ようこそ。/旗尾 鉄 への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





ようこそ。/旗尾 鉄

https://kakuyomu.jp/works/16818093074921144488


フィンディルの解釈では、本作の方角は真北です。旗尾さんの宣言と同じですね。


概ねエンタメホラーといえるだろうと思います。

仁屋やタコ坊主についての正体こそ明らかになっていませんが、タグにもあるとおりクトゥルフモチーフなのであろうことは十分伝わりますし、その奇妙さについてはジャンル感でもって飲みこみやすいものと思います。

礼菜という人物の紹介、仁屋との出会い、仁屋への疑念、「こちら側の世界」へ、起承転結や序破急といったフォーマットに概ね従った構成ですし、真北と判断して差し支えないだろうと思います。

エンタメホラーとしてバランス良くまとめている作品と思います。


クトゥルフモチーフということもあってか、本作はビジュアル面に力を入れている作品だと思います。

釣り堀の様子とか仁屋の様子とか、最後の場面の様子とか、映像を具体的にイメージさせる描写が入れられていて、これがエンタメらしい読みやすさに寄与していると思います。

クトゥルフ的なホラーはビジュアル面が重要だろうと思いますので、合致した方針だと考えられます。あんまりゴテゴテにビジュアルに力を入れすぎると、外面と内面の表現に濃度差がありすぎてバランスが崩れてしまうこともあるのですが、本作はそのあたりも割とちょうどよくまとめていると思います。


ビジュアル面について少し気になったことを挙げさせてもらうと、釣り堀の店構え(外観)の描写が弱いのが気になりました。

本作のホラービジュアル的な勘所としては、「仁屋とタコ坊主」「釣り堀内の様子」「釣り堀の店構えの様子」の三点が挙げられるものと思います。終盤の場面はおいておいて、序盤中盤でそこはかとない奇妙さを醸すビジュアル描写としては、この三点がポイントだろうとフィンディルは思います。

そして「仁屋とタコ坊主」「釣り堀内の様子」はしっかり描かれているのですが、「釣り堀の店構えの様子」はかなり弱いように思います。「釣り堀の店構えの様子」は奇妙な世界の入口のような役割を持つので、ここのビジュアルもしっかりしているとよりイメージしやすいだろうと思います。

これが喫茶店や銭湯ならばわざわざ説明しなくても共有イメージがあるわけですが、フィンディルの個人的感覚としては釣り堀の店構え(外観)ってあまりピンと来ないんですよね。釣り堀の店構えってこうだよね、みたいなものが出てこない。釣り堀内の様子はある程度の共有イメージがあるのですが。

なので釣り堀の店構え(外観)のビジュアルを補強してあげると、より良いのかなと思います。


また本作はテンポ感についてメリハリがきいていると思います。礼菜と仁屋が初対面のときの会話の様子など、駆け足にするところはかなり駆け足になっている。

ビジュアル描写はじっくり入れているが、テンポ感を上げるところは上げている。という感じで良く言えばメリハリがある、悪く言えば安定していないテンポ感になっているように思います。

これをどう評価するかは読者次第なのですが、文字数制限に収めるための旗尾さんの方針なのだろうということはしっかり伝わります。展開のギミック感も、かなり簡潔ですしね。



フィンディルが本作について気になったのは、礼菜の内面描写です。礼菜についてはもう少し掘り下げる余地があるのではないかという気がしています。

具体的に言うと「疑念・恐怖を抱いた礼菜は、どうして仁屋のもとを訪れようとするのか」です。ここは作品的に掘り下げる余地があると思います。


礼菜は、仁屋に対して疑念と恐怖を抱きます。

釣った魚の数と、その日に市で起こった事故死者数とが一致している。ここで疑念を抱き、そしてそれは恐怖へと変わる。

なお疑念を抱く展開についてはかなり簡潔なのですが、それは文字数制限的な都合があるのだろうと予想しています。文字数制限がなければ、もっとじっくりと疑念が確信に変わる様を描くことも可能だろうと思います。


