運命の出会い3 親と子

 翌朝、アベルはダイツに稽古けいこをつけてもらっていた。その稽古の内容は、


「うおおお!」


 ダイツは魔法で氷のつぶて〈ケラファ・カタン〉を投げつけ、アベルが剣ではじき落とすというものだった。


「でいやあああ!」


 ダイツが投げた六つの氷のつぶては、アベルを狙ったもの以外にも、あえて全く違う所にも投げたが、アベルはすべて弾き落とした。


「やるじゃないか」


 これにはダイツも素直に感心する。


「じゃ、こいつはどうかな?」


 ダイツは氷のつぶて〈ケラファ・カタン〉を先程さきほどの三倍、十八のつぶてを二倍の速さで投げつける。


「うわあああ!」


 流石に受けきれなかったか、何発かアベルに被弾し、尻もちをついた。


「人族の武器はこんなもんじゃないぞ!」


「わかってる! もう一度だ!」


 そう、もうの俺じゃない。あの時シアンお姉ちゃんを守れなかった俺では。


 ダイツは再び魔法を唱える。

 始めシャクィアに着くまでは全く反応の無いアベルをかついで、シャクィアに着いてからも一年間感情を出さないアベルのあつかいに、どうしたものかとあわてふためいたものだ。 だが、なんだかんだと13歳になるまで成長したアベルに特別なモノを感じる。


「…こいつが母性、いや、父性てやつかな」


 ダイツはぽつりと独り言を言った。アベルは順調に育っているぞ、シアン。


「何か言ったか? ダイツ」


「まだワキがあめぇって言ったんだよ」


 連射する氷の中に緩急かんきゅうをつけて投げつける。アベルは見事に引っかかり、アベルの後ろの的に当たる。


「くそっ、もう一回だ」


 実際には緩急つける武器は無いと思うが、これも勉強だと思うんだな。 ダイツは顔に出さずにくっくっと笑った。


「精が出るねえ」


 食堂の女主人、アジーナがパンとミルクを持って見物に来た。一時休憩だ。アベルはアジーナの元へ行き、


「ありがとな、おばちゃ…」


 アジーナはギロリとアベルをにらみ、顔がみるみる悪鬼のようになる。


「お、お母さん」


 アジーナは満開のひまわりのような笑顔になり、アベルにパンとミルクを渡す。 おっかねぇ。 アステシアが表情ころころ変わるのは親譲りなのかもしれない。


「いつもすまないな、主人しゅじん。 それでまたしばらく留守にする事になるが…」


 ダイツは一週間ほど居ない時がある。 情報集めのためだろう。


「ああ、アベルの事は任せな。 アステアもなついてるし、いつまでも居ればいいさ」


 相変わらずの肝っ玉ぶりに感謝かんしゃする。

 アベルはふといた違和感を口にした。


「そういえば、アステシアは? 朝から見かけないけど」


「丘の所まで使いにやってるよ。 出張サービスってやつさ」


 どうりで今日は静かな訳だ。 いつもなら稽古の見物に来ていて、アベルがやられるたびに「きゃあ」やら「ひゃあ」やら悲鳴を上げている。


「そうだ、ダイツ。 昨日アステシアと話した時に思い出したんだけど、あの時、シアン姉さんを助けに行った時、兵士にまぎれて――の男が」


 くそっ、肝心な所で頭にモヤがかかる。あの男の声が、特徴が、思い出せない。


「ゆっくり思い出せばいいさ」


 パンを頬張ほおばりながら、ダイツはポンとアベルの頭に手を置いた。思い出せないのはそれだけじゃない。 村の日常、村の住民の名前も思い出せなくなっている。たった四年前の事なのに。そのうちシアンお姉ちゃんの事も忘れてしまうんじゃないか、そう考えるとふるえが止まらなくなる。


他者たしゃの事に詮索せんさくするつもりはないけどねえ、わたしゃ、やっぱり争い事は嫌いだね。 人も魔も、生きてりゃ良い事、悪い事いろいろあるもんさ」


 普段歳を感じさせない美魔女アジーナの顔にややつかれを感じた。 アジーナにもアジーナの人生ひとせいがあるのだろう。

 だが、アベルにはアベルのやることがある。 シアンお姉ちゃんの仇。ダイツによれば、村には誰も残っていなかったと言っていたが、俺はうっすら覚えている。

 意識が無くなる直前、あいつは確かに笑っていた。あいつは必ず生きている。 よく分からない事だらけだが、何かしらの力であいつはシアンお姉ちゃんを連れて消えたんだ。

 必ず見つけ出して、あいつを殺す。 あいつを殺して、その後は、そのあとは――

 その後は殺してから考えたらいいか。 考えるのは苦手な俺と違う、ダイツやヘカテが良いようにしてくれるはずだ。

 アベルは再び強く心に復讐ふくしゅうを決意した。


 □


 時間は少し戻り、アステシアが母アジーナの使いで、食事の入ったバスケットを持って、依頼主に届けに行く途中。

 シャクィアの町には町の防災のため海浜公園かいひんこうえんとその奥に天然の森林があり、その更に奥には小高い丘がある。 丘近くには国境警備の為に長く伸びた軍のとりでがある。 アステシアの届け先はその砦近くだ。

 バキっと音がして、アステシアは立ち止まった。

 ドグシャッ、ずでーんごろごろ。 まさにそんな擬音ぎおんが似合うほど、上から、おそらく木の上から何かが落ちてきた。 その落ちてきた何かは草藪くさやぶのそばでピクピクしている。 あれは人だ!


