頭を何度も何度も突き刺すその光は、消えようとしない。/泡沫 希生 への簡単な感想
応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。
指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。
そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。
ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。
頭を何度も何度も突き刺すその光は、消えようとしない。/泡沫 希生
https://kakuyomu.jp/works/16817330654610289503
フィンディルの解釈では、本作の方角は西北西です。
まず北は非常に弱く、西が強いと思います。
特に感じたのは、本作には変化がないということ。「幾度目の」や「とめどなく思考は回り、フラッシュバックが続く。」でも明らかですが、同じような思考、同じような心情を何度も何度も回して停滞を続けている。停滞を強いられているというほうが近いでしょうか。本人としてもそれを強く自覚させられているのですが、他の地に移ることができない。そんな様がありありと、冷酷に綴られています。
北は基本的に変化の創作ですので、それを排している本作は相応に北が弱くなるものと思います。
でも、本作のような心情を抱いているときってそんなものなんですよね。都合良く変化なんて訪れてくれない。訪れるときだって、ソファからずりおちるような、しまりのない劇変です。
泡沫さんとしては「西北西か」と思われているはずです。北半球なんだと。
方角判断としては野森さんの「大好きよ。もう二度と、会いたくない。」と概ね同じです。もちろん違うところもありますが、方角判断においては概ね同じです。
「作者が答えを持っているか」と「人間を描いているか社会を描いているか」の二点が大きく関わります。
本感想では方角への言及が大半を占めますのでご了承ください。
作者が答えを持っているか。
答えというのは、伝え手はその言葉がどういう意味なのかを把握しているか、ということですね。
言葉はコミュニケーションツールですから、伝え手はその言葉がどういう意味なのかを把握しているのが通常ですが、創作となるとそうでないケースも懐に存在するものと思います。あるいはそうでないケースを積極的に肯定しうる。
「作者が作品・文章の意味を把握しており、かつ、多くの読者にその意味がおよそ正確に伝わる」
「作者が作品・文章の意味を把握しており、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」
「作者が作品・文章の意味を把握しておらず、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」
の三種類が基本的にあるものと思います。
そしてこれを北・西・南に当てはめると、上から「真北・北北西・北西」、「北西・西北西・真西」、「真西・西南西以南」と分けられるだろうと思います。
「この作品で何を書きたいのかを明確にしましょう」「自作のあらすじが書けるようにしましょう」「ちゃんと伝えたいことが読者に伝わる書き方をしましょう」という言説が北向きエンタメで当たり前に肯定されるのは、「作者が作品・文章の意味を把握しており、かつ、多くの読者にその意味がおよそ正確に伝わる」という価値観を有しているからだろうと思います。
読者のなかで解釈が割れる作品であったとしても、二択か三択程度ですね。そしてそれは作者の言葉が不足していると指摘対象になったり、あえて解釈を割れさせているテクニックだと評価対象になったりします。
ここからもう少し西に傾けて純文学と呼ばれる程度になると、「作者が作品・文章の意味を把握しており、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」が肯定されてきます。
正確な伝達が困難あるいは野暮であると感じられる表現対象を扱うので、多くの読者への正確な伝達の優先度が下がってきます。伝達よりも大事にしたいことが出てくる。
そもそも「伝わる」は0か100ではないので、伝わる人数の割合にはグラーデションがあるし、伝わる内容の幅についてもグラデーションがある。「伝わる・伝わらない」で0か100にしてしまうのはエンタメならではの価値観に過ぎず、その作品の表現対象と相応しい伝え方によって伝わる人数や伝わる内容の幅について無段階の調節がなされるのがこの領域の通常だろうと思います。
作家の意図に支配されずに作品を解釈する、という読み方が肯定されるのも自然なことですね。
ここからもう少し南に傾けて純文学から外れかかってくると、「作者が作品・文章の意味を把握しておらず、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」が肯定されてきます。
