プロローグ3 大好き

 村の家や田畑、あらゆるモノが炎に焼かれる中、シアンは村の広場で野蛮やばんなる侵入者共しんにゅうしゃども対峙たいじしていた。

 侵入者はまず船から村を砲撃ほうげきした後、次々と船から降りてきては村を焼き、人族ひとぞくが使う筒状の武器、じゅう〈ライフル〉で村人達を殺していった。

 初め、侵入者はシアンにも〈ライフル〉を向けたが、シアンは風魔法〈ルーアフ〉で弾き返し、一度に八人を返り討ちにした。〈ライフル〉では太刀打ち出来ないと判断したのか、次は五人の野蛮人やばんじんが剣を抜き、周りを囲み一斉いっせいに斬りかかったが、女魔法剣士シアンに剣先が届く前に、血をれ流す肉塊へと変えられた。


 持っている武器に数と統制の取れた動きからして、どこかの人族ひとぞくの兵士か?本来ほんらい魔法を感知かんち出来ない人族には、人避けの魔法がしてあるこの村を見つけることすら出来ないはずだが。

 一人一人は雑魚ざこだが、数が多い。早くアベルとへカテに合流して、安全な所まで逃がさないといけないのに、前に進めない。まずはこの部隊を率いている隊長格を倒す方が早いか?


「いーやはや、随分ずいぶんと探しましたよぉー?」


 この場では不似合いなまでに、まるで歌劇かげきの役者のような大げさな手振てぶりと口調で、白衣を着た人族の男は数人の兵士を引き連れて現れた。


「あなたが隊長? とてもそうは見えないけど」


 男はまたしても大げさな身振みぶりをしながら、


「はじめまして、ですかね。『蒼血そうけつのシアン』。まさか、貴女あなた大宝玉だいほうぎょくのひとぉーつ、『過去かこあやまち』を持っているーとは」


 こちらの質問に答える気はないらしい。この男、一見強そうには見えないが、そこらの兵士より格段かくだんに嫌な気配がする。話を合わせて、油断したところを斬るか。


「宝玉? なんの事かな?」


 男は悲しそうな顔をして、自身の胸に手を置き、


「嫌ですねぇ、とぼけないで下さいよぉー。貴女あなたも感じるんじゃあないですか?ボクの持っているを」


 この男のなまったるい薄っぺらな言い回しが余計に神経を逆撫さかなでる。人でありながらこの村を見つけた理由。このみょうで嫌な気配。その大宝玉とやらが原因か。


「ですから、渡して頂きたいのです。貴女あなたの持っている大宝玉を。そうすればっ、この村にはもう用はあぁりません。ボク達もっ、お国に帰ることに致しましょーう」


 男が一歩、また一歩と近づいてくる。そうだ、もっと来い。野蛮人共にくれてやる物など元より何一つ無い。まずはこの男を人質にして、アベル達と合流。その後こいつらの知っている事を全て吐かせてから、私とアベルの平穏へいおんを壊した罪をつぐなわせてやる。

 剣のつかを握り直し、男を捕らえるため足のつま先に力を込める。


「シアンお姉ちゃん!!」


 シアンと白衣の男のちょうどあいだにアベルは走ってきた。


「アベル! 来ちゃだめ――」


 パァン!


 一発の破裂音はれつおんが夜の燃える村の中ではじけた。しまった!

 短銃たんじゅう〈ピストル〉を構えた男はあふれる歓喜を隠しきれないとばかりに笑っている。


 ――当たったのは、――私じゃない、


「アベルぅぅううーー!!!」


 全速力でアベルに走り寄る。アベルは電池の切れた人形のようにゆっくりと、前のめりに倒れ込んでいく。遅い!こんなにも体が重く感じたのは初めてだ。もっと、もっと早く動け!

 アベルの体が地面に倒れる直前、ギリギリの所で支える事に成功した。仰向あおむきにして傷を確認。即死では無いようだが、息が浅い。大量の汗と血がアベルから流れ落ちて、どんどん力が抜けていっている。


「アベル! アベル!! しっかりして、死なないで! お姉ちゃんを一魔ひとりにしないで」


 白衣の男は、またも大げさな手振りで、


「はーはっあー、なんっっという悲劇でしょう!!無謀むぼうなる抵抗はぁっ、新たな悲劇を生み、悲劇はおろかな人々の生きる希望へと生まれるのです」


 ⋯こいつは何をイッテヤガル?