ただ本作は、疑念を抱いて仁屋のもとを訪れる礼菜の心理心情、恐怖を抱いて仁屋のもとを訪れる礼菜の心理心情のいずれもが特に描かれていないのです。

―――――――――――――――――――

 退社時刻を秒読みで数えると、礼菜は一直線に釣り堀へと向かった。


 怖い。なにか不気味な、関わってはいけないものに触れようとしている。そんな確信があった。それでも知りたい。行かずにはいられない。

―――――――――――――――――――

 電話を終えると、礼菜はのろのろと身支度をはじめた。

 行くべき場所は、あそこしかない。

―――――――――――――――――――

どうしてなのかが描かれていないのです。ここが気になりました。「疑念・恐怖を抱いた礼菜は、どうして仁屋のもとを訪れようとするのか」について、礼菜を掘り下げるような内面描写を入れる余地があるのではないか、と。


旗尾さんとしては「何故かはわからないが、礼菜は突き動かされた」というのを想定されているかもしれません。理由なんかないのだと。

ただ本作はわかりやすいエンタメホラーなので、この礼菜の内面についてもエンタメ的にわかりやすく表現するほうが作品としてはより映えるようにフィンディルは感じます。

「突き動かされた」で処理するにしては本作は北すぎるし、「突き動かされた」で処理するにしては仁屋達に作品的注力がなされているわけでもない。

北向きの本作としては、奇妙な存在に接触してしまった主人公礼菜の心理心情をホラー然にわかりやすく描くほうが、より恐怖は表現できるのではないかとフィンディルは考えます。西のホラーならわかりやすい心理心情は必要ありませんし、(北向きでも)仁屋達の奇妙な様にフォーカスをあてている作品なら礼菜の心理心情の優先度は下がるんですけどね。

本作の登場人物についてまず磨けるのはどこかと考えると、礼菜だろうとフィンディルは考えます。


「疑念・恐怖を抱いた礼菜は、どうして仁屋のもとを訪れようとするのか」について考える場合、表現のポイントになりそうだとフィンディルが考えるのは“ジャーナリズム”と“魅了”です。

本作は礼菜の「ジャーナリズムの不完全燃焼」設定をあまり活かせていないようにフィンディルの目には映っています。ジャーナリスト志望だが、不本意な仕事に就職して不満を覚えている。この不満が、礼菜が奇妙な世界に迷いこんでしまった一因なのだろうと思いますが、本作はその不満ぐらいでしか礼菜の「ジャーナリズムの不完全燃焼」を活かせていないのが気になります。あとは仁屋の台詞で気を利かせるくらいで。

序盤で「ジャーナリズムの不完全燃焼」設定に文字数を割いているわりには、後半ではあまり活かせていないように思います。


なので“ジャーナリズム”と“魅了”をキーにして、「疑念・恐怖を抱いた礼菜は、どうして仁屋のもとを訪れようとするのか」を描ければエンタメ作品としてより読み応えとバランスが出るだろうと期待します。

疑念と恐怖を抱いた。近づかないほうがいいのかもしれない、逃げたほうがいいのかもしれない。しかしこの疑惑が真実なら、放っておくわけにはいかない。町の危機かもしれない、町を取材する者として逃げるわけにはいかない。この疑念と恐怖は、むしろジャーナリズムを持て余して悶々としていた礼菜を滾らせるものかもしれません。

しかし礼菜は「自身のジャーナリズムが、仁屋のもとへ足を運ばせるのだ」と思っていたが、それは自身への言い訳で、実は「こちらの世界」に魅了されていただけだった。あるいは持て余したジャーナリズムが、魅了の一因だった。

こういうような心理心情を描く余地があると思います。


これは文字数について、無闇に肥大化させるようなものではないと思います。展開を足すわけではなく、展開に際する内面描写を磨くものに過ぎませんので。現状の内面描写との調整をして他の削れるところを削れば、総文字数を増やさずに整えることだって十分可能だろうと思います。

文字数を増やさず展開を足さず、内面描写の意識をつけるだけで、エンタメホラーとしてより読み応えを出すことが可能だろうと思います。

“ジャーナリズム”と“魅了”というのはフィンディルの提案に過ぎないので、他の手段ででもかまいません。いずれの表現方針でも「疑念・恐怖を抱いた礼菜は、どうして仁屋のもとを訪れようとするのか」を補強できれば、本作はより良くなるんじゃないかなという気がしています。


なおこの指摘は飽くまで本作の面白さの余地を示唆するものであり、本作の改稿を期待するものではありません。

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