「あ、あのっ、大丈夫ですか?」


 音からして、首の骨折れてそうなほど派手に落ちてきたけど、大丈夫なのかな? グロいのは苦手なんだけど、でも心配だし⋯


「いーやはや、まさか木が折れるとは、この世界は、実にっ、不運にっ、満ちてますねぇー」


 男の人はスパッと起き上がりこちらを向いた。 演劇の人なのかな? まあとりあえずは大丈夫みたいだけど。 にこやかな笑顔で言っているけど、目はうつろで、闇のように深く黒く吸い込まれてしまいそう。 まるで、初めて会った時のアベルみたいだ。


「やぁれやれ、おかげで助かりました。 貴女あなたには深く感謝申し上げます」


 男の人はまるで舞台俳優が最後に観客にお辞儀するかのように、大層たいそうな身振りで礼をした。 やっぱり頭強く打ったんじゃ…


「わっ、私はなにもっ」


 アステシアも男に負けないくらい、体の前に腕を突き出して、手を激しく振った。


「いーえいえ、貴女がここを通らなければっ、誰にも気付かれずにぃさびしく死んでいたでしょう」


 男の人は目元にハンカチを当て、泣いている演技をしている。 そんな、大袈裟おおげさな。 とも言えないか。 確かに町から離れているし、歩いて通る人魔じんまはまずいない。 通るのは軍関係者の車か農家のトラックくらいか。道路からやぶの向こう側は、ぱっと見ただけでは気付かないかもしれない。

 となると、少し気になる事がある。


「あのぉー、この近くの人、なんですか?」


 白衣に双眼鏡を首から下げている男の人。 軍の関係者には見えないし、そもそも軍の関係者なら、なんで木に登っていたんだって事になるし、当然、農家には見えない。 残るは世捨て人か、まさか不審者っ!? いやいや、普通に演劇の練習している俳優さんかもしれないし。 うーん。


「ああ、コレですか」


 男の人は首から下げた双眼鏡を手に取った。 気になるのはそこじゃ無かったんだけど、それも気にはなってたし、ついでに聞いておこう。


「ちょっと、こうやって町の方をのぞいて、あぁいやいや、そんな変態を見るような目で見ないで下さい。えぇと、トリを探していまして 」


 トリ? トリって鳥の事だよね。


「そのようなものです」


 うーん、みょうな演技のせいでイマイチ信用出来ないんだけど、私もおつかいあるし、これ以上は足を止めていられないか。


「じ、じゃあ私はこれで。 一応お医者さんに見てもらったほうがいいと思いますよ」


 特にアタマを。


「えぇえ、貴女もお困りの事が有りましたら、お声をかけて下さい。 そこで働いていますので、大抵たいていはこの近くにいますよぉ」


 男の人がそこと指さしたのは、砦の方だった。


「もしかして、軍の関係者のかたなんですかっ!?」


 かなり意外だったので、変な声でちゃった。


「あの、お父さん、コイオス・ディオーンを知りませんかっ?」


 お父さんは四年前、ちょうどアベル達が家に来た後ぐらいから、連絡が取れていない。 そのせいか、お母さんは普段はいつもと変わらないが、時々つかれたような顔をしている。


「なんでもいいんです。 もし、知っている事があれば教えてください!」


 通常、軍関係者の居場所、所属、任務など軍の機密きみつ情報は家族や親戚しんせきでも教えられない。 たとえそれが事務職でも同じだ。だから、一縷いちるの望みをかけて聞いてみた。


「そうですねぇ、助けて頂いた恩もありますしぃ。 コイオス・ディオーン、コイオス···、あぁ、思い出しましたよぉ」


 やった、これでようやくお父さんの手がかりが手に入る! お母さんも安心するだろう。


「あれは、四年くらい前でしたねぇ。 とある魔族の村に調査ちょうさへ向かった時です。 そこに一人の人族がいたのですが、突然気でもれたように暴れだしたのです」


 アステシアは固唾かたずを飲んで先をうながす。


「その時に、その、大変言いにくいのですが、彼は、ボクをかばって、ああ、なんという悲劇でしょう!… お気の毒です。彼はまさに英雄でした」


 そんな、まさかそんな。 胸の奥が鷲掴わしづかみされたようにキュッと苦しくなる。


「で、でもっ、それだと死亡通知がとどくはずです!」


「非常に重要で特別な秘密の任務だったのです。 人族ひとぞくと魔族の、平和の為に。 それだけに残念ですが。 この事を公表すればっ、戦争にも、なりかねません。 それゆえ秘匿ひとくとされましたぁ」


 じゃあ、お父さんは本当に…


「大変申し訳ないのですが、このことは誰にも秘密でお願いしますよお。 国際情勢こくさいじょうせいにも関わる話、ですから」


「その、魔族の村の場所って…」


 四年前、魔族の村。 アベルが北の魔族の村から来たのも四年前。 ただの偶然だ。 そうに違いない。


「それは、さすがに、お教えできませーん。 ボクにも守秘義務しゅひぎむがっ、あるのでね。 今回はあくまで特別です」


「そうですか…」


 身体中の力が抜けて立っているのもつらい。 お母さんにお父さんの事伝えるべきかな? でも、今は私自身受け止めきれない。


「いろいろ教えてもらって、ありがとうございました」


「お役に立てたよぅで、なによりの光栄こうえいです」


 大袈裟おおげさなお辞儀をして砦の方へ去っていった。


 お父さんは本当に死んだのかな? それももしかしたら···、いやいや、アベルの話とも大分だいぶ違う。 それにアベルにそんな事出来るわけない。 アベル嘘つくの下手だし。 きっと、偶然似ているだけか、 あの人の勘違いだろう。 おっちょこちょいぽかったし。 そうだ。 きっとそうだ。


 そういえば、あの男の人の名前、聞くの忘れたな。

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