魔王戦記

ゆずかぼちゃ

プロローグ

プロローグ1 日常

「――混沌こんとんたる闇夜に一筋ひとすじの光が放たれた。―あふれ出る火炎かえん濁流だくりゅうの中、英雄は産声うぶごえを上げ――」


 ※『オルドシア戦記せんき』より一部抜粋いちぶばっすい



 み切った空だ。開いた窓の外からさわやかな風が草花の香りを運んでくる。


「アベル! アベル!! ちゃんと聞いてるの!?」


 ああ、そうだ。今は歴史の授業中だったっけ。


「ちゃんと聞いてるよ。シアンお姉ちゃん」


 正直なところ、ぽかぽかとした小春日和こはるびよりな午後、退屈な歴史授業など眠くなるだけだ。外で体を動かしたい。出来れば剣術稽古けんじゅつけいこがやりたい。


「お姉ちゃんじゃなくて、今はシアン先生でしょ。せっかく頑張ってお姉ちゃん、それっぽい格好かっこうしてきたんだからね」


 昨晩さくばんチクチクと古着をっていると思ったらそういう事か。


「はーい、シアン先生」


 自分だってお姉ちゃんて言ってるじゃないか。をのどの奥にしまい込み素直に返事する。下手へたに反抗すると、姉であり、親であり、剣の師匠であり、今は自称じしょう歴史教師のシアン姉ちゃんの『おしおき』が待っている。


「アベル、怒られてやんのー」「やんのー!」


 年少組の冷やかしに混じって、幼なじみの少女、へカテがくすくすと笑っている。勝手にやってくれ。

 仕方ないので、真っ白なノートに目線を持っていく。


「はいはい、それじゃあ、へカテ。アベルにも分かるよーに魔人戦争まじんせんそうについてまとめて説明してみて?」


「はい、先生。……魔人戦争は今から約千年前から二百年間、魔法を使う魔族まぞくと化学を使う人族ひとぞくは、大陸中を焼き尽くすほどの戦争を起こしました」


 へカテは俺の頭を自分の胸に引き寄せながら、


「お互いに大きな傷を負った彼らは、終戦後、仲良くしましょうと言ってるけど、まだまだ問題が山積みなので、私達とアベルが超仲良しな所を世界中に見せつけましょーってことです」


 へカテは満足そうにこちらをチラと見ながらイスに座り直している。

「よく出来ました」とめるシアンも出来の悪い弟をあわれむ目でこちらを見ている。

 そう。ここは魔族達が住む山間やまあいの村で、俺一人だけ魔族ではなく人族だ。つまり姉シアンとも血はつながっていない。とはいえ、物心付ものごころつく前からこの村にいるし、村の皆は過保護なくらい優しくしてくれるし、特に不思議に思った事は無い。そういうものなのだと思ったし、シアン姉ちゃんと一緒ならどこでもかまわない。

 …実は数年前までいずれは自分にも、姉のような立派なツノやキバがえると思っていた。最近、へカテに小さいながらツノが生えてきていて、それがすこーしだけくやしい。すこ---しだけな。

 カーン、カーン、カーン……

 時報じほうだ。村の鐘の音が今日の仕事終わりを知らせている。つまり今日の授業も終わりだ。


「せんせー、さよーならー」「ならー」


「はい、さようなら。気をつけて帰るのよ」


 はーいと言うのが早いか、ドアからけ出すのが早いか、年少組がキャッキャッと家路いえじに向かう。ここが村奥とはいえ、奴らの家だって子供の足で一、二分であり、庭のようなものだ。気をつけようも無いだろう。