「⋯ス…コロス、絶対コロス、完全ニコロス、今スグ、塵モ残サズ殺してやる!!!!」


「あはーっはっはぁー!冷酷無比れいこくむひの『蒼血のシアン』がここまで感情を出すとは! 随分ずいぶんと甘く、弱くなったものです。ましてや、人の子相手とはっ」


 何がおかしいのか、男は手を叩き、腹を抱えて笑っている。お前はもう一秒たりとも生かしたくない。目の前の男に全身全力の魔力を向け、大地がえぐれるほどの魔法を解き放つ、、、


「おおっと、良いのですか?貴女の大宝玉を使えば、今すぐならその子どもを救えるでしょう。しかーしっ、ボクに魔力を使えば、その子どもを助ける時間はありませんよー?」


 男はアベルにピストルを向けながら言った。刺しちがえるつもりか。

 魔法をこの男に放てば、同時に男はピストルを撃つ、それだけの自信があるのだろう。そうなれば風魔法で弾を防ぐ時間はない。

 大宝玉を使えば、アベルを救える。魔族まぞくの魔法とも、人族ひとぞくの化学とも違う、まさに魔人まじんの力を超えた力、それが大宝玉。この男の言う通りにするのはしゃくだが、迷う事などない。

 シアンは自身の胸を自らの手で躊躇ちゅうちょなくえぐり、体の中にあった手のひらサイズの玉、大宝玉『過去の過ち』を取り出す。それを今自分の血で汚したアベルの体に置くと、シアンは大宝玉に魔力と願いを込めた。


「大好き。私の大事なアベル⋯」


 アベルの体はあわい紫色の光に包まれ、そして、姿を消した。


 □


 燃える村の中、誰かの悲鳴とメキメキと建物がくずれる音が遠くで聞こえる。

 そんな中アベルは、村の入口でただぽつんと立ち尽くしていた。俺は何をしていたんだっけ。

 目の前で村を焼いていた男に氷の槍が勢いよく突き刺さり、男は動かなくなった。アベルはそれをただ、ぼおっとながめていた。


「アベル!無事だったか!」


 さっき氷の槍を放ったトカゲ男、ダイツは駆け寄って言った。


「アベル、血だらけじゃないか。怪我は⋯無いようだな?」


 ダイツは不思議そうにしながらもベタベタとアベルの体をさわっている。


「ヘカテも無事だ。アベル、お前も安全な所まで移動するぞ。動けるか?」


 その言葉での事を思い出した。そして脳を動かし始める。俺は、なんで血だらけなんだっけ?たしか、白衣の男に撃たれて。なんで撃たれた?男たちと、シアン姉ちゃんが戦っていて⋯


「そうだ、お姉ちゃんが危ない!」


 そうだ、なんでこんな所でほおけていた!どういう理屈か分からないが、俺はピストルで撃たれて死にかけていたが、姉ちゃんが助けてくれて村の入口にいるのだ。いや、そんな事は今はどうでもいい。シアン姉ちゃんの所へ行かなくては。


「あっ、おい、どこに⋯⋯」


 ダイツの言葉が届くより先にアベルは走り出した。俺の傷を治すためにシアン姉ちゃんは自らの胸をえぐり、重症を負っている。それにあの数相手では流石さすがに姉ちゃんでも大変なはずだ。早く、助けに行かないと。

 そんなアベルは気付いていない。元々頭を使うより体を使う方が得意ではあったが、それでも子供こどもらしくおろかだった。ダイツほどの実力者を連れていけば、ヘカテやシアンほどの知恵があれば、そして何より、アベル自身の未熟みじゅくさを、アベルは気付いてはいなかった。


 □


 走りのぼった先にいたのは、知っている幼い少年たちと、知らない多くの兵士と思われる残骸ざんがい。あまりの光景に吐きそうになるが、そんな余裕すらない。その更に奥、アベルとシアンの家の近くには、多くの兵士と白衣の男がいた。

 あの男、知っている。シアン姉ちゃんと向かい合っていた、そして俺を撃った奴だ。だが、シアン姉ちゃんの姿が見えないのは何故だ?姉ちゃんは剣も魔法も村一番の使い手だ。いくら怪我をしているとはいえ、姉ちゃんが簡単にやられるとは思えない。

 確かめなくては。幸い奴らはこちらに気付いていない。そっと、近くに落ちていた剣を拾い、家へとびる階段を上っていく。

 だが、上った先に見えたのは、想像しなかった光景。いや、予想はしていたが、理解したくなかった光景が目の中に入り込んでくる。

 多くの兵士。その中心にいたのは背中を複数の剣で突き刺され、倒れている一魔ひとりの――


「お姉ちゃん!!!」


 奇襲を捨て、声を振り上げながら、囲んでいる兵士に虫を追い払うように剣を振り、シアンに駆け寄る。


「なん⋯で、⋯⋯ここに⋯⋯」


 シアンは苦しそうに息を吐きながら、語りかけた。まだ息があった事に少し安堵あんどしながら剣を握り直す。シアンを庇うように立ち、なお囲んでいる兵士をにらみつけ、次の動きをうかがっていると、


「やあ、来てくれると信じていましたよ」


 兵士のあいだから現れた白衣の男は、舞台俳優が挨拶あいさつするように、ほがらかに話しかけてきた。


「どう⋯して⋯」


 対するシアンは声を振り絞りながらう。


「少年の代わりにお答えしましょう。とはいえ、簡単な事です。先程さきほどべたように、ボクも大宝玉を持っているのです。大宝玉『過去のあやまち』の存在を知った上でこちらにうかがっているのですから、当然、対策済み、という、わけ、です」


