運命の出会い2 その後の話

 あの日の事、シアン姉さんの事。 淡々たんたんと語る俺に対して、アステシアは時々あいづちを打ちながら、聞き役にてっしてくれた。

 あの日、シアン姉ちゃんが倒れた後、視界が真っ白になり意識を失った。 そのせいか、村の出来事や、その後どうやって港町『シャクィア』に来たのかハッキリと覚えていない。 だから正確にはダイツから聞いた話になる。 自分の事なのに他から聞いた話とは奇妙な気分だ。


 □


 村をおおう程の光が消えた時、村をおそった兵士も、船も居なくなっていた。 瓦礫がれきの山となった村の奥にいたのは、ただ1人アベルだけだった。 村の住民や、兵士の死体、その中にはシアンもいたはずなのだが、全て無くなっていた。

 ダイツは警戒けいかいしながら瓦礫を登り、シアンの家があったであろう場所でアベルを見つけた。始め、あまりの惨状さんじょうにアベルも生きてはいないと思っていたが、どうやら気を失っているだけのようだった。

 ダイツはアベルを抱え上げ、避難している森まで行こうとした。 が、他の村の住民も安全と判断したのか、ゆっくりと瓦礫のふもとまで戻って来ている様だった。

 生き残ったのは、ダイツとアベルを含めても十名ほどだった。 皆、暗く打ちひしがれていた。 無理も無い。 誰がこの惨状さんじょうを予想出来たと言うのだ。

 集団、というには少なすぎる中に小さな影、ヘカテがいた。 ヘカテの両親も行方不明だが、泣かずによくえている。 泣く元気すら無いのかもしれないが。


「アベルは――、良かった、アベルも無事だったんだね」


 悲しみを隠すようにヘカテはダイツに話しかけた。


「ああ、そのようだ。 アベルめ、こんな状況だってのに、よく寝てやがる」


 ダイツもこれからの不安を誤魔化ごまかためにヘカテの話に乗った。


「ふふ、いい寝顔ね」


 ヘカテはアベルの顔を指でつついた。


「…これからどうなるのかな?」


 ヘカテはふと不安を吐露とろした。ダイツは思わず黙り込んでしまった。 ええい、魔族軍元参謀さんぼうがいつまでクヨクヨしているつもりだ。 参謀は常に冷静で先を見つめ、道を示さねばいけない。


「私、皆のお墓作っててあげたいな」


 悲しみにれる住民の中で、誰より前を、未来を見ているのはヘカテのようだった。 我ながら自分が情けない。


「ああ、そうだな。 皆を集めて、ひとまず使える物を探そう」


 こうして、約一日がかりで村の廃材はいざいを利用して墓を作った。遺体は入っていない空っぽの墓だが、それでも前に進むために必要な行為だ。この間もアベルは目を覚ますことは無かった。


 ――夜遅く、ヘカテは両親の墓の前で声を殺して泣いていた。

 ダイツはそれを遠くから見守っていた。ヘカテが誰も不安にさせまいと見られないように泣いているのだ。その高潔こうけつさを踏みにじるほどおろかではないつもりだ。

 やはり、調べなくては。 突如とつじょ破られた平穏へいおんな日々。 終戦から八百年。戦略的価値の無いこの村に、人族ひとぞくがわざわざ領土侵犯りょうどしんぱんしてまで大軍でやって来た理由。 しかも、シアンに言われて認識阻害にんしきそがい結界けっかいまで張っていたにも関わらず見つけ出した、謎の技術。 シアンは何か感じていたのだろうか。 いずれにせよ、人族ひとぞくの世界で何かが起こっている。 まずは情報を集めなければ。


 □


「俺は南西の港町『シャクィア』に向かう」


 翌朝、村のみんなの前でダイツは宣言せんげんした。そして、昨日考えていた事をまとめて皆に話した。

 皆は互いの顔を見て、思い思いの感情と自身の今後について話し合った。 ⋯結果この村にほとんどの者は残るようだ。

 そんな中へカテは、


「どうして『シャクィア』なの? いちおう人族の土地だし危なくないの?」


「あの場所は人族と魔族の国境近くで、人魔じんまどちらも居るから、俺が行っても目立ちにくく、往来おうらいも多いから情報も集まりやすい。 近くには軍事施設もあるから、人軍ひとぐんの動きも分かるはずだ」


 それに、と付け加える。 あの場所はシアンがアベルを連れて行きたがっていた場所だ。 魔族と人族の現実、 そして、魔と人が手を取り世界平和の、シアンの言葉を借りるなら『超仲良し計画』に必要な事を教えるために。


