妄言。/愛崎アリサ への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





妄言。/愛崎アリサ

https://kakuyomu.jp/works/16818093075060613988


フィンディルの解釈では、本作の方角は真北です。


方角については、皆さんと同意見です。展開を左右に振って読者を楽しませるエンタメホラーだろうと思います。

最後の見せ方も「謎で余白を残した」というより「更なる真相で読者を驚かせた」というニュアンスですし、一層北が強まるものと思います。余白を残したではなく、真相を重ねた感じですね。

(冴子はんぽぽん様に魅入られているとして)康介はどこまでんぽぽん様に魅入られているかについては考察の余地が残されていますが、それで作品全体がどうこうなることもないだろうと思います。


エンタメホラーとしてはよくまとまっていると思います。

「前編」ではライトめのホラーとして見せて、「後編」ではホラーを否定する真相を明かしておいて、最後でまたホラーに戻す。

展開により作品ジャンルごと左右に振っていて、しっかり移動量のある展開を見せられていると思います。

ちゃんと「どうなるんだ?」「そういうことか!」と思わせる、エンタメらしい読書体験を提供できていると思います。

フィンディルは愛崎さんの作品を読むのは去年の方角企画以来ですが、前回の作品より確実にちゃんと面白いと思います。注力すべきポイントにちゃんと注力できている。


愛崎さんが本作をホラーと認識されていないことは置いておいて、エンタメホラーとして考えたときに本作をより面白くできそうなところについて軽く話したいと思います。

エンタメホラーは論理的に怖さを演出するホラーですので、俗に言う“意味怖”とすごく相性が良いんですよね。そもそも“意味怖”がエンタメホラーの代表なんですけども。

このエッセンスを取りいれられてみると、もっとエンタメホラーとして面白く怖くできるんじゃないかと思います。

“意味怖”は、冷静に論理的に考えてみるとおかしいというところで怖さを表現しているジャンルです。

そしてもうひとつ、“意味怖”は序盤中盤の叙述が読み終わったときに怖さを生みだす、という時限爆弾のようなシステムを採用していることが多い。必要技術としては伏線・回収と同じなんですけども、ニュアンスはやや異なります。


本作はホラーとしては、怖さが前からやってくるんですよね。

康介の性格・態度の変化、実はんぽぽん様は実際にいた(本当に魅入られていた)、いずれも読んだタイミングで怖さが発揮されるものです。読んだときにすぐ怖い。前からやってくる怖さですね。

ただエンタメホラーとしてはそれだけでなく、“意味怖”のエッセンスを用いれば後ろからやってくる怖さも表現できます。


たとえば、

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『宮岡が、ですか? 幸い、最近は以前よりむしろ健康的で、仕事も意欲的にこなしておりますよ! 弊社社員をご心配頂きまして、誠にありがとうございます』

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ここ。具合が悪いどころか、康介は以前よりむしろ健康的である。これにより里香の仮説は否定されますが、ではどうして康介は以前より健康的なのか。「以前と変わらず健康的」ではなく「以前よりむしろ健康的」なのは何故か。

康介の作戦的に、会社でわざと元気な姿を演じる必要性はあまりありません。会社では普段通りにしていればいい。里香が会社に連絡している可能性は高くありませんし、仮に元気な姿を演じたとしてそれが里香を陥らせるうえで必要かというとそういうわけでもありませんから。

では康介が以前より健康的になった理由は何か。単純に三年前に結婚して栄養面が向上しただけなのかもしれませんが、本作ではここが明確に回収されていない。

たとえばここの「最近は以前よりむしろ健康的で、」を「むしろ今年に入ってからは以前より健康的で」などにしてみる。今年に入ってからとなると、結婚による栄養面向上は否定される。

そして最後の

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「んぽぽん様、んぽぽん様。この度は、ご加護をありがとうございました。おかげさまで、やっと私にも運が巡って参りました。新しい住まいでも、どうか私達をお守り下さい」

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に「んぽぽん様が康介をお認めになったのは今年に入ってからである」などの情報を入れてみる。こうすると、読み終わった読者のなかには「康介が今年に入って健康的になったのってそういうこと?」とぞくっとできる。んぽぽん様に魅入られたことで健康的になったのか、と。


たとえば、

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 それは事実だ。階下の音など、気にもならない。子供が住んでいたことも、今初めて知った。夫が、んぽぽんの物音、とか言ってたのも、この男の子の動き回る音だったとか? 母親に似て大人しそうだが、子供なら、床を寝転んで暴れたりしていそうだ。彼女は私の返答に微笑んだ。

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 俺は引越し段ボールが積み上がった部屋に彼らを招き入れ、走り回って遊ぶ息子を微笑ましく見ながら、冴子を抱きしめた。

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のそれぞれの文。現状でもちょっとおかしいといえばちょっとおかしいが、ちゃんとおかしいとまでは言えません。もしかしたら愛崎さんはここを「よく考えるとおかしい」として配置されているかもしれませんが。

里香は真下の部屋に親子が住んでいることは知らなかった。それは階下の音が気にならなかったから。

子供は大人しそうだが、子供なら動き回るかもしれない。康介のもとに行った子供は走り回って遊んでいる。

おかしいような気がしないでもないが、ちゃんとおかしいとまではならないですよね。

ここを「ちゃんとおかしい」にすれば、それに気づいた読者をぞくっとさせることができます。

たとえば「三年くらい前までは子供の走り回る音が下から聞こえてうるさかったけど、そういえばここ二年ほどは静かだ。うるさかった家族はどこかに引っ越して、代わりにこの物静かな親子が入居してきたんだろう」などと里香に独白させ、かつ「後編」の

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 2歳になる俺達の息子の声に、冴子は笑った。冴子。彼女は俺の会社の後輩で、俺達の愛人関係はもう5年になる。里香と結婚する2年前から、俺は冴子と付き合っていたわけだ。

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に「冴子はずっと(五年以上前から)真下の部屋に住んでいる」情報を入れると、ちゃんとおかしくなります。

子供は二歳なのに、里香はここ二年ほどは静かと感じている。冴子は五年以上前から真下の部屋に住んでいるのに、里香は三年くらい前までは子供の走り回る音が聞こえてうるさかったと感じている。

みたいにするとちゃんとおかしくなる。

んぽぽん様の床下を這い回る音と合わせて、何だか怖くなる。


というように、新たな情報によりそれまでの叙述から隠された意味が浮かんできたり、あるいはそれまでの叙述との矛盾が発生すると、読者はそこにホラーを感じることができるんですよね。何か尋常ではないことが起きているんだと。

これは後ろからやってくる怖さです。一度読み終えたはずの情報が、後ろから怖さを出して追いかけてくる。


こういうふうに、前からやってくる怖さと後ろからやってくる怖さの両方を扱えると、エンタメホラーとしてより厚みのある怖さを演出できるだろうと思います。

本作の文字数の大半は「前編」なのですが、本作の真相を知ったうえで「前編」を読みかえしてもフィンディルは新たな怖さを見つけられませんでした。むしろ作品的に「前編」が薄く感じられてしまったくらいで。なので後ろからやってくる怖さを「前編」に配置してみると、よりバランスが良くなるのかなと思います。


ただ繰りかえしになりますが、本作はちゃんとエンタメホラーとして楽しめるような作りになっていると思います。上手くなっていると思います。

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