period./遠井 音 への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





period./遠井 音

https://kakuyomu.jp/works/16818093075302484896


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。

真北と北北西とで悩みましたが、北北西とします。


読者の目を惹くSF設定、後半「迷宮」で火事が起こる展開は真北的と思います。

飛び石を渡るような筆致、火事が起こるのは変化ではなくそれも包括して人間性・関係性を表現しているのはやや西的と思います。

ですので真北と北北西とで揺れるのですが、フィンディルとしては

―――――――――――――――――――

 おれとフィーレイは、正しくなどなかった。

 正しくありたくない者同士が集まって、戯れていた。

 ただそれだけのことだ。


「フィーレイ」


 その名を呼ぶことも、もう、二度とはないだろう。

 おれはそっと、指先を伝う血を唇で吸った。

―――――――――――――――――――

このあたりの描写を見て、北北西が妥当であると思います。

というのも、この「希望」の心情に客観的な納得感がないんですよね。

迷宮で火事が起こった、フィーレイは無事だろう。ここまではいいとして、この火事を契機として自身(「希望」)とフィーレイの縁が切れるとする「希望」の考えに客観性がない。

客観的に考えれば、そうとは限らないはずです。フィーレイが無事ならばまたどこで会う可能性は十分あるはず。これを別れとする「希望」の考えには納得感が乏しいように思います。

しかしフィンディルとしては、そのような「希望」の思考に対して否定する気持ちは湧きませんでした。「納得感が乏しい、おかしい」とは一切思いませんでした。

むしろ「希望がそう思うのなら、そうなのかもしれないね」という淡い肯定を抱きました。よくわからないけど、あなたがそう思うならそうなんだろうと。

客観的な納得感はないけれども、主観的な説得力はある。何故か頷きたくなるものがある。

こういう心情表現は、わかりやすさと納得感を重視する真北ではなく、根拠によらない説得力を重視する西向きのそれであると思います。


ということで北北西と解釈します。

そしてこういう心情表現は遠井さんの作品に合うと思いますので、このまま表現の引きだしに入れて持ち帰られてみるといいんじゃないかなと思います。適切に使えば遠井さんらしい人物表現をより深められるはずです。「よくわからないけど、あなたがそう思うならそうなんだろう」と読者に思わせるような心情表現ですね。

元々あった引きだしなら申し訳ありません。



方角の話はこのくらいにしておいて、本作はSF設定を本作なりによく活かせていると思います。

「希望」は十年ぶりの新生児ということで、人類最後の希望として世界から期待される存在である。

このSF設定が、「希望」の人物造形に上手く寄与していると思います。それが「制限はかけられていないが期待はかけられている」という塩梅です。

世界設定についてはほとんど説明されていません。どうして人類に子供が生まれなくなったのか、どのように「希望」は生まれたのか、「希望」には具体的にどんな希望が抱かれているのか。こういった世界設定の根幹については説明されていません。読者が各自想像するしかない。

一方で「希望」の人格形成に大きな影響を与えている「制限はかけられていないが期待はかけられている」については、一定の確度でもって考察することができます。


「子供が生まれなくなった」は、人間という種の緩やかな絶滅を意味します。

一週間とか一か月とか一年とかそんな緊急性の高い事態ではないが、何か突破口を見つけねばいつか人類は絶滅してしまう。そう思うとSF作品としては面白い絶滅パターンですね。

この緊急性の低い人類絶滅の解決策として「希望」は位置づけられている。どのように解決するのかは説明されていませんが、解決策として位置づけられていればそれでOKです。

緊急性の低い人類絶滅の解決策とされた個人はどういう扱いを受けるのか。これが肝で、その扱いには人権が入ってくるんですね。

一週間後に隕石が落ちてくる、それを阻止できる唯一の人間がこの人だ。こういう緊急性の高い事態だと、人権とか言ってられません。本人の意思を尊重する余裕なんてありませんので、強制力の高い扱いをします。

種の絶滅が囁かれているのが人間ではなく動物だ。この事態でも、その動物の意思は尊重されません。生活を管理して、その動物には「種の存続」としての役割と生涯が押しつけられます。

組織や集合体の存続危機を解決できる唯一の人間だ。こういう民間・裏・小規模な組織の場合でも、本人の意思はあまり尊重されません。ちょっと大っぴらには言いにくい手段を用いて、存続危機の回避に当たらせる。

