運命の出会い

運命の出会い1 港町

「運命の恋なんてステキよね。白馬の王子さまが颯爽さっそうと現れて、この小さな町から私を救ってくれるの。そして王子さまは私のくちびるに――」


 ※『とある酔っ払い女の妄想』より



 み切った空だ。もう春だというのに、ほほれる海風はやや寒い。いその香りがする海沿いの切り立つがけは、町がよく見渡みわたせる俺のお気に入りの場所だ。

 あれから四年の月日が流れた。俺、アベルは13歳になり、村から南西の魔族と人族ひとぞくの国境近くの港町『シャクィア』の、食堂の一部屋に居候いそうろうしている。


「あーっ、やっぱりここにいた」


 その食堂の看板娘、アステシアがうらめしそうにこちらを見ている。


「もうっ、まき取ってくるのに、どこまで行ってるのよ。この後、食材の買い出しと、夜の準備と休んでるひまなんて、ないんだからねっ」


 ⋯住み込みと言ったほうが正しいかもしれない。まあ、ほとんど無料タダ同然で見ず知らずの者を食事付きで住まわせてもらっている身なので、家事手伝いくらい当然なのかもしれないが。


「道に迷ったんだ」


 あからさまな嘘で誤魔化ごまかしたんだが、軽く小突かれてしまった。


「ばっか。薪は私がやっといたから、買い物いくよっ」


 腕をからめて引っ張ってくる。 アステシアもついてくるつもりか?


「なにか文句ある? 」


 アステシアはニヤニヤとなにか思いついたようで、


家裏いえうら薪拾まきひろいすら、迷子になっちゃう方向音痴ほうこうおんちさんをほうっておけませんからねえ? 帰ってくるのは明日か、一年後か」


 アステシアの赤みの入った紫髪が、首元にさわさわと触れてくすぐったい。


「⋯わかったよ、早く行こう」


 やれやれと崖を去る俺とは対照的たいしょうてきにアステシアはむふーっと勝ちほこったように満面の笑みでついてくる。荷物持ちは多い方がいいしな。


 □


「次は、シオとコショウと、あとは⋯、マトマトね」


 結論から言うと、アステシアは荷物持ちの役には立たなかった。

 小さなメモ書きを見ながらあれこれと文字通り指で指示をするアステシアと、すでに肉や魚の入った袋、何かの液体の入ったビンをそれぞれの指にけ、曲芸師きょくげいしように持つ俺。 周りからはどう見えるのだろう? あるじと奴隷といったところか。 ⋯何故なぜか商店通りにいる主婦達から微笑ほほえましい目線を感じる。 が、可哀想かわいそうの間違いではなかろうか。 いや、そうに違いない。


「なにをぶつぶつ言ってるの?」


 せっかく中世革命家ちゅうせいかくめいかの気持ちで物思ものおもいにふけっていたのに、アステシアが現実に引き戻した。


「俺を見て何も思わないのか? 待遇たいぐう改善かいぜんを要求する」


「たいぐう? の改善? ご褒美ほうびあげてるのにまだ何か必要なの?」


 この状況のどこが『ご褒美』なんだ?


「男の子は女の子の前ではカッコつけたい生き物だから、女の子にお願いされると喜ぶ。 ってダイツさんが」


 ダイツめ、何を吹き込んでるんだよ。


「あと、男の知性と筋肉美にれない女はいないって、お酒飲んでいる時に言ってた」


 本当に何を教えてるんだよ。アステシアの教育に悪いから、ダイツを近づけないようにしよう。


「いいか、今後こんご酔っ払いの言うことは信じるなよ。 信じていいのは俺の言うことだけだ」


 サラッと自分に有利な状況も付け加えておいたら、


「うん? わかった」


 って言ってきた。 本当に分かってるのかねえ?


「よし、まずは荷物を半分持つこと。それからミルクモチは全て俺に差し出すこと。 あとは⋯」


「あっ、おばちゃん、こんにちはーっ」


 アステシアはさっさと野菜売りの店主の元へけて行った。 やはり傲慢ごうまんなる雇用主こようぬし労働者ろうどうしゃの声は届かないらしい。 この邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの主は必ず正さねばならない。 アベルは強く決心した。 と再び革命家に戻り、アステシアについて行く。


「アステアちゃんすっかり美人さんになったねえー。 今日は2人でデートかい?」


 店主、ついに目までおかしくなったのか。両手がふさがり、これでたまに乗れば完全に曲芸師の状況のどこら辺がデートに見えるのだ。 一方いっぽうアステシアは顔を赤くして、くねくねと踊りながら、もごもごと何か言っている。アステシアが変なのはいつもの事だ。


「はい、二人のデート記念にサービスだよ」


 店主はマトマトを注文より多く袋に入れて、さらにいくつかの果物も袋に入れた。


「⋯アリガトゴザマス」


 流石さすがに悪いと思ったのか、アステシアは自分で野菜袋を受け取った。何故なぜかカタコトだったが。

 アステシアはこちらを見ずにさっさと歩いていく。こっちは大荷物をかかえているので、ゆっくり歩いて欲しいんだが。


 □


 港町『シャクィア』の商店通りは港から商品をおろ利便性りべんせいと都合上、港の近くに商店が集中している。中には陸路から運ばれてくる物もあるが、大抵たいていは町外れの軍関係者向けの商品だ。

 そして、これから帰る食堂は階段をのぼり坂道をあがった住宅地にある。おかげで荷物の重みに比例して気持ちも重くなる。

 アステシアは隣で、余分に貰った果物、トラフナシに小さな口を大きく開けてかぶり付いている。まさかと思うが、そのために自分で持っている訳じゃないよな?

 うたがいの目で見る俺に、トラフナシと俺を交互に見て、自分も欲しがっていると勘違かんちがいしたのか、


「ん」


 アステシアはトラフナシを俺の口に押し込んできた。 食べかけのやつを。 瑞々みずみずしい果汁とさっぱりとした甘さが口の中に広がる。でもどうせなら新しいのくれよ。

 アステシアは顔の半分を乙女おとめに恥じらう花のように、もう半分は悪戯いたずら好きの悪ガキのような顔で、 恥ずかしがっているのか、笑っているのかよく分からん顔をしている。 器用な奴だ。


「ねえ、アベル」


 なんだよ。だが、アステシアは少し戸惑とまどっているように見えた。


「 崖の上で今日は何考えていたの?」


 また随分ずいぶんと急だな。


「崖の上にいたアベル、少し悲しそうだったから」


 昔の事を考えていたからな。 あの日の事、シアン姉さんの事を。


「前に住んでいた村の事を考えていたんだ」


 俺は遠く、村の方角を見ながら言った。


「ダイツさんや、シアンって魔族のお姉さんと住んでいた村?」


 ああ、と軽く返事をした俺に、聞いた事を反省するように、急に落ち込むアステシア。 コロコロと感情の変わる表情は見ていて飽きない。 別に話したく無い訳じゃないんだ。 俺から話さないだけで。

 無駄に長い坂道を大荷物をかかえて黙々もくもくのぼるのは精神的にきつい。せっかくの機会だし、話すのもいいだろう。


「少し、聞いてもらおうか」


 アステシアはほっと胸を撫で下ろし、


「うんっ!」


 また笑顔に戻った。 本当に飽きない奴だ。

 俺は、ぽつりぽつりと語り始めた。 シアンお姉ちゃんの事、燃える村の事、その後の事を。

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