、もう片方の手で俺を拘束こうそくしながら。


「えと、バーロル、さん?」


「バーロルでいいですよぉ」


「バーロル、その仮面はいったい?」


 ずっと気になっていた仮面についてやっと聞けた。


「コレがないとぉ、そ、その、恥ずかしくってぇ、町なんて歩けません」


 モジモジしている。 恥ずかしがっているのだろう。 たぶん。


「アベルくん、アベルくんはぁ、優しいんですね」


 急にどうした?


「だってぇ、みんなわたしの仮面みたら、逃げ出しちゃいますからぁー」


 逃げ出したいけど、逃げられないだけなんだがな!


「うふふ」


 笑っているんだろう。 たぶん。


「ふう、だいぶ落ち着きましたあ」


 バーロルはゆっくりと立ち上がった。

 ん? 格好かっこうと言動から、もっとおさないと思っていたけど、俺と同じくらいの身長があるぞ。


「アベルくん、アベルくんはぁ、おいくつなんですかぁ? …そう、十三歳なんだぁ。 じゃあ、わたしの方がお姉さんですねぇ。えへへ」


 喜んでいる、ってもういいか。

 ぐぎゅるるる~


「うう、はずかしぃー、ですぅ」


 バーロルは腹を押さえる。 何の音かと思ったら、腹の音か。


「おなかがへって、もう動けませぇーん」


 バーロルはまたしても、へなへなと座り込んだ。 俺の拘束はいまだにかれていない。

 仕方ない、アジーナ食堂に連れていくか。


「俺の住んでいる所が食堂なんだ。 来るか?」


「わあ、素敵すてきですねぇ。 ぜひ行かせてくださぁい」


 バーロルはやっと俺の手を離し、両手を前に突き出す。 やっかいな『お姉さん』だな。

 へたるバーロルをおんぶして、アジーナ食堂へ向かう。

 ――周りから、拍手と歓声が湧き出した。


「いいぞー兄ちゃん!」 「もうカノジョを泣かすんじゃないよー!」


 そうだ、野次馬が居たんだった。

 拍手と指笛の中、公園を後にする。 …アステシア、ダイツ、アジーナ、だれでもいい、助けてくれぇー


 □


「あれ? お母さんも居ない」


 アステシアはアジーナ食堂のドアを開けたが、そこにはだれも居なかった。


「どこか出かけているのかな?」


 アステシアにとっては、むしろ都合が良かった。 今お母さんの顔を見たら、泣いてしまいそうだから。

 カウンターチェアに座り、今朝の事を思い返す。

 白衣着た人の言う事を信じるなら、お父さんは四年前に魔族の村に居た、人族に殺された事になる。 それも平和のために働いていたお父さんを。

 アベルとダイツさんは、四年前に北の魔族の村から来たと言っている。

 アベルは、ハッキリと覚えていないとも言っていた。 もしも、ダイツさんに嘘の記憶を覚えさせられていたら、アベルの言った事が全て間違った記憶だったら…。

 ううん、ダイツさんはお母さんも認める良い魔族だし、アベルだって、お父さんを殺す理由なんてないじゃない。 私、ホント何考えてるんだろ。 ちょっとでもアベルを疑うなんて、どうかしてる。

 うん、きっと何かの間違い。 ただの偶然よ。 よし、今日は特別アベルに優しくしよう。 格別かくべつに甘やかしてあげよう。

 気合いを入れて、ほほをパンっと叩く。


 ガチャッ


「おお、アステシアも帰っていたのか」


 とびらが開いて、ちょうどアベルも帰って、ん? 誰かおんぶしてる?


「アベル、その女の人? って?」


 アベルはきょろきょろしながら、


「ああ、子供達にからまれてる所を偶然ぐうぜん見つけてな。 腹をかせてるみたいなんで、連れてきた」


「ふぎゅう、もう一歩も歩けない、ですぅ」


「バーロルは、一歩も歩いてないだろ」


「えへへぇ、そおでしたぁ」


 やっぱり、アベルは優しい。 全部私の勘違いだったんだ。 …知らない女の子連れて帰って、すでに仲良さそうなのはモヤッとするけど。


「アジーナおばちゃんは留守るすか」


「簡単なもので良かったら私が作ろっか?」


「おおっ、じゃあ、俺のも頼むよ」


 アベルは女の子をテーブル席に座らせる。 なんか距離が近いな。 アベルもなんで、見つめあっちゃってるのよっ。 女の子は仮面着けてるから、見てるかわかんないけど。

 むかむかっ。さっき優しくしようと決意したばかりなのに、もう邪魔したい気持ちでいっぱいだ。 こうなったら、私の手料理で挽回ばんかいしてみせる!

 それはそれとして、


「アベルも手伝って!」


 引き離しはしておく。 一応いちおうね。


 □


「あの子、何者なの?」


「さあ? 魔族らしいけど。 名前はバーロルで、仮面は恥ずかしいからなんだって」


「余計に目立ちそうだけど」


 厨房から、客席に聞こえないようにコソコソと話す。


「ねえ、ホンっトにさっき知り合ったんだよね?」


 ずいぶんと仲良さそうだけど。


「当たり前だろ。アス…、あーいや、あんな不思議な子、知り合いにいないよ」


 ふーーん。 まっ、信じてあげますか。

 アベルったら、ホントお人好しなんだから。 まあ、そこが、魅力の一つでも、あるというか、っなんて。


「アステシア! 焦げてる! 焦げてる!」


 きゃあああ、やらかしてしまった。 せっかくの手料理作戦がっ。


「でもさっ、どうやって食べるの? 仮面着けたままで」


 ひとまず無かったことにした。


「……さあ?」


 心配だなあ、アベル、変な子にだまされなきゃいいんだけど。


 …………


「『特製オムライス焦がしカレーソースがけ』です…」


 バーロルの前に料理を置く。


「(コソコソ )焦げただけだろ」


 余計な事を言うアベルをひじで突く


「わあ、美味おいしそうですねぇー」


 バーロルはスプーンを取り、仮面の下を手に持つ。


 ゴクリ……

 アベルとアスタシアは思わず生唾なまつばを飲んだ。

 ついにナゾの食事姿が明かされる! はたして仮面の下にはどんな素顔が隠されているのか!?

 ひょいっ、パクっ


「んー、美味しい、ですぅー♡」


 えっ? 今のって?


「(コソコソ)ねえ、見えた?」


「(コソコソ)いや、見えなかった」


 バーロルは凄まじいスピードでスプーンを口に運び、仮面をめくった瞬間さえ見えなかった。 本当に何者なのこの子?


 ドオォーン……


 突然、爆音と衝撃しょうげきが店内をふるわせる。


「え? なに?」


「アステシア! その子を頼む!」


 アベルはすぐさま外へけ出した。


「ちょっ、ちょっと、アベル、まって…」


 だが、アステシアの手は届かなかった。

 嫌な予感がした。 アベルが遠くに行ってしまう、もう、アベルに二度と会えないじゃないか。 そんな気がした。

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