 大根役者でももう少しまともだろう、くどい芝居じみた口調で白衣の男は語った。

 さっきから話に出ている大宝玉ってなんの事だ?シアン姉ちゃんは知っているのか?それより姉ちゃんをかついで、どうやって逃げきるか。一対多数の剣術も稽古済とはいえ、流石にシアン姉ちゃんを守りながら囲いから出るのは厳しい。

 こちらが黙っているのを勘違いしたのか、「大宝玉の事は言ってませんでしたかね?」など見当違いの事をぶつぶつと何か言っている。


「にげ⋯⋯て⋯⋯アベル」


 シアン姉ちゃんの悲痛な声がアベルの後ろから聞こえる。逃げるにしてもシアン姉ちゃんを残して逃げられるものか。


「おおっと、折角せっかく来て頂いた訳ですから、逃がすわけにはいきません」


 すっと、ピストルをアベルに向ける。だが、少し考えてピストルを下ろした。白衣の男は隣の男に向かって、


「隊長さん、この少年を殺して下さい。ええ、あなたが」


 隊長と呼ばれた男は突然の指名に狼狽うろたえながら、


「し、しかし、相手はまだ子どもです。しかも人族ひとぞくの」


「関係ありませーん。今まで散々さんざん魔族の子どもを殺してきたじゃないですかぁ? それに『村の住民は全て殲滅せんめつせよ』、これが皇帝陛下の勅命ちょくめいです。貴方あなた、陛下のご命令にそむくおつもりで?」


 白衣の男は説得する気があるのか無いのか、明るくおどけた口ぶりで言った。

 隊長の男は少し迷ったあげく、自分のライフルをアベルに向けた。

 どうする?切り込むには少し遠い。弾を避ければ、姉シアンに当たる。どうすれば⋯


「君にも理由をさしあげましょう」


 白衣の男はそう言うと、ピストルをシアンに向け放った。


「うっっ」


 小さなうめきと共に弾はシアンの肩に当たった。


「お姉ちゃん! っちっくしょおおおおお!!!!」


 アベルは咄嗟とっさに駆け出し、隊長の男に斬りかかる。ように見せかけて、その隣にいる白衣の男に飛びかかり、肩から腰に向けて袈裟斬けさぎりを仕掛けた。


「うおおぉぉおお!」


 だが、剣は男に届かず、隊長の男にライフルで受けられた。


「ちぃっ」


 舌打ちをして、男達から飛び退いた。


「思ったより、まだまだ冷静なようですねぇ」


 白衣の男は再びピストルをシアンに向ける。

 アベルも銃口から姉を守るように、体を入れた。

 ふと、服を引っ張られる感触がした。


「にげて⋯アベル⋯にげて⋯」


 シアン姉ちゃんは無数の剣が刺さった体を起こし、血を吐きながらこちらを懇願こんがんする目で見ている。


「ああ、一緒に逃げよう。 お姉ちゃん。 もう少しだけ待ってて」


 あの綺麗な肌と赤い髪は血と泥で汚れて、見る影もない。仕方ないなあ、今度一緒にお風呂入ってあげるから、洗いっこしよう。そして、誕生日を一緒にいわうんだ。


「アベル⋯、1人でにげ⋯て⋯、あなたなら⋯⋯できる」


「何言ってるんだ、こんな時に。 笑えねえって」


 シアンは、お姉ちゃんは、息子を、弟を、愛する家族を逃がす為に、とびきりの笑顔で最期の魔法をかけた。


「大丈夫、大丈夫よ、お姉ちゃん、強いから、アベルが⋯、にげたら⋯おねえちゃんも⋯にげ⋯るから⋯」


 姉シアンの手が地面に落ちた。


「シアンお姉ちゃん!」


 何が、何が大丈夫だ。いつも自分を犠牲にして、分からないようにひとりで笑って。ひとりにしないでって言ったくせに、魔族一寂しがり屋なくせに、先にいって弟をひとりにして、これじゃあ意味無いじゃないか。

 ああ、胸の奥底から、熱く黒いモノが込み上げてくる。ソレはやがて身体中からあふれ出て、アベルの意識と同化する。


「うがああああああぁぁぁぁァ”ァ”ァ”ァ”」


 目のはしで、白衣の男がニヤニヤと笑っているのが見える。映画のクライマックスに食い入る子どものように。

 頭がチリチリとケーブルが焼け焦げるような感触かんしょく。身体が熱い。視界が徐々に白くにじんでホワイトアウトしていく。


「すべて! すべて消えて無くなれえ!!!」


 今言ったのは、自分だろうか。どうでもいいか。シアンお姉ちゃんがいない世界なんて、どうでも。

 アベルから溢れたモノは一筋の光となった。それは天空まで伸び、円柱状に広がり、やがて村全体をおおう程の大きさになり、そして、アベルは完全に意識を失った。


 声が、聞こえる。


「アベル⋯」


 優しい、暖かな声だ⋯。


「アベル、大好き。」


 ずっとずっと包まれていたい声。


「僕も、大好きだよ、シアンお姉ちゃん」


 声に精一杯の愛を伝える。


「元気でね」


 プロローグ 終

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