プロローグ2 異変
浴場。
「体、大きくなったんじゃない?」
俺の背中を洗いながらシアン姉ちゃんが問いかける。
「さあ?」
自分では分からない。出来るだけ早く大きくなって、強くなって、姉ちゃんを守れる男になりたい。
「ゆっくり、大きくなってね」
「え?」
返答はなかった。姉ちゃんに守られてばかりの人生なんて
今は頭をくしゃくしゃと洗われてるため、シアン姉ちゃんの表情は見えない。
なぜか涙が
「アベルの髪、綺麗な黒ね。つやつやで
姉ちゃんの方が綺麗だ。髪だけじゃない、目の色もだ。
俺は思い切って体をひねり、
「俺、働くよ。だから――」
だが俺の決意をはぐらかし
「あらあら、こっちはまだまだお子さまみたいね♡」
シアン姉ちゃんの視線が下に行き、ニヤニヤしている。
「っっっ☆□△○!?!?」
もういい、知ったことか。さっさと風呂から出て、寝てしまおう。
「あっ、あっ、アベルくーん、ごめんてばー、まだ前洗ってないよー。謝るからさ、戻っておいでー、ねぇってばー」
遠くで聞こえる姉の声を無視してさっさと自室に戻る。何か大事な事があった気もするが、まあいい。全部明日考えよう。
□
翌日、朝早くからアベルはこそこそと村近くの森に出ていった。森と言っても
「よお、シアン。野菜と調味料のおすそ分け、持ってきたよ」
「わあ、ダイツ。いつもありがとね。それにしても
「明日はシアンの誕生日だからな。どうせ、アベルの
「アベルなら朝早くから私に見つからないように森に出かけたわよ。へカテは見てないけど、昨日ネックレスがどうとか言ってたから多分一緒ね」
「ふーん? まあ、なんだ、アベルも順調に成長している様だな」
ん? アベルの成長は嬉しいけど、急にどうしたんだろう?
よほど不思議そうな顔をしていたのか、ダイツは
「分かりそうなものだが、気付いてないのか? やれやれ、お前も親としてはまだまだ、だな」
どういうこと?
「かぁー、アベルも大変だな。アベルはな、大人の階段を登ろうとしているって事だ」
「まさか、アベルとへカテがこっそり付き合ってるてこと!? あの子まだ九歳よ?」
「違う、違う。 アベルはな、
うっ、まさに昨日アベルを怒らせたばかりだ。だって恥ずかしがってる顔も、怒ってる顔も、
「…よくまともに育ったな、アベル。いや、姉離れ出来て無いところを見るとまだまだか」
「そう簡単に離しません! それにしても、あの一瞬の会話でよくそこまで分かったわね。ダイツ、子供はおろか奥さんだっていないのに。やっぱり元魔族軍
「一言余計なんだよ。まあ
『蒼血』か。
「まあ、
ダイツは背を向けながら手を振り去っていく。明日、明日か。明日は私の誕生日。アベルと村のみんなとごちそうを食べお祝いをする。その後はまた変わらない日々が続いていく。そのはずだ。なのに何故かずっと
…あーあ、アベル、早く帰って来ないかなぁ。
□
――夕方。村はずれの森。
思ったより時間はかかったが、何とかネックレス完成まで後少しだ。今はへカテが持って来たビスケットを食べながら、少し
「私が付いてこなかったらどうするつもりだったの?」
一本の木にもたれながら俺の横に座っているへカテが聞いてきた。
「キノコかトグロベリーでも取ろうかと思ってたけど、さらに時間かかってただろうし、正直助かったよ」
へカテは少し照れた様子で、
「それもだけど、ネックレスよ。アベル一人でどうやって作るつもりだったの?」
う、うーん。実際ネックレス作成はかなり苦戦した。早朝、村の入口で待ち構えていたへカテと一緒に森に入り、素材を集め、へカテにネックレス作成の指導を受け、今に至る。
「それじゃ意味無いじゃない」
だそうだ。このまま
「へカテ、よく俺が森に行くこと分かったよな」
へカテは人差し指を立て、くるくる回しながら察しの悪い生徒を
「いい?簡単な推理よ。アベルは明日までにプレゼントを用意したい。でもお金は無い。なら自分で作るしかない。シアン先生にバレずに用意しようと思ったら、村の外に出るしかない」
なるほど。さすがは優等生。ヘカテも得意げな顔をしている。
「それにしてもネックレスね。うん、アベルらしいくて、いいんじゃない?」
そりゃどうも。何がどう『らしい』のか分からないので適当に相づちを打つ事にした。
その肝心のネックレスは
「大丈夫よ。むしろ驚き過ぎて倒れちゃうかも」
いたずらっ子がとびきりのいたずらを思いついたかのように、へカテは笑う。
倒れられても困るのだがな。さて、
「ねえ、アベル、あれ何かしら?」
木の実に最後のヒモを結ぼうとしたら、へカテが俺の体を揺らしてきた。
「おい、揺らすなよ。壊れたらまた最初からやり直しに…って、あれは!」
村のちょうど上空に巨大な雲の様な鳥が。――いや、あれは船だ。
「船?船は海に浮かぶものよ」
そんな事は俺でも知っている。だが、あれはどう見ても、空に浮かぶ船だ。
――――ドォォォーン
次の瞬間、鳴り響く重低音と共に村は炎と煙に包まれた。
「ああ!」
へカテがあまりの出来事に手で口を押さえ立ち尽くしている。俺だってそうだ。何が起きているのか理解できない。
だが、理解できなくても、やる事は変わらない。走るだけだ。
「姉ちゃん!!」
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