もはや言葉から伝達という機能が否定されてきますので、言葉から言葉でない何かを取りだして各読者が何らかを受けとる、という鑑賞しかおよそ成立しないだろうと思われます。伝達も何も、伝え手が伝達をしていないので。それを「混沌」と形容するのも自由ではありますが、それは「秩序」から観測しているがゆえの一側面に過ぎない点にも留意が必要です。
言葉は伝達性が高いので「絵から各読者が何らかを受けとる」「音から各読者が何らかを受けとる」よりも文化としては根づきづらいだろうとは思われますが、やっていることは概ね同じだろうと思います。
そもそも作家の意図が存在しない(あるいは希薄)ので、支配されないも何もありません。降る雨を見て「雨を降らせた誰かの意図に支配されない解釈をするぞ」と思わないように、ごくごく自然に各自が事象から何かを取りだして何らかを受けとります。
本作は「作者が作品・文章の意味を把握しており、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」に当てはまるものと思います。
泡沫さんが本作および各文章の意味を把握しておられることは、一読すれば容易に察することができます。
この文章がどういう意味なのかを正確に理解することは難しいが、この文章がどういう意味なのかを作者は正確に把握しているであろうことは理解できる。むしろ本作はそれが(宣言方角に比して)わかりやすすぎるくらいです。
本作では「花に埋もれて取れない。」と「ああ、ポツポツしてるのはこれか。微温くて嫌になる。~」の意味がわかりませんでしたが、そういう箇所はピンポイントにしか存在していないので、「読者はよくわからないけど作者はわかってるんだろうな」と判断することができてしまいます。
一口に「意味がわからない」と言っても、「意味がわからないが、作者は答えを持っている」と「意味がわからないし、作者も答えを持っていない」には埋められない差があります。
本作は前者のみで構成されているとフィンディルは解釈しています。これは南に近づきづらい要素だと思います。
次。
人間を描いているか社会を描いているか。
東回りは別ですが、西回りだと北半球でも南半球でも心や有機が作品の中心に座るものと思います。
本作は心や有機を通して何を描いているのか。それは社会であるようにフィンディルは受けとりました。もう少し平たい言葉で言うと「人と人が関わるから生まれた心」です。
こういった心や有機は、北に寄る傾向があるものとフィンディルは思います。何故かと言うとわかりやすいから、正確に伝わりやすいから。
悩みやネガティブな心情って、人間関係から生まれがちだと思います。社会に発生している大多数の悩みは、人間関係から生まれているのではというほど。
なので悩みやネガティブな心情を表現しようと思った作家は、人間関係由来のそれを選びがちだと思います。作りやすいから。
それだけに、読者にも正確に伝わりやすいんですよね。何なら元々同質の悩みを持っているすらある。その心情の本質について共通言語で話せてしまう。
そうなると先ほどの話に照らし合わせると、方角は北に寄りやすくなる。もちろん北的な価値観で考えると、むしろこれは共感や共有を喚起する重要テクニックなんですけどね。相手の経験を借りて感動・感傷を増幅させる、借景のようなエンタメテクニック。創作技術的には、やっていることは失恋ソングのそれと通ずるものと思います。
たとえば、本作で描かれている心情をお友達に相談してみたら、きっとお友達は親身に「うんうん」と聞いてくれるんですよ。「うんうん」と聞いてくれるのは、社会に広く存在していて共感・共有してもらいやすいネガティブだからです。少なくとも「……は? え? どういうこと?」なんて対応はされないでしょう。
人間関係はこの世に無数にあるので人間関係から生まれたほとんどのネガティブは広く認知されていると思います。なのでそれを表現しても南には寄りにくいし、何なら北への重力が発生して真西もやや向きにくくなるものと思います。
そういう意味では(人間関係でなくても)病気や死由来のネガティブも同様ですね。病気や死由来の相談をして「……は? え? どういうこと?」なんて言われることはまずないはずです。
ということで西北西と判断しました。
泡沫さんが(西回りの)南作品を書きたいのであれば、
「作者が作品・文章の意味を把握しておらず、かつ、多くの読者にはその意味がおよそ正確に伝わらない」
「人間関係・病気・死などを由来としない、ままならない心情により心や有機を描く」
をクリアしてみてほしいと思います。両方クリアするのが望ましいですが、片方だけでも南は向きうると思います。
方角についてマインドの話をすると「北から離れよう」では北の端っこにしかならないので、「南に近づこう」という意識が大事と思います。逆で考えてみたらわかりやすいと思います。
なお飽くまで本作で南を考えるならという話であり、これが南の全てではないことも付け加えたいと思います。
感想一本でエンタメの全てを語りきることなど不可能であるのと同じように。
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