「ヘカテはどうする? 一緒についてくるか?」


 ヘカテはゆっくりと首を横に振った。


「お父さんとお母さん、シアン先生、探したい。 それに他のもいるし、アベルも心配だけど、村を直さなきゃ」


 子どもなのに、周りの大魔おとま以上にしっかりしている。 この子がいれば村は大丈夫だろう。

 もしかしたら人族ひとぞくが戻ってくるかもしれない。念の為、常に警戒するよう伝えて、村をあとにした。


 □


 シャクィアに向かう一週間、アベルは一度も目を覚ますことは無かった。 人族ひとぞくが冬眠するなんて聞いた事ないし、流石さすがに焦りだしたが、突然、ぱちりと目を開いた。

 アベルの事、あの日何を見たのか、シアンと兵士達はどこに行ったのか、色々聞きたかったのだが、アベルは、「ああ」や「うう」としか言わなかった。

 ダイツは医者に見せるべきか悩んだが、アベルはダイツの後を歩き、食事も取れているので、ひとまずは目的地に向かう事にした。

 シャクィアに着いたのは日もかたむき暗くなり始めた頃だった。宿を探したいが、時間的にもうどこも満室状態だった。中にはダイツを見ただけで門前払いした所もあったが、腹を立ててはキリがない。 仕方ないまずは食事でも、と思い近くの食堂に入った。


「らっしゃい、おや、その子すごいボロボロじゃないか」


 ダイツ達を迎えたのは気の強そうな女主人の様だった。


「ちと、旅をしててな。 今晩の宿を探しているんだが、どこもいっぱいでね。どこか泊まれる所はないか? 」


 女主人はダイツとアベルを何度も交互に見た。 まあ気持ちはわかる。 トカゲ男と人族の組み合わせはこの町でも珍しいらしい。 おおかた、人売ひとうりにでも見えるのだろう。


「…宿ならここを使うといいさ。 アステア! この方達に奥の部屋を案内してやんな」


 はーい、と返事をしたのはアベルと同じか少し上くらいの人族の少女だった。人混みの中をスルスルと器用に抜けて来た少女は、アベルの目をじーっと見つめて、


「こっちよ、きて」


 と、にこっと花が咲いたように笑い、アベルの手を引っ張り奥へ消えていった。女主人は水の入ったグラスをテーブルに置いて、


「あんた達、親子、には見えないね。 どこから来たんだい?」


 まだ怪しんでいるようだ。


「北の方から、ちょっと、ね。 あの子は親友の子なんだ」


「ふーん、往来の多いこの町じゃあ、訳アリも多いがね。 この町にしばらく滞在するんなら、好きなだけここに居りゃいいさ。 だがあの子に危険な事させようってんなら、タダじゃおかないよ」


 肝っ玉な女主人だ。 それに情報の集まりやすい食堂にしばらく滞在出来るのはこちらとしては願ったり叶ったりだ。


他所よその子なのに、随分ずいぶんと肩を持つんだな」


 少し意地悪な事を言ってみた。 人を始めから信用するほど甘くは無い。 優しいふりして、実は人魔じんまさらいでした。 なんてのは良くあることだ。


「他所だろうとなんだろうと関係あるかい。 子どもは子どもさ。 おとなが育て守るのが責務せきむってやつさ」


 悪い人では無いらしい。 まだ完全に信用した訳では無いが。 それでもむやみやたらに疑ってたらキリがない。 どこかで折り目をつけるしかないのだ。


「あいつを、アベルを危険な目に合わせるつもりはない。 だが、あいつを一人前の男にする。 俺が親友と約束した。 勝手にだがな」


「その約束、見届けようじゃないか」


 こうして、女主人アジーナと娘アステシア親子の食堂に住むことになった。 アベルはアステシアと交流する内に徐々に元のように話せるようになり、ダイツは程なく誤解がとけた。 アジーナはダイツを監視するつもりで泊めたらしい。 肝っ玉を超えて豪傑ごうけつじゃないかな、あの人。

 ダイツは今ではアジーナや食堂の常連客とバッカシュを飲み干す飲んだくれ仲間になったとさ。

 まさかそれが四年も続くとは思わなかったが。


 □


 そして現在。 こんな話でも話せば、長い坂道もあっという間に終わった。 アステシアが聞いてくれたおかげと言えなくもないかも、しれない。

 坂道の先にある食堂のとびらをアステシアが勢い良く開け、


「おかえり、二人ともご苦労さん」


 女主人アジーナはよくとおる声で俺達二人を出迎えた。

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