いずれの場合でも人権(人権相当)はおよそ重視されないだろうと思います。重視しないのが作品として通常。

「緊急性は低い」「管理するのが公的な組織」「人間」、これら要素が重なったときに人権を重視した扱いがなされることが自然になるものと思います。正確に言うと「当人の人権を尊重しないことが許されない」ですね。


本当は国や世界は「希望」に「種の存続」としての役割と生涯を強制したいはずです。それこそ絶滅危惧種の幼体に対するそれのように。

ただここ何十年と人権保護および多様性に舵を切った(のであろう)この世界は、そういうことができない。一週間後に隕石が落ちるなら押しきれもするが、数十年後に深刻化する絶滅危機となるとそうもいかない。

なので国や世界は、「希望」の意思や人生に直接的な制限をかけず、人権的に問題がないと判定した各種教育を施して間接的な誘導をかけた。行動を指図はしないが、行動を監視している。人権を棄損しないかたちに加工したうえで「希望」を管理しようとしているのだろうと思います。

そしてこれが「制限はかけられていないが期待はかけられている」となって、「希望」の人格形成に大きく影響を与え、「希望」の人物表現の軸となっている。「希望」としては、手足を直接絡めとらてこそはいないが自由を遮る膜か何かのようなものを感じているはずです。

こういった「希望」の人物表現ができているのは、本作のSF設定あってこそのものと考えます。そういう意味で、本作は本作の設定をしっかり活かせているとフィンディルは考えます。


中盤での家の描写が現代のそれでSFらしさがないのも、(現代の各種文化が変容・破壊されていない段階であることがわかる)絶滅危機の緊急性の低さと、「希望」の表面的な自由が感じられて好印象です。直接的な制限がかけられずに中流家庭程度の生活を保証する施策により、「希望」は表面的には“庶民”なんですよね。

このあたりも設定に上手く馴染んでいると思います。


遠井作品には度々見られますが、本作でも「基本設定やジャンル感が(化学反応然とせずに)読み心地に調和するかたちでしっかり活きる」という良さが見られると思います。

この基本設定やジャンル感は一見重要ではないように見えるが、この基本設定やジャンル感がなければこの読み心地や人物表現はできないであろう、そう感じさせる作品表現になっていると思います。

既存の表現を扱っても既存の表現に支配されない、そういう遠井さんらしい特徴が出た作品と思います。


なお世界設定の掘り下げについては、「世界設定が掘り下げられていない」というより「読者にとって世界設定を掘り下げてほしくなる構成になっている」というほうがより本質かなと思います。

冒頭で世界設定を叙述するエンタメSFにありがちな始まり方になっているので、その設定に目を惹かれた読者は世界設定を掘り下げてほしくなるのだろうと思います。それをどう評価するかは別ですが、仮に世界設定の掘り下げ関連について手を入れるのであれば「世界設定をどう掘り下げて活かすか」ではなく「世界設定に関する読者の期待と予想をどう管理・誘導するか」という方向性のほうが本作の良さを損ないにくいだろうと思います。

単純な話、冒頭のくだりを中盤に移動するだけで読まれ方は一変すると思います。



細かいところの指摘をすると

―――――――――――――――――――

 おれが迷宮に迷い込んだのは偶然だった。

 繁華街の中の映画館で映画を見た帰りに、物珍しくてピンク色の看板を見ながら歩いていたら、いつの間にか迷宮の中にいた。

―――――――――――――――――――

 血液は鉄錆の味がして、少しだけ、甘い味をしていた。

―――――――――――――――――――

以前と同じ指摘となりますが、字面被りですね。以前も同じ指摘をしたので、あえて取りあげたわけですけども。

「迷宮に迷い込んだ」「繁華街の中の映画館で映画を見た帰り」「鉄錆の味がして、少しだけ、甘い味をしていた」とやはり野暮ったさの残る筆致になっています。本作も含め遠井作品は空気感を重視した作風が多いので、なおさらこの野暮ったさは目に残ってしまうだろうと思います。

「迷宮に入り込んだ」「繁華街で映画を見た帰り」「鉄錆の味がして、(そして)少しだけ、甘かった」などで容易に対処できますので、字面被りを潰すためだけの推敲を一回かけてもいいかもしれませんね。

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