 俺はここが家なので、帰る必要は無いのだが、夕飯の買い出しと、そのついでにへカテを家まで送るのがいつもの流れだ。


「じゃあ、シアン先生。私も帰るね」


「うん、じゃあねへカテ。あっ、今度ごちそう作るからさ、家族 みんなうちにおいでよ」


「先生、誕生日だもんね。お母さんも『とびきりのごちそう持っていく』って張り切ってたよ」


「わあ、春カボチーのパイ包みかな?あれすっごくおいしんだよねー!」


 すっかり女子トークモードになってしまった。このままではへカテが家に泊まると言うまで続いてしまう。


「ほら、へカテ。暗くなるまでに帰るぞ」


 ふたりとも名残なごり惜しそうにしながらも何とか引きがしに成功する。


「じゃーねー! へカテ、アルテさんにもよろしくねー! アベル、しっかり送るのよー!」


 手をぶんぶんと振りながら、大声でシアン姉ちゃんが見送っている。シアンとへカテ、どっちが年上なんだか。



 帰り道。俺にとっては買い物道。


「アベル、先生への誕生日プレゼント決まったの?」


 誕生日すら忘れていたのにプレゼントを用意しているはずはない。なあに、いつも通り村近くの花をめば…


「もう、ほんと女心わかってないんだから」


 まるで自分へカテは分かってるみたいじゃないか。


「当たり前でしょ。女の子ってのはね、自分のために考えて考えて、一生懸命考えてくれた時間が一番のプレゼントなの」


 さらに自分の好みに合って、なかなか買えない高級品なら、なおベターと付け加えた。結局は金じゃないか。

 やれやれと大げさにため息をつきながらへカテが歩いていく。


「へカテはプレゼント、もう決まっているのか?」


「もちろんよ。前に行商人さんが来た時にね、琥珀こはく色したかみどめ売ってたの。シアン先生の綺麗な赤い髪に絶対合うと思って」


 思ったより近場ちかばで済ませてやがった。さっきの女心とやらはなんだったのか。

 しかし、髪どめか。確かにシアンお姉ちゃんの赤くて綺麗な長い髪に似合うだろう。それに時折ときおり、邪魔そうに無造作に髪をしばっている。一度思い切って短く切ってみてはと言ってみたが、身体中にある傷跡きずあとを見られるのが恥ずかしいんだそうな。見ると言ったって、そんなの俺くらいだし、傷跡は戦士のほこりだ。なにも恥ずかしくないと言ったら、優しく微笑ほほえんででてくれた。


「もうっ、誕生日、明後日あさってなんだから早く用意しときなさいよ」


 そうだな、今晩にでも考えておくか。だが、ウチ貧乏だしな。髪どめすら今の俺には買えない。家自体は村で一番大きいのに、その日暮らしすら苦労している。家で教師の真似事をしているのも日銭ひぜにかせためなのだが、相手が村の子供相手ではほとんどボランティアだ。それでも生活出来ているのは、過保護で面倒見の良い村の住民達が世話を焼いてくれるおかげだ。…やっぱり近くの花をんで、、


「じゃあ、また明日ねアベル」


 いつの間にかへカテの家に着いていた。

 じゃあ、また。と軽く手を振りへカテと別れた。俺もそろそろ帰ろう。


 ……何を買うのか、聞くの忘れてた。



 ――その日の夜、風呂に入りながらシアン姉ちゃんへのプレゼントについて考えていた。お金はけられないが、やっぱりシアン姉ちゃんに少しでも喜んで欲しい。

 …花と木の実をツルでむすんでネックレスにするのはどうだろう? 俺にしては悪くない考えだ。朝からみに行けば夕方には作れるだろう。それに口には絶対に出さないが、いつも俺を優先して、自分の事には無頓着むとんちゃくな姉ちゃんに、おしゃれをさせる良い機会きかいかもしれない。ただでさえ綺麗きれいなシアン姉ちゃんだ、髪どめとネックレスがあれば、、


「ネックレスがなんだって?」


「ね、ね、ね、ねねねねね姉ちゃん!? いつからそこに? というか、なんで入って来てるの!!?」


 そこにはすっ裸で腰に手を当てたシアン姉ちゃんが立っていた。シアン姉ちゃんは、鍛えられた引き締まった肉体なのに出るところは出てて、ってそうじゃない、いつの間に風呂に入ってきたんだ? あわてて股間を隠して顔半分まで湯船にかった。


「姉ちゃんだって?なまいーきぃー♡いつもは『シアンお姉ちゃん♡』て呼んでるくせにぃー♡」


 うっうるさいっ、それに♡は付けてない。それより質問に答えろよ。


「いーじゃない、親子で姉弟きょうだいなんだし。体、洗ったげる」


「自分で洗えるよっ! もう九歳なんだから」


「まだ九歳よ。それについこの前まで『こわいから一緒いっしょに入ってぇー』って言ってたじゃない」


 そ、そうだっけ? 少なくともそんななさけない声は出してなかったと思うんだけど。


「ほらほら、はやくっ、はやくっ♡」


 こうなっては姉は非常に頑固がんこだ。早々に降伏して、後はなすがまま